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お父さんと一緒  作者: 熊沢五月


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21/22

ムウの話

今回はムウのお話です。

バイオレットと呼ばれていた時、私の世界は屋敷の中だった。とは言っても生まれつき体が弱く、自室で過ごすことがほとんどだった。


お父様は忙しい人でなかなか帰ってくることはなかったが、帰宅をすると必ず部屋を訪れてくれた。あちこちの地方へ行っているらしく、初めて見るお菓子や果物、珍しい小物などをお土産と言って持ってきてくれた。

一頻りどんな場所だったとか、こんなことがあったとか話をして最後は必ず私の頭を撫でて言う。

「体が良くなったらいつか父といろいろなところへ行こうな」


お母様は金色の緩やかなウェーブのかかった髪をして、白い肌、紫色の瞳をして、私はお母様によく似ていたらしい。お母様も体が弱かったらしくあまり記憶はない。私がベッドで寝ている傍で刺繍をして、時々穏やかに微笑む姿。熱を出して寝ている私の頭を撫でながら小さな声で「私のせいでごめんなさい」と呟く姿。


お兄様はとても元気だった。天気のいい日は窓辺から外を眺めていると、木に登って執事に叱られていたり、友人と走り回っている姿を見かけた。時々庭の花を折って持ってきたり、小さな虫を捕まえては持ってきたりして私の部屋のメイドに叱られていた。


屋敷は広く、体調の良い日は食堂までメイドと一緒に歩くが、それだけで疲れてしまうことが多かった。ただ食堂に行けばお母様とお兄様、帰宅していればお父様も一緒に食事をとった。ほとんど部屋で過ごしているのでそのひと時は新鮮だった。

部屋で過ごすことは苦痛ではなかった。必ず最低2人のメイドが部屋に控えていたし、体調のいい日は国語や算術、礼儀作法、ダンスの家庭教師が来ていたのでなかなか忙しかった。

ダンスではリズムの取り方や姿勢がいいと褒められた。

お兄様が学校へ通うようになった頃、私は何日も高熱を出しバイオレットとしての人生を終えた。

お父様もお母様もお兄様も優しかったし、メイド達もよくしてくれていたので申し訳ないとは思ったが、これ以上面倒をかけなくて済むと思うとホッとした。ただ、私もお兄様のように外を走り回りたかった。手折られた花ではなく、自然に咲く花を見たかった。



次に目が覚めた時、私は犬になっていた。バイオレットとは異なり、真っ黒な真っ直ぐな毛で全身が覆われていた。檻の中で私を産んだ母と一緒にいたところを女の人に抱かれ連れて来られた。家にはまだハルカ様はいなかった。庭に放されると私は走った。その姿を男の人と女の人が見て笑っていた。その日から私は紫という名になった。なんでも醤油のような毛色で、醤油を紫ということもあるらしい。まあ、私は醤油というものを知らないので、名前に関しては特に思うことはない。


日中は二人とも不在なので、私は警備を担当した。女の人は帰宅すると私を散歩に連れて行ってくれた。首輪と女の人を繋ぐリードが邪魔だったけれど、途中で見る植物や虫が新鮮で楽しかった。

散歩を終えると女の人が食事を用意してくれていて、終わるとブラッシングをされた。

この女の人は私の世話係なのだろうか。


「この子の歩き方ってなんか気品があるよね。お尻がキュッとして少し内股で」

女の人が言う。

「うん、それになんか話してることがわかるみたいだし、前世は人間だったんじゃないかな」

「それ、それ、きっといいとこのお嬢様だったんだよ。だって私には絶対お腹を見せてくれないんだよ」

「そうなの?オレにはすぐ見せてくれるけどなぁ」

私を撫でながら二人は冗談のように言っていたが、間違いではない。お腹を見せるのは服従の証。世話係に服従する必要はない。


ある日散歩を終えたあと食欲もなく吐き気までしてきた。吐血をし体の力が無くなった。この生もこれで終わりかと覚悟したとき、男の人が私を抱きかかえ病院へ連れて行った。注射は痛かったけど抵抗する気力も体力もなかった。その夜は男の人と女の人が傍にいた。

朝になりすっかり回復した。男の人は私の命の恩人だ。男の人に忠誠を心の中で誓った。


何年かすると子供が家に加わった。ハルカ様の誕生だ。女の人はお母さんと呼ばれるようになった。お母さんがハルカ様の面倒をみている姿は、まるでメイドのようだった。私はお母さんとはやはりバイオレットの時のメイドだと理解した。

時々家の外や、知らない場所に行ってみたくなり抜け出してはご主人やお母さんに捕まえられたりして年月は流れた。

小さかったハルカ様も学校に通うようになった。その頃になるとハルカ様も散歩に連れて行ってくれるようになった。学校から帰ったハルカ様は、私の頭を撫でながら嫌だったことを吐き出していた。学校や友達付き合いも大変なんだなぁ、と思うばかりで私には何もしてあげることが出来なかった。

