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姫の覇道が止まらない! 〜転生紋章官ジュナンのままならない日常〜  作者: 漂月


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第20話

 それから俺たちはしばらくの間、サイダルとの戦に備えながら慌ただしくものんびりとした日常を過ごした。

 王城との連絡役はメステスに任せていたが、やはり聖職者の彼にはわからないことも多く、たまには俺が出向くこともある。

 でも俺が行くときっていうのは、だいたいめんどくさいことが待ってるときなんだよな。



「王太子殿下、紋章官のジュナン・エンドです。お召しにより参上いたしました」

「ああ、待っていたよ」

 執務室でウルリス王太子が微笑みを浮かべる。相変わらず顔がいい。



 こんなアイドルみたいな顔をした王太子様はまだ独身だ。こちらの世界では王太子なんか十歳ぐらいで許婚を用意され、十五歳で婚礼となることが多い。王太子は二十二歳だから、周囲もやきもきしているだろう。


 だが仕方ないのかもしれない。

 なんせこいつはパワハラ野郎にしてモラハラ野郎なのだ。娘を嫁がせたくないという貴族や王族が多いのだろう。たぶん。



「フィオレはよくやっているようだな。そなたのおかげであろう」

「過分な御言葉、恐縮にございます」

 この口ぶり、何か企んでいるな。



 さっきから視線がチラチラと壁の剣に向いている。まさかいきなり斬り掛かってくることはないだろうが、どうも気になる。

 王太子は視線を俺に戻し、言葉を続けた。



「サイダルの動向は私も探っている。材木の件は父上を通じて正式に申し入れをしたところ、ただちに調査して確認でき次第返すとの書簡を受け取った」

「ありがとうございます。妙に素直なのが気になりますが」

「そなたもそう思うか」



 ソファにゆったりと背中を預けながら、王太子はつぶやく。

「サイダルが各地で材木を集めているのではないかという疑惑、ある程度は裏付けが取れた。筏に組んだ材木をやたらと欲しがっている様子だな。それと兵糧を買い集めているようだ」

