第14話
「そんな訳で、ミオレ姫をお連れしたよ」
ぐったりと疲れた様子のメステスに対して、フィオレ姫が不満そうに腕組みをしている。
「そんな訳もこんな訳もあるか。なぜ連れてきた」
「たかが神官の僕が、王女殿下の御意志を無視できる訳がないでしょう」
「私も王女だぞ。こっちの王女殿下の御意志も無視するでない」
仕方ないので俺が取りなす。
「俺たち平民を板挟みにしないでください。面と向かって命じられれば断れませんよ」
「むう……」
聞けば王太子の許可を得てきたらしいし、俺たちの責任問題にはならないだろう。
ミオレ姫はお供の侍女やら近衛兵やらをぞろぞろ従えており、街道近くには馬車も停めてあった。
その光景を見ながら、俺は姫に耳打ちする。
「ミオレ様が来てくだされば、国政や外交の情報も得やすくなります。ここにいると国内外の情勢がまるでわかりませんから」
「ええい、おぬしはいつもそうやって私を丸め込む」
「ブーツを蹴らないでください」
コツコツとブーツのかかとを蹴られるので、俺はサッと避ける。
姫はますます不満そうだが、軽く咳払いをする。
「おぬしの言うことにも一理ある。だがな、どうせこやつは……」
そう言いかけた瞬間、ミオレ姫がフィオレ姫にべったりとくっついた。そしてフィオレ姫のおなかに顔を埋める。
「ああ、お姉様の匂いがしますわ! いつもより濃いですわ!」
「こっ、こら! くすぐったい!? 見よ、ジュナン! ミオレはこういう変態ゆえ、とっとと追い返すに限るのだ! ええい、離れよ!」
「いーやーでーすーわー!」
顔が変形するほど押されても、絶対に姉の腰から手を放さない妹。甘えん坊さんにも程がある。
しばらく姉妹の再会を堪能してもらうことにして、俺はメステスから報告を聞かせてもらうことにした。
「王城の様子は?」
「いつも通りだね。僕の目からは国王陛下の統治は盤石に見えたよ。ただ、そのせいで王太子殿下が困っている」
「困っている、とは?」
「自前の家臣団を作るのに苦労しているって本人が言ってたよ。君も人材として狙われているから用心した方がいい」
「まじか」
俺、あのイケメンプリンスはちょっと苦手かなあ。なんか無自覚モラハラ男っぽい雰囲気がするんだよね。
姫も似たようなもんだけど、なんとなくこっちの方が居心地がいい。不思議なもんだ。
「王太子はフィオレ姫がいずれ他国に嫁ぐと考えているようだ」
「とてもそうは思えないぞ」
どこの物好きがあんな戦争好きな姫と結婚したがるんだ。俺は腕組みをする。
「姫は自分で政治と軍隊を動かさないと気が済まない性分だ。ウルリス殿下が即位した後、妙なことにならないといいんだが……」
「あの王太子、妹たちに政治をさせる気はなさそうだからね」
緊急性は低いが、手を打っておかないといけない事案ではあるな。
「ウルリス殿下ってまだ独身だよな?」
「どこから妃を迎えるかで揉めてるらしいね。それが決まるまで即位はしないだろうけど」
この辺りでは、最初の男児が生まれた後で即位することが多い。即位したばかりの国王が崩御することもよくあるので、「次」が用意されている方がみんな安心できるのだ。
「じゃあその問題は後回しにしておこう。今はとにかく、姫に領主として実力をつけてもらわないと」
「妹一人に手を焼いているようじゃ、先が思いやられるけどね」
呆れたような顔をしてメステスが笑い、それからこう付け加えた。
「でも、妹二人に手を焼いている王太子よりはマシかな?」
「王室紋章官としてはコメントしづらいな」
どうやらメステスは王太子があんまり好きじゃないらしい。
そのとき、ミオレ姫がしょんぼりした顔でフィオレ姫から離れるのが見えた。根比べは姉の勝ちか?
