表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫の覇道が止まらない! 〜転生紋章官ジュナンのままならない日常〜  作者: 漂月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/23

第1話

 異世界で第二の人生を歩んできた俺は今、王城の広間で喜びを噛み締めていた。

 第三代ユナト国王、オルバ・シュテンファーレンが重々しく宣言する。

「かねてより内示の通り、お前たち六名を我が王室の紋章官に任命する」



 紋章官。

 敵味方の紋章を識別し、捕虜や戦死者の身元確認を行う役職。戦場では敵方との交渉役も務め、平時は外交官として活躍する。



 やった、やったぞ。ついにここまで登り詰めた。頭の中で「立身出世」「悠々自適」「天下泰平」「君臣豊楽」などの言葉がぐるぐる回る。

 思えば長い日々だった……。



 日本で言えば戦国時代ぐらいの異世界で山奥の農村に生まれ、電気はもちろんティッシュすらない生活にずっと耐えてきた。

 徴税官助手を皮切りに地道な役人生活を続けて数年。働きぶりが認められ、ついに紋章官に任命されたのだ。これで貴族としての待遇を得られる。



 国王の訓示がまだ続いている。

「本来は五名の予定であったが、事情があって六名となった。順に拝命せよ」

 俺の隣には同年代の青年が五人。俺と同じで、この王城に勤務している若手の役人たちだ。どんな人かは知らないけど。



 彼らの名前が順に呼ばれ、国王の前で臣下の礼をする。最後は末席の俺だ。

「リンネン村の住人、ジュナン」

「はっ」

 俺が進み出ると、国王は俺の肩に王錫で触れた。



「農民からここまでの出世は前例がないが、だからこそ今日ここに新たな前例を作ることを喜びとしよう。お前を本日付で王室紋章官に任ずる」

 無言で一礼が正式な作法なので、おとなしく頭を下げておく。



「一代限りの貴族としての地位を与え、望み通り『エンド』の家名を許す。今後はジュナン・エンドと名乗るがよい」

 前世の姓が遠藤だったので、ユナトの姓で一番近いのを希望しておいた。だいたいの農民には姓がなく、さっきみたいに出身地で呼ばれる。



 王錫を離した後、国王は厳つい顔で俺たちを見つめる。

「これでお前たちは王室紋章官だ」

「はい!」

「逃げられんからな」

「はい?」



 どういう意味だろう。小国とはいえ王室紋章官なら高級官僚だぞ。逃げる訳ないじゃん。顔を見合わせて困惑する俺たち。

「逃げられんからな?」

 大事なことなのか二回言われた後、国王は振り向いて声をかける。



「フィオレよ、入ってまいれ。そなたの願いを叶えてやるぞ」

 なんだ? 何が始まるんだ?



