プロローグ 多目的トイレでの会合
よろしくお願いします。
学生が1日のうち最も騒がしくなる昼休み…とはまったく思えない、静まりかえった旧校舎の一角で男子高校生が4人も集結していた。
ゴミ捨て場へ向かうくらいしか用途が無い筈のまったくと言っていいほど、人気の無い廊下に付随している、使用者皆無の多目的トイレにわざわざ用事がある人間なんてそういない。おまけにこの4人は何か緊急でトイレに来た。というわけでも無さそうだ。
同じ高校の生徒である筈だが髪型も格好も制服以外は統一感がまるでない。順に短髪、メカクレマッシュ、普通のメガネ、金髪ピアスであるこの4人の存在がこの高校の校則を推し量ることが難しい絶妙なラインナップを形成している。
唯一の共通点といえば、少年たちの手には四角いものを入れた巾着袋を握られていた。
見つめ合い様子を伺う4人の男たち。いるだけで逃げ出したくなるようなお互いがお互いを牽制し合うピリピリとした緊張感。静けさからか、いつも以上に蛇口から滴る水の音、静かな呼吸音が響いていた。
――グゥ〜。
そんな張り詰めた空間を、雰囲気を打ち壊したのは誰かの腹の音だった。
一呼吸おいて、便座に座っている元気ハツラツといった短髪の少年が立ち上がる。
「お前ら、まさかとは思うがトイレに飯を食いに来たのか?」
横顔を伺いつつ無言で頷く3人。
ヘビー便所飯erであることをお互いに察し、何とも言えぬ居た堪れなさ。気まずさから再び沈黙を迎えるかに思われた。しかしまたしても短髪が一歩前に踏み出し親指で自身を指差し口を開く。
「俺の名は佐藤!一年A組だ。」
ビシッ!!!といった感じで高らかに宣言する短髪に対し、いや知らねぇよ。と金髪が少し顔をしかめる。髪を金色に染めるやつがトイレで飯とか食わなくね?という偏見から疑問視していたメガネ以外にそれに気づく様子はなかったらしい。
「じゃー僕も。鈴木です。同じく一年でB組です。」
前髪で目が一切見えないメカクレマッシュが、中途半端に手を上げながらそう名乗る。
「次はお兄…私ですかね?1年D組の高橋です。よろしく。」
「俺は田中だ。C組」
この状況を上手く飲み込めていないのか、少し遠慮がちだったメガネに被せる勢いで最後に金髪ピアスが名乗りをあげた。
全員が今日初めて言葉を交わす間柄、一連の流れも他人であることを再確認しただけだった。
これからどうすんねん!と、沈黙の重さがじわじわと押し寄せる。
佐藤はわずかに息を呑み、空気の淀みを嗅ぎ取った。
——こんな空気耐えられねぇ…と
佐藤は手を叩き、パンッ!と乾いた音が多目的トイレの壁に弾け、狭い空間に跳ね返る。
「…よろしくな!えっと鈴木、高橋、田中!えっと…それより飯でも食おうぜ!5限まで後20分しか無ぇしさ!」
各々が巾着袋から弁当を取り出す。
「そ、そうですよね。僕も頂いちゃいますね。」
「私はここで食べましょう。」
「・・・・」
多目的トイレは実に多目的であると言える。洗面台、荷物置き、もちろん座れる便座、赤子のおむつを交換できるあれ。
少々不便ではあるが、立ち食いよりはマシなスポットがいくらでもある。
それぞれの場所でお互いが一定の距離を保ちつつ、絶妙な居心地の悪さから逃れるかのように、せかせかと弁当を食べ始めた。
トイレにひしめくこの4人。ラブコメがあるところにまたモブもいる。物語には主人公、ヒロイン、それだけじゃやない筈だ。少し陽の目を浴びない、いわゆる背景で必死に生きる者達だって当然いる。これはそんな彼らのファーストコンタクトだった。(本当に会っただけ)
読んで頂きありがとう御座います。