「うう……お姉様のことを案じていますのに……」
「案ずる必要などない! おぬしはさっさと城に帰れ。私だけでなくおぬしまでこんなところに入り浸っていたのでは、兄上の心労が増すばかりだ」
一応、お兄ちゃんに苦労かけてる自覚はあるんだな。
侍女たちに囲まれて椅子に座っているミオレ姫は、なんだかとても哀しそうだった。
フィオレ姫はマントを羽織り、カナティエを伴って屋敷から出ていく。
「今日は村の柵を補強する工事がある! 資材の運搬などで危険だから、ミオレはここに残っておれ! よいな!?」
「はぁい……」
だいぶしょんぼりしてる。
残された俺は少し迷ったが、思うところがあってミオレ姫に話しかけた。
「ミオレ様、少しよろしいでしょうか?」
「あなたは紋章官の……ええと、ジュウナン様?」
「ジュナンです」
そんな柔らかそうな名前ではない。
「失礼しました、ジュナン様。何か御用ですの?」
「ミオレ様のお力になれればと思いまして」
俺がそう言って微笑むと、ミオレ姫はパッと明るい表情になった。
「まあ! まあまあ! ありがとうございます! お姉様の紋章官様でしたら、いろいろご存じなのでしょう?」
「お仕えしてまだ日が浅いので、それほど詳しくはありません。ですが、ミオレ様がフィオレ様をお慕いしていることはよく存じておりますよ」
ニコニコと営業スマイル……のつもりなのだが、ミオレ姫の無邪気な態度に自然と笑みがこぼれてしまう。親しみやすい子だ。
ミオレ姫は真面目な顔でコクリとうなずく。
「ええ、そうです。お姉様は私の太陽ですの。暖かくて眩しい……」
このお子様、遠い目をしてらっしゃる。確か十歳ぐらいだったはずだけど、妙な存在感があるな。現代日本に生まれていたら、子役俳優で大当たりしたかもしれない。
とりあえず話を進めよう。
「しかしフィオレ様がなかなかこちらを振り向いてくださらない。そうですよね?」
「そうなんです! お父様もお兄様も公務でお忙しいですし、お母様は病気がちでお城におられませんから、お姉様としかいられませんのに……」
そういえば王妃様って見たことがないな。聞いた話では故郷で静養しているとのことだが、その故郷がどこなのか知らない。いずれにせよ同居はしていないということか。
まだまだ母親に甘えたい盛りの年頃だから、フィオレ姫が母親代わりなんだろう。なるほどな。
俺は少し考え、ミオレ姫に言う。
「フィオレ様と一緒に過ごせる方法がありますよ」
「そんな方法が!?」
「ええ。フィオレ様は今、政治の世界に乗り出そうとしておられます。紋章官の私がお仕えしているのも、そのためです」
俺の言葉を真剣に聞いているミオレ姫に、俺は悪戯っぽく笑いかけた。
「おかげで私はフィオレ様と共にマルダー村で暮らすことになってしまいましたが、もうずっと一緒ですよ。おわかりですか?」
ハッと何かに気づいた様子のミオレ姫。
「つまり私が、お姉様の紋章官になる……!」
「違います」
俺の職を奪うのやめて。
コホンと咳払いをして、俺は説明する。
「フィオレ様の公務をお手伝いすれば、自然とフィオレ様のそばにいることになりますよ。ミオレ様も王女ですから、同じ王族として力になれるはずです」
「それは……そうでしょうか?」
どうやらミオレ姫にはあまり自覚がないらしく、首を傾げている。普通のお姫様ってのはこういうものなんだろう。たぶん。
俺は説得を続ける。
「フィオレ様は今、王城を離れておられます。フィオレ様の配下が王城に不在というのは……ええと簡単に言うとですね、王城でお留守番をしてくれる人がいないんです」
「おるすばん!」
力強くうなずいてくれるのはいいんだけど、意味わかってるかな?
「ミオレ様はなんといっても王女様ですから、国王陛下や王太子殿下にも直接お会いすることができます。フィオレ様の代理人としては、私やメステスよりも適任でしょう」
「だいりにん!」
通じてるのか若干不安になってきた。まだ子供だもんな。
だがミオレ姫は眉間にしわを寄せると、物凄い勢いで独り言をつぶやき始めた。
「なるほど、それは全く考えていませんでしたわ。そういえば『結婚とは互いを見つめるのではなく、共に同じものを見つめること』だと習いました。お姉様の野望を共に見つめることで私はお姉様の事実上の伴侶となり、末永くおそばに置いていただけるはずですわ!」
本当に十歳? 頭脳明晰すぎない?
願望を叶えようとするときだけ、頭の回転が異様に早くなるタイプなのかもしれないな。それにしても聡明だ。このまま埋もれさせておくのは惜しい。
俺は心の奥底で邪悪な笑みを浮かべつつ、あくまでも表面上は綺麗な笑みを浮かべる。
「ミオレ様にそのおつもりがあるのでしたら、私がフィオレ様に取り次いで差し上げますよ。いかがですか?」
「お願いいたしますわ!」
ミオレ姫が鼻息荒く即答してきた。
よし、これで王城の留守役を確保できたぞ。もしフィオレ姫が王太子と揉めても、ミオレ姫が仲介役をしてくれれば何とかなるはずだ。
「ではさっそく、フィオレ様に申し上げてきます」
「ありがとうございます、ジュナン様!」
真剣そのものの表情をしたミオレ姫が、ぺこりとお辞儀をした。
君の重めの姉妹愛は俺が預かろう。
重荷ではあるけど。
※明日から1日1回更新です。