 広間の大扉が「バーン!」と開いて、十代半ばぐらいの少女がずかずか入ってきた。小柄で細身だが、顔立ちは凜としていてとても格好いい。王子様っぽさがある。

 背後に女騎士みたいな人もついていた。



「はじめまして、ものども!」

 間違ってはいないけど、もう少し言い方ってもんがあるだろ。

「私がフィオレだ! ユナト王オルバが長女、フィオレだ! 見知りおくがよい!」

 二回言うのが好きな親子なのかな……。



 俺は他の新任紋章官たちと顔を見合わせるが、ここで国王が二回も言った言葉を思い出す。


 ――逃げられんからな。


 ちょっと嫌な予感がしてきた。ろくでもないことが起きそうな気がする。

 そんな俺を尻目に、国王は軽く溜息をついた。

「で、我が姫よ。どの者にするのだ?」

「しばし待たれよ父上、今から見定めるので……」



 俺たちの顔を順番に見ていくフィオレ姫。

「この者は?」

「近衛騎士ベルネイ卿の四男だ」

「おお、確かにベルネイ殿によく似ているな。末永く父上に仕えてくれ」



 お言葉をかけ、横を通り過ぎる姫。

「こっちの者は?」

「王室御用達の火薬商、ブレンダン家の次男だ」

「ふむ、さようですか。ブレンダン商会の火薬は信頼の証だ。そなたも励むがよいぞ」



 横を通り過ぎる姫。

 そんな感じで次々と通り過ぎていき、最後に俺の前に来た。

 こうして見ると、まだ子供のあどけなさが残っている。微笑ましい。というか本当に微笑んでしまう。

「ふーむ……」



 やけに熱心に見てくるな? さっきまでとは視線の粘っこさが違う気がする。

 下からの視線に耐えきれなくなってきたとき、姫が国王を振り返った。

「では、この者は?」

「リンネン村の農民だ」

「なんと、農民から紋章官に!?」



 俺をじっと見る姫。俺もなんだか視線が吸い寄せられるような感じがして、姫をじっと見つめ返す。

 顔立ちにあどけなさは感じさせるが、とても真剣な表情をしているな。それに賢そうでもある。不思議と印象に残る子だ。

「おぬし、家は豊かであったか?」

「いえ、小作農です。とても食べていけないので猟もしていました」



「では読み書きをどこで覚えた?」

「独学です。村の礼拝所に一冊だけ教典がありましたので、薪を薄く削って何度も書き写しました」

 日本語でメモができるので、ゼロから覚えるよりずっと簡単だった。日本語のメモは誰にも読まれる心配がないので、今でも重宝している。



 俺の前世など知らないフィオレ姫は感心した様子だ。俺の顔を見上げてニコッと笑う。

「よいな、実によい! 見事である! 同じ紋章官なら、最も低いところから上がってきた者が一番優秀であろう!」



 それはそうかもしれないけど、言い方ってものがあるだろ。他の紋章官が俺を睨んでるからやめてくれ。何なんだこの子は。

 後でどんな嫌がらせを受けるかわからないので、安全のために自分を卑下しておく。



「ですが他の方々と違い、私には紋章官として必要な人脈も後ろ盾も一切ありません」

 しかし姫は動じない。

「案ずるでない、そのようなものは後から勝手についてくる。むしろ余計なしがらみなど、ない方が使いやすかろう。うむ、我ながら慧眼である」



 興奮気味の姫は、バッと国王を振り返る。

「この者にします! よろしいですか、父上?」

「無論だ。約束は違えぬ」

 何かが決定されたようなのだが、何がどうなってるのかわからない。



 すると国王が俺を見て、やや気の毒そうに告げた。

「本当に申し訳ないが、お前がフィオレ王女付の紋章官となった。心を強く持て」

「承知いたしました。誠心誠意お仕えします」



 よくわからないまま俺は恭しく一礼したが、国王の心底気の毒そうな視線がやけに気になっていた。

 隣から他の紋章官たちのヒソヒソ声が聞こえてくる。

(あいつ、もう出世できないな)

(ああ。だが助かったよ……)

 なんて?



 そちらに視線を向けようとしたが、それよりも早くフィオレ姫が俺にニカッと笑いかける。

「光栄に思うがよい! おぬしは今日から私の直臣である!」

「恐悦至極に存じます」

 俺はよくわからないまま一礼する。



 王女の側近なら従軍はしないだろうし、難しい外交問題を担当することもないだろう。給料が同じなら仕事は楽な方がいい。どうせ姫が嫁ぐまでの一時的なポストだろうし。

 なんてことを考えていると、横から会話が聞こえてきた。



「陛下、ようございましたな」

「うむ。増員したのは正解であった。では残りの五名は余の執務室に参れ。面談の上、配属先を決定する」

 国王と側近たち、それに他の紋章官たちがゾロゾロと広間を出ていく。心なしか全員、ホッとした表情だ。



 もしかして俺は、何かとんでもない役目を仰せつかってしまったのでは?

 その予感を裏付けるように、フィオレ姫が俺に言う。

「ではこれより、私の外交を手伝ってもらうぞ。ついて参れ」

「ええと、その……姫様の外交ですか?」



 王太子ならわかる。次期国王だから外交実績を作っておくのは当然だ。王太子でなくても王子ならわかる。

 でも王女様だぞ?

 こんな乱世では政略結婚の道具でしかない。重臣や他国の王室に嫁ぐのが仕事だ。



 しかしちっこい王女様は俺を見上げながらふんぞり返り、首を傾げる。

「それが紋章官の職務であろう? おぬし、ちと察しが悪いのではないか?」

「そんな気がします」

 俺は新品の紋章官の服を整えると、コホンと咳払いをした。



「姫様、少々よろしいでしょうか」

「よいぞ。申してみよ」

 鷹揚にうなずくフィオレ王女殿下に、俺はなるべく丁寧に説明した。

「紋章官は外交官の一種ではありますが、軍事的な役割が強い役職です」

「うむ、存じておる」



「戦場で敵味方の識別を行ったり、敵方への交渉に赴いたりするのが仕事です」

「それゆえ、戦地においては紋章官は戦いに参加せぬし、紋章官を攻撃することも許されぬ。そういう職だな?」

「はい」

 しっかり理解しているようだ。



「それを確認した上で質問しますが、姫様はまさか戦場に立つおつもりなのですか?」

 するとフィオレ姫は目を輝かせ、満面の笑みで腰に手を当てて胸を張った。

「いかにも!」

 いかにもじゃないよ。王女が戦場で兵を率いるなんて聞いたことがないぞ。

 どっかおかしいんじゃないか、このお姫様。



 すると姫は何かに気づいたように、ポンと手を打った。

「ああそうか、なるほどな。おぬしの困惑は理解できたぞ。王女が戦場に立つなどありえぬからな」

「そうです」

 異世界でもやはり軍事の男女差はあり、女性は戦場に立たないのが普通だ。



 だが姫は手をひらひら振って苦笑すると、スタスタ歩き出した。

「そのような些事を気にするでない。その辺りも順を追って説明するゆえ、ひとまずついて参れ」

 子供特有の身軽さでスタスタ歩き出し、くるりと振り返って手をぶんぶん振る姫様。



 あんなお子様が戦場に?

 困惑しまくっていると、女騎士みたいな人が軽く咳払いをする。

「参りましょうか、ジュナン様」

「わかりました」

 俺はうっすらと不安を抱きつつ、姫の後を追って歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
名前からしてもう終わっとるw これから楽しみです。
お気に入りユーザーの活動報告から来ました 今作はトンデモ姫様に振り回されそうですね
受難のENDではなく、受難によってジ・エンドのほうだったね そして当然のような上官ヒロイン 実家のような安心感
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