第23話
「輜重隊と共に参陣したと聞いたときは、さすがにいささか驚いたが……」
甲冑姿の王太子ウルリスが天幕で俺たちを出迎えてくれた。少し苦笑している。
「だが輜重隊の警護は気になっていたところだ。わざわざ済まないな、フィオレ」
すると姫は照れくさそうに笑う。
「いえ、私の紋章官の手配です」
「ほう、エンド卿が……」
あっ、嫌な感じ。視線がこっちに向いた。なんかゾワゾワするんだよな、こいつの視線。
「輜重隊の集結地点は伝えていなかったはずだが、どうやって突き止めた?」
王太子が興味ありそうな顔をしているので、俺は仕方なく前に進み出て説明する。
「前線から最も近く、なおかつ守りが堅くて交通の便も良いのが城塞都市フーディでしたので、後方の連絡線はそこだろうと推測いたしました」
「正解だ。そなた、紋章官よりも軍師に向いているのではないか」
冗談めかした口調に諸将がどっと笑う。
戦場で笑える雰囲気にしておくのは大事なことだが、なんとなく「紋章官の癖に職掌外のことまでやるんじゃないぞ」と釘を刺されているような気分にもなる。気にしすぎかな?
……いや、待てよ。どちらかというと「こういう言い方をしておけば、この男はあれこれと気にするだろう」という含みを感じる。
どっちだ?
ウルリス王太子の表情がどことなく楽しそうなので、たぶん後者だろうと推測する。こいつは顔も頭もいいが性格が悪い。
彼は一同を見回してこう言う。
「いずれにせよ、これで近隣領主の協力で当座の兵糧も確保できた。日頃の言葉に違わぬ忠義、陛下も感嘆しておられたよ。これで落ち着いて皆に状況を説明できるな」
どうやら軍議が始まるようだ。
どこの領主も本人か名代が来ていて、書記などを担当する側近を一人だけ伴っているようだ。姫の場合、俺がその側近ということになる。ちゃんと聞いておかないとな。
「サイダル軍はおとといの深夜、リュジオン河を渡ってルマンデの船着き場に上陸した。その後、近くの宿場を占領して野戦築城を開始。宿場で働く者の多くは夜になると近くの村に帰るため、翌朝早くに異変を発見。通報に至るという次第だ」
なるほどな。マルダー村に伝令が来たのが翌日の夕方だから、考えられる限り最速の連絡だろう。これ以上は電話でもないと無理だ。
王太子の側近が地図を掲示する。ルマンデ付近の詳細な地図のようだ。
「ルマンデの船着き場付近はリュジオン河が湾曲している。三方を河に囲まれる凸部に敵が集結している訳だ。総数は不明だが、野戦築城の規模と速度から推定して五百から二千の間だと見ている」
その規模ってことは、敵が作っているのは小さな出城なんだろう。日数的にもそれ以上は難しそうだもんな。
「敵の陣地は宿場の建物を柵と壁で囲った単純なものだ。しかし三方を河に守られているため、攻め口が限られている。河からの攻撃も検討したが、対岸にサイダル軍の後詰めが控えているため断念した」
後詰めがいるのは当然のことなので、やはりそう簡単にはいかないようだ。
すると武将の一人が挙手する。
「殿下、敵の意図は何でありましょうか」
「ルマンデを恒久的に占領下に置き今後の侵攻の足がかりにする気だろう、というのが私の考えだ。譜代の騎士たちも全員が同じ意見だ。そなたらも異論はあるまい」
ユナト側に飛び地が作れれば、侵攻のたびにしんどい渡河作戦を決行しなくても良くなる。今後のことも見据えての行動か。
さっそく諸将から意見が飛び出す。
「であれば、徹底的に叩いて憂いを断たねばなりますまい。しかしこの兵力ではいささか不安です」
「さようにございますな。他から兵を回してもらい、後詰めとして備えられれば心強いのですが」
王太子もうなずく。
「私も同感だ。陛下には既に報告しているので、余裕のあるところから兵を引き抜いて回してくださるだろう。だが、その前に敵の後詰めが渡河してくれば、追われるのは我々の側になる。サイダルは本気だ」