ご主人とハルカ様で散歩に行くこともあった。ご主人はハルカ様の話を聞きながら周囲を見ていた。危険な場所はさりげなく避けているのがわかった。ご主人の接し方で、ハルカ様の方が上位だと理解した。

ハルカ様の背がお母さんとあまり変わらなくなった頃、体が段々と弱っていった。大好きな散歩も行く気力がなくなり、食事も摂れなくなっていった。そして春の日差しの中深い眠りについた。


眩しい光の中、友達とか仲間とか持ってみたかったけど、後悔もないしいいか、と考えた。すると光の中から声がした。

「仲間を待ってみるか?」

私は迷うことなく頷いた。


私は犬なのに人型になっていた。そして門に向かう人達の案内をすることになった。門にも向かわず、何もしないでいるといつしか道を失い迷子になってしまうからだ。


最初に案内することになったのは綺麗な女の人だった。その人はしくしくと泣いてばかりで進もうとはしなかった。門はすぐそばに見えているのにその人は見向きせず泣いている。話しかけてみたが聞こえていないのか、なんの反応もしてくれない。私はどうしていいかわからずその人が泣き止むのを待っていた。何日も泣き続けたある日その女の人は消えた。辺りを探してみたがいなかった。

仄かに光が見えたので行ってみると、女の人は光から外れ元の世界に戻って行った。そんなことが出来ることを知ったが、元の世界にあの女の人の器はもう無いのにどうするのだろうか。そして光も消えてこちらに来る道も失ったようだ。


次に元気な男の子に会った。

光の説明も聞かず走り出したその子を追いかける。

「待ってください。私がご案内しますから」

「えー、あそこに行けばいいんでしょ。僕行けるよ」

「でも迷子になっては困りますから」

男の子は止まって少し考えてくれた。

「うん、わかった。ママはね、迷子にならないようにって手を繋いでくれたよ」

「そうですか、では私とも手を繋いでもらえませんか?」

「いいよぉ」

男の子はニコニコと小さな手を差し出したので、手を繋いで歩き出した。

しばらく歩くと男の子が話しかけてきた。

「お姉ちゃんはなんで尻尾があるの?いいなぁ、僕も欲しいなぁ」

「これは私の自慢の尻尾です。毎日ブラッシングしてもらってフカフカのツヤツヤなんです。どうです?」

私は男の子を尻尾で撫でてみた。男の子はくすぐったい、と言いながら笑っていた。

「お姉ちゃん、ワンワンみたい」

「ええ、私は犬でしたから」

「じゃあ、走るの速いの?」

「まあ、それなりに」

「僕もかけっこ得意なんだよ!」

「そうなんですか」

「うん。ねえ、お姉ちゃん、競争しようよ!用意ドン!」

男の子は私の手を振りほどき走り出した。

先回りをして止めようとしてもスルリと抜け出され案内など必要がないくらいにあっという間に門に到着した。

「あのね、ママはね僕のこと大好きなんだって、だから早くもう一度ママの子供になるんだ」

そしてそのまま門の中へ走って行ってしまった。

門の手前で取り残された私はまた光に戻っていた。


戻った光にはご主人よりも年上の男の人がいた。

ふっくらとした体格をして上品な身なりをしていた。この人は何かを大事に抱えていて離そうとしなかった。そのせいで体を変化させることが出来なかったようだ。それに本人は気付いていないようだが、両足に枷が付いていてその枷に鎖があり、鎖の先に丸い重りが付いていた。