「であれば間違いなく、対ユナトの戦支度でしょう」



 他の国に攻め込むつもりなら、筏に組んだ材木など必要ない。陸路か海路で攻め込むことになるからだ。だがユナトだけは渡河作戦が必要になる。

 王太子は軽くうなずく。



「おそらくサイダルも『しまった』と思っているのであろうな。まさかユナトの王女の材木を奪ってしまったとは、連中も誤算であろう」

 それがなければ戦支度もまだ発覚していなかったかもしれない。秘密というのは本当にちょっとしたことで漏れてしまうものだ。



 だとすれば、懸念されることがある。

「サイダルの計画が前倒しになるかもしれません」

「同感だ。だが計画を前倒しにするということは、準備不足になるということでもある」

「では敢えて実行させた上で潰すというお考えですか」



 敵の動きを牽制して侵攻を抑止するという手もあると思うんだが、そちらは選ばないようだ。まあ俺が知らない事情でもあるのだろう。

 王太子の表情を見る限り、この話題はこれで終わりのようだ。俺は王太子の直臣ではないので、あまり深く掘り下げるのはやめておく。



「ところでジュナン」

 王太子の言葉に俺はドキッとする。何か裏の意図がありそうな、そんな雰囲気を感じ取ったからだ。

 俺は緊張感を見せないよう、なるべく平静を装って答える。



「何でございましょうか、殿下」

「そう警戒するな。ちと、そなたと剣の手合わせをしたくてな」

「それはお断りしたはずですが」



 練習だろうが試合だろうが、偉い人に剣を向けるのはリスクが大きい。

 しかし王太子は薄く笑う。

「では私が剣を抜き、そなたを無礼討ちするとしたらどうする?」

「フィオレ様の紋章官として、おとなしく討たれます」



 まともに戦っても勝ち目がなさそうだし、勝ったところで次はユナトの軍勢全てを敵に回すことになる。専制君主の下では俺の命は俺のものではないのだ。

 仕方なしに出た言葉なのだが、王太子は不満そうだ。



「そなた、存外につまらぬ男だな」

「面白い言葉というのは信頼と余裕があって出てくるものですよ、殿下」

 俺が呆れて本音を言うと、王太子は楽しげに笑う。



「いや、そなたはやはり喉元に剣を突きつけられたときに最も面白いことを言う男だ。そなたの今の言葉が証明している」

「だとしても、そのような方法で人を思い通りにしようというのは君主の行いではありません」

 よくわからないが、あまり畏まらない方が王太子の機嫌がいいようだ。変なヤツだぞ、こいつ。



 王太子はますます楽しそうな顔をして、あろうことか俺に頭を下げた。

「いや、すまぬ。そなたの申す通りだ。実はな、そなたの剣術をどうしても見たい」

 おっと……。俺は再び緊張する。



「私の剣術、ですか」

「そうだ。町道場で身につけたのか?」

「ええまあ」

 前世の町道場なのだが、それはまあ言わなくてもいいだろう。

 すると王太子は俺をじっと見つめる。



「剣を抜かずとも良い。素手で構えてくれぬか」

 そこまで頼まれるとさすがに断りにくい。あまり固辞するとまずいと思い、俺は立ち上がって素手で剣道の構えを取った。一番普通の中段の構えだ。これならバレないだろう。



 だが王太子は大きく目を見開き、それからフッと笑った。

「なるほど、予想通りだ」

「何がでしょうか?」



「いや、よい。平民の剣術にしてはよく練られている。その腕ならそこらの兵士には遅れを取らぬであろうな。槍は嗜むか?」

「いえ、正式に習ったのは剣だけです」

 乱世に生きる農民の嗜みとして槍と弓も少しだけ習ったが、教えてくれたのはリンネン村のおっさんたちだ。ごく初歩的なことを半日やっただけなので、とてもじゃないがこんなものに命は預けられない。



「乗馬は?」

「城勤めをするようになってから、こちらで基礎を学びました」

 あくまでも普通の馬を普通に歩かせられるだけなので、軍馬を操って敵兵を蹴散らすような馬術は習っていない。



「そうか。なるほどな」

 何が言いたいんだろう?

 しかし王太子はさっさと俺を追い出しにかかる。



「すまぬがこの後、少しばかり所用がある。そなたはマルダー村に帰り、フィオレに戦に備えるよう申し伝えてくれ。軍馬と甲冑の手入れを怠らぬようにな」

「かしこまりました」

 うーん、なんだこの違和感……。


   *   *


「父上、やはりエンド卿は妙です。彼の両手剣の構えは洗練されていますが、どこの剣術なのか見当もつきません」

 国王の居室を訪れたウルリス王太子は、国王オルバにそう告げる。

 彼はさらに続ける。



「傭兵や博徒が使うような荒削りで実戦的なものではなく、かといって貴族が嗜む護身用の剣術とも違います。重心の高さからみて素肌剣術の一派ですが、守りよりも攻めに重きをおく構えは介者剣術のようでもあります」



 普段着で戦う素肌剣術は防御に重きを置くが、甲冑を着ることが前提となる介者剣術では防御の多くは甲冑に委ねられる。

 オルバは静かにうなずいた。



「両手剣の素肌剣術か。鎧も盾もないのに攻める気とは、なんとも不思議な剣術よな。我流であろうか」

「いえ、我流であそこまで練り上げたのだとしたら稀代の剣客でしょう。ですが彼に剣客特有の鋭さは感じられません」

 王太子の言葉に、国王はしばし沈黙してからつぶやく。



「以前から、あの者の博識ぶりには疑問を抱いておった。地頭が良いだけのただの平民ならいくらでもおるが、あの者はそうではない」

「はい、明らかにどこかで剣や学問を学んでいます。それも我々の知らないところで」



 この世界で高度な教育を受けた王や王太子だからこそ気づける違和感だった。王族が学ぶものとは明らかに異質だが、それと同等あるいはそれ以上に高度な教育。

「何者なのだ、あの男」

「わかりません。どこかの手の者でなければ良いのですが」



 すると国王は笑う。

「いずこかの間者だとしたら、ずいぶんと間抜けな間者になってしまうぞ。ここまで怪しまれているのだからな」

「そうですね、彼ならもっとうまくやれるはずです」



 王太子の言葉に国王はますます笑う。

「気に入っておるようだな」

「気になっているだけですよ。フィオレに仕える士分はエンド卿だけなので」

「そう、それだ」

 国王オルバは腕組みをする。



「ミオレと神官のメステスを幕僚に加えたとはいえ、王族として活動するにはいささか陣容が弱い」

「シドール家の娘、確かカナティエでしたか。あの者を士分に取り立ててやってはいかがですか」

 しかし国王は首を横に振る。



「何か大きな功がなくてはな。王とて、いや王だからこそ法と秩序は重んじねばならぬ。これはフィオレについても言えることだ」

「フィオレには戦に備えるよう忠告しておきました。しかし本当に戦場に連れていくおつもりですか?」



 すると国王は渋い顔をして溜息をついた。

「止めても着いてくるに決まっておるからな。フィオレがマルダー村を治めている理由を思い出せ」

「ああ、そうでしたね……」

 父と兄はうなずき合い、そして額を押さえたのだった。

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― 新着の感想 ―
主従共に異常ですからね。
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