通信や輸送の技術が未発達なので、兵を動かすにはとにかく時間がかかる。敵に先手を打たれた時点でかなり不利になる。巧遅よりも拙速の方がマシだと言われるのは、たぶんそういうことなのだろう。
姫が振り返り、そっと俺に問う。
「おぬし、何か意見はあるか?」
「ないこともないんですが、発言できる空気じゃないですよ」
俺も何か意見を言いたかったが、うちの姫は実績ゼロの小領主、しかも初陣だ。王女なので発言すれば聞いてもらえるかもしれないが、王女の家臣である俺じゃダメだろう。そこまで威光が及ばない。
「むう……。まあ、我らなどお呼びではなかろうな」
「みんな必死ですからね」
居並ぶ諸将はいずれも近隣の領主たちで、この戦いには自分の領地がかかっている。領地は一族の命も同然だから、全員が殺気立っている。正真正銘の「一所懸命」というヤツだ。
ここで迂闊な発言をすれば後々まで遺恨を残すだろう。
だから俺は黙っておくことにしたのだが、王太子がこんなことを言い出す。
「それゆえ、この戦は互いの早さを競うものになるだろう。だがこちらの戦支度をこれ以上早めることはできない。だとすれば、敵方の勢いを削いで遅らせるのが定石だ」
「さすがは王太子殿下。御慧眼にございます」
「まことに」
お世辞も多分に含まれているだろうが、近隣領主のおっちゃんたちが感心した表情でうなずいている。王太子の発言は正しい。
「陛下から伝令が来ている。王城の大砲三門がこちらに向かっているが、到着は明日以降の予定だ。だがそれを待って時間を浪費する訳にもいかぬ」
「でしたら手勢の騎兵で強襲いたしましょう。百騎に満たぬ寡兵であっても、敵の野戦築城は大幅に遅れるはずです」
頬に傷のある老将がそう進言したので、王太子はやんわりと制する。
「良い意見だ。だが睨み合いの段階で、貴重な騎兵に損失が出るのは避けたい。そなたらに血を流させる前に、我らは王族としてできることをせねばならぬ」
ん?「私は王太子として」ではなく「我らは王族として」って言ったな? てことはつまり、姫も含まれる……?
嫌な予感がして王太子を見つめていたら、ばっちり目が合った。うわやば。
「フィオレよ。輜重隊先導の実績を認めた上で、初陣のそなたにも王族として働いてもらいたい。できるか?」
すぐさま姫が力強くうなずく。
「無論にございます、兄上。何なりとお命じを」
「ありがとう。ではまず、そなたの紋章官を使者として敵陣に送ってほしい」
待て待て待て待て。なんてこと言い出すんだこの野郎。殺す気か。
王太子は姫よりも俺の方を見ている感じで、そのまま続ける。
「敵の将がサイダルの王族とは思えぬ。おおかた適当な家臣を総大将にしているはずだ。であれば、最初から国王や王太子の紋章官を使者として遣わすのではいささか格が合わない」
外交でよくあるヤツだ。相手の格に合わせて使者の格を上下させる。
姫の背中が一瞬、ぶるっと震えるのが見えた。固く握った小さな拳が微かに震えている。
ほんの一瞬の間を置いて、姫は頭を下げる。
「承知いたしました。我が紋章官を遣わします。単身では格好がつきませんので、護衛の者を一人つけてもよろしいですな?」
「もちろんだ。むしろそうしてくれ」
こうして俺の命日が無事に決まった。
使者の紋章官を斬れば、「サイダルは戦の作法も守らぬ非道な敵」ということにできる。運よく斬られなければ交渉で開戦を遅らせられるし、ついでに敵陣を視察できてラッキーだ。
平民出身の新米紋章官なんか手駒としてはタダ同然なので、とても効果的な策といえる。俺も前世でゲームをしていたときは、そうやって安い捨て駒で最大の利益を得ていたものだ。
問題は俺がゲームの駒ではないということなのだが。
諸将の視線が俺に集まる。
「あいつか」
「平民上がりの若造だと聞いているぞ」
「最初の使者としてはまず妥当なところではないかな」
「確かに。ひとまずあれで様子を見ましょう」
前世で捨て駒にしたゲームキャラの皆様、大変申し訳ありませんでした。今、報いを受けています。
生きて帰れるのかな、俺……。