前方に見える門に向かって歩き始めたが、足枷が付き、何かを抱えていたせいでかなり進むのが遅かった。

「何を抱えていらっしゃるのですか?」

男の人はその抱えていた何かを更にきつく抱えて言った。

「これはワシの大事なものだ。誰にも渡さん!」

男の人が何かをきつく抱えるほど足枷の重りは大きくなり、歩みが遅くなった。男の人は足を引き摺りながら歩く。男の人はなかなか前に進まないことにイライラしてきた。

「もう、ワシはあんなとこ行かんでいい!好きに行かしてもらう!」

そう言って道を外れだした。

「待って下さい。道を外れて迷子になるともう戻れませんよ」

「構わん!ワシはこれがあればいいんだ!これさえあればどうにかなる!」

男のひとは抱えているものを見せてくれた。カバンを抱えていて、そのカバンのファスナーを開けるとお金がギッシリ入っていた。男の人は自慢げに言う。

「どうだ。もうワシのことは放っておいてくれ」

ズンズンと道を外れて進んで行った。ここでお金なんてなんの意味も無いものなのに、私は引き止めることが出来なかった。その場に立ち尽くしているとまた光に戻された。


そこにいたのは若い男の人だった。その人は前の世界そのままがいいと希望していた。

門を見ると嫌そうな顔をした。

「あんなとこまで歩くのかよ。ダリィなぁ」

「私が最短のルートをご案内しますから」

その人はブツブツと文句をいいながら歩き出した。門は決して遠くなく、すぐ目の前に見えていた。

けれど進めば進むほど門が遠ざかっていくような気がした。そう思ったのは私だけではなかったようだ。

「おい!全然着かねぇじゃねえか!」

「それでも最短ルートをご案内しているんですが...」

「口ごたえしてんじゃねえ!」

その人は怒鳴りつけ、後ろから蹴とばしてきた。

「何をなさるんですか」

「うるせえ!畜生は黙って従っていればいいんだよ。ホラ、オレを背負え」

その人は私の尻尾を強く握り引っ張りながら言った。私が仕方なく背を向けると、ニヤニヤと笑いながら背に載ってきた。その人の重さは感じなかったが、初めて悔しいという感情を知った。仕事を放りだしたかったが、私は下唇を噛みしめ.ながら進んだ。その人を背負った後は順調に門まで進んだ。

門の目前でその人を下すと、ニヤニヤと笑いながら歩き出した。その瞬間、門が閉まった。

「おい、どういうことだよ!」

「私にはわかりません」

その人が私のところまで戻ろうと動き出したとき、地面から黒いモヤのような手が何本も現れ、絡みつき地面に引き摺り込んでいった。


私はまた光に戻った。

そこにはニコニコと笑うお婆さんがいた。お婆さんは少女の頃の姿になった。

お婆さんの門はすぐ近くにあった。けれど少女の姿になり、体も軽いので散歩をしながら進みたい、とのことだった。

「せっかく出会えたのだから、アナタともおしゃべりをしたいし、ね」

いたずらっぽい笑顔を浮かべて言った。

おしゃべりといっても私は特に話すこともなく、一方的にお婆さんが話していた。

「若い時に親の反対を押し切って結婚したのよ。お金が無くて苦労もしたけど好きな人と一緒にいられて、子供が産まれて忙しくてゆっくりお茶を飲むことも出来なくて、それでも幸せだったわ」

「年を取って、子供も大きくなってお父さんと二人ゆっくりお茶を飲もうと思ってたんだけど、うちのお父さんてせっかちでね、先にいなくなっちゃたのよ」

「いざ一人でゆっくりお茶が飲めるようになったら、今度は何していいかわからなくなっちゃてね。若い頃やりたかったこともあったけど、体の自由も効かないし。それでも子供や孫が元気でいてくれて、いろいろ教えてくれて楽しかったの」

お婆さんが自分のことを話しているうちに門に到着してしまった。

「あらぁ、もう着いちゃったの。残念。もっとあなたとお話したかったのに。それじゃありがとうね」

お婆さんは少女の姿で門に入っていった。


その後何人か案内した。やはり途中で行きたくない、と自分で道を外れていく人や立ち止まって動かなくなってしまった人。ニコニコと嬉しそうに進む人と様々な人達に出会った。

バイオレットは病弱だったし、紫は犬だったのでいろいろな人に出会うことは初めてだった。嬉しい、楽しい、悔しい、いろんな感情を持つことが出来た。

門への道のりは毎回変わった。本人の希望が反映されるらしい。地図はないが、不思議と方向がわかった。

ただこのままずっと一緒に歩き続けたいと思える人には会えなかった。そして誰もかれも私の仲間ではないことはわかった。


そしてとうとうご主人が現れた。まさか出会えるとは思っていなかったし、私が紫だと信じてもらえるとは思っていなかった。ご主人にムウと呼ばれ、最後までご主人に付いて行こうと決めた。ただご主人は途中まででいいからと、ハルカ様と一緒に進むことを望まれた。しかも苦難の道筋を選んだ。案内人としては厄介な人物だが、ご主人と共に進むと決めていたので従った。武器の扱い方もご主人の足元でみた映像を思い出してやってみた。私の中に戦闘本能があったらしく戦うことは苦ではなかった。


ご主人は時折迷っているようだった。ハルカ様を門の向こうまで連れて行ってはいけないと考えていた。ただハルカ様と離れることはしたくないとも考えていた。私は案内人なので、ご主人の決断を待つしかなかった。ご主人の命に従いハルカ様がいつでも戻れるようにお守りした。

途中迷子に出会った。ご主人はその迷子と気が合うらしい。迷子はまだ道を見失っていなかったので、ご主人の希望もありついでに連れて行くことになった。


門の目前、ご主人はハルカ様との別れを決断された。

ハルカ様を励まし笑って見送った後、膝を折り体をかがめてしばらく動かなくなった。私はご主人の傍に立ち、ご主人の言葉を待った。

程なくご主人は立ち上がり、私と迷子と共に門の向こうに進んだ。







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