第25話
そして俺は王家からの使者として、きっちり正装する。
姫は俺の正装をまじまじと見つめ、彼女の視線が頭のてっぺんからつま先までを三往復ぐらいした。
「まあ、良いのではないか。その、あれだ。似合っておる。大変似合っておるぞ」
「ありがとうございます」
姫が微妙に早口なのと、視線を合わせてくれないのが若干気になるところだ。本当に似合ってると思ってる?
紋章官の正装には自身の紋章がさりげなく刺繍されているのだが、俺の紋章は漢字の「遠」を崩したものだ。今世はジュナン・エンド卿だが、前世は遠藤さんだったので。
もし日本からの転生者が他にもいれば、この紋章で俺に興味を持ってくれるかもしれない。そういう思惑もあった。
そうとは知らない姫が首を傾げている。
「なんというか、面妖な紋章よな」
「どうせ一代限りの貴族ですから。仕事柄、他の方と意匠が被っても困るので遊んでみました」
「変なところで思い切りが良いのだな……。おぬしが功を立てれば世襲が認められ、末代まで使うことになるのだぞ」
その可能性はあんまり考えてなかったな。
「といっても、世襲する子がいません」
「今のところはそうだな」
なんで微妙に含みを持たせた言い方するんだ、この子。
俺は笑ってみせる。
「生きて帰らないと俺で末代になってしまいますからね。まずは当座のことを考えましょう」
「ああ、そうだな。ところで剣はどうした。紋章官が非武装とはいえ、公務での帯剣は作法だぞ」
「一応これがそうです」
俺が差し出した礼装用の剣を受け取った姫は「ん?」と首を傾げる。
「なんか軽いのだが?」
「刀身が木ですから」
いわゆる竹光というヤツだ。
口をあんぐりと開ける姫。
「お前はバカなのか?」
「鞘に金を使ったら予算が尽きてしまいまして。平民の給料で礼装用の剣を買うのは大変なんですよ?」
拵えに相応の格式が求められるので、外側で力尽きてしまった。
「どうせ抜く訳にはいかない剣ですから、中身なんか何でもいいでしょう」
「おぬしという男は豪胆なのか愚かなのか……」
姫は深々と溜息をつき、それから俺をジト目で睨む。
「敵方に討たれたとき、こんなものを見られては末代までの恥辱だぞ」
「その末代が俺なんです。今のところ」
「ええい、そのようなことを申しておるのではないわ。ほれ、これを持っていけ」
姫は自分の剣をベルトから外し、鞘ごと俺に押しつけてきた。
「いけません、このような高価なものは」
「構わぬ」
姫はずずいと顔を近づけ、有無を言わせぬ口調でこう迫る。
「おぬしは私の剣だ。であれば私に剣はいらぬ」
「姫の剣はカナティエ殿だと思いますよ」
「四の五の言わずに頂戴しろ」
主命とあれば仕方がない。俺は鞘に宝石があしらわれた豪華な剣を拝領する。
「ありがたく頂戴いたします」
「それはシュテンファーレン家に伝わる宝剣『ウィルベルニル』だ。刀身も鍛えに鍛え抜かれた業物ゆえ、粗末に扱うでないぞ」
どえらいものを拝領してしまった。「ウィルベルニル」を和訳すると「嵐の槍」になる。……槍?
「変な名前ですね」
「よく知らんが、元々は槍の穂先であったものらしいぞ。数多の戦場で豪傑たちの血を吸った曰く付きの代物だ。怖がって誰も欲しがらぬので私がもらった」
別の意味でもどえらいものを拝領してしまった気がする。
姫は腕組みをして、なぜかちょっと不機嫌そうに続ける。
「家宝のひとつゆえ、おぬしにやった訳ではないぞ。私の元を去るときには返せ」
「そうします。でも心配なさらずとも、俺が姫の紋章官を辞すことなどありませんよ」
「ではちゃんと生きて戻ってくるのだな。敵陣で死んだら返せんぞ」
ニヤリと笑った姫は、そう言って俺の肩をポンと叩いたのだった。




