私の気持ち
私達は今横一列になっている。左からケン、お父さん、私、ムウ。
あと20メートルも歩けば塀に着く。
石造りの塀は2階建ての家ぐらいに高い。塀の切れ目は10メートルくらいだろうか、私達4人が横になっても余裕で通れる幅だ。その幅と同じ幅の石造りの橋が塀から門に続いている。橋の長さはわからないけど、門まで結構な距離があって、黒くて重厚そうな門が見える。門の左右は手前と同じような石造りの高い塀が見える。
「やっとここまで来たな」
お父さんの言葉にみんな頷く。みんな立ち止まったまま前方の門を見る。
「もうすぐ案内人としての私の役目も終わりですね」
「そうだな、そしたら今度は仲間として一緒に行こう」
「はい」
「オレもその仲間に入れて下さいよぉ」
「なに言ってんだぁ、当たり前じゃないか」
みんな軽口をたたきながらも、なかなか一歩が出ない。
突然ブワッと風が吹いた。竜巻とは違う波打つ風。私はとっさにしゃがみ風の元を見る。
すると黒っぽい赤色の鳥が向かってきている。目がギラギラと黄色に光っている。先端が少し巻き込んだ黒いクチバシ。羽を広げた長さは大人が手を広げたくらいある。鋭い爪が付いた2本の足。明らかに目は私を狙っている。
私はしっかりと棒を持ち直した。
鳥が急降下をし始める。私は横に一歩ずれて鳥が近付いてきた瞬間、思い切りジャンプして棒を頭に叩き付ける。
鳥は地面に落ちてバタバタしている。お父さんが刀で切り落としたんだろう、片方の羽が離れて落ちている。
私はその鳥の背中を何度も叩く。アーともウーとも何とも表現し辛い声で叫びながら、多分泣いていたんだろう。視界がぼやけてきて何も考えられなくなって、ただ腕を振り下ろすだけになっていた。
「ハルカ!」
お父さんが私の腕を掴んで棒を振り下ろすのを止めてくれた。
「お父さん!」
「もう大丈夫だ」
私はだらりと腕を下してお父さんにもたれかかる。大きなため息を一つついて顔を上げる。お父さんは手のひらで私の顔を撫でた後、頭をポンポンしてくれた。私の離れかけていた意識が戻ってきたようだった。
私は恐かった。自分が狙われることも、お父さんが私を守ろうとしてボロボロになることも。そして自分が武器を持って戦うことも。
戦って相手を刺した時の手の感触、棒で叩いたときの鈍い振動。怖くて叫び出して泣き出したくて、全然慣れる気がしない。岩のような無機物ならともかく、生きているものに対しては罪悪感が襲ってくる。
今はただ立ち止まって考える時間が欲しい。
「お父さん。私、やっぱり怖い」
塀まであとすこしなのに私は足を出せなくなった。
「どうした?」
私は胸の中に沈んでいた何かを吐き出したくて仕方がない。けれどそれを吐き出したところで何も解決しないような気がする。いや、解決とかより吐き出したことで、周りが私から離れていくのが怖い。だから言葉に出来ない。私はその場に立ち止まったまま動けない。下唇を噛んで込み上げてくるものを必死で抑え込む。
「ハルカ。胸の中に言いたいことを溜め込むのはしんどくないか?」
お父さんの言う通りすごくしんどい。だけど今までずっとそうやってきたから他に方法を知らない。
「コウイチさん。オレら少し離れてますね。ハルカちゃん、きっとお父さんに話さなきゃいけないことがあるんですよ」
「いいのか?悪いな」
「全然、悪くなんかないっす。言いたくても言えないことってみんな持ってるんすから。
ちゃんと周りは警戒しとくんで、ゆっくり話を聞いてあげて下さい。
ハルカちゃん、頑張って!」
ケンは親指を立てて笑ってムウと一緒に私達から距離を取った。
お父さんは両肩をそっと押して私をその場に座らせた後、隣に座った。二人で膝を抱えて体育座りをしている。私は顔をうずめて、お父さんは歩いてきた方向を見ている。
しばらくお互いが無言のままだった。
「ハルカ。お父さんはハルカのことが大好きだぞ。笑ってるハルカも、怒ってるハルカも。どんなハルカも。ただ泣いているハルカは、見ていて切ない。いつも笑っていてほしいと思ってる。まぁ、人間笑ってばかりもいられないんだけどな」
「お父さんが私のことを嫌ったり呆れたりするのはヤダ」
「お父さんがハルカのことを嫌うわけないじゃないか」
私は顔をうずめたまま声を絞り出す。
「お父さん、ごめんなさい。私、生きてるものと戦うの無理」
「うん、そんな気がしてた」
「ナイフで切った感触や棒で叩いた感覚がいつまでも手に残ってるの。嫌なの。気持ち悪いの。
いつかそれに慣れてしまうかもしれない自分が怖いの」
「ハルカは小さい時から優しかったからなぁ。人とぶつかることをしないでいつも相手に譲って。この旅もお父さんが楽しそうだから、ってけっこう我慢してたんじゃない?」
「そうじゃない。お父さんと一緒にいたくて付いてきたけど、ただ一緒にいるだけだとお荷物みたいだし、だから役に立ちたかった。でも自分のことも守れないし、戦うことが辛いの。お父さんは平気なの?ケンだって暴力は嫌いだって言ってじゃん。なんで平気なの?」
「ハルカが言う感触や感覚が今のお父さんには無いんだ」
私は意外な答えに驚いて顔を上げた。
お父さんは手を開いたり閉じたりしていた。
「なんだか、ただゲームをしているような感覚で、ケガをしても痛そうだなとは思うけど実際には痛くないんだ。なんだろ、自分のアバターを動かしている感じっていえばいいのかなぁ。多分ケンも同じなんだと思う」
お父さんは眉毛を下げてすまなそうに笑った。




