第06話
――夜会から戻ってきた翌朝。
リディアは、侯爵邸の客間で目を覚ます。
柔らかいシーツ。窓から差し込む朝日にまるで夢を見ているような、非現実の静けさ。
昨日の事がまるで夢だったかのような気持ちになりつつ、リディアは静かに息を吐きながら体を軽く伸ばす。
近くに置いてあった眼鏡をかけた後、ベッドから起き上がった。
(昨日のこと……本当に、現実だったのね……まだ夢を見ているみたい、な気持ちになるんだけど)
リディアは真紅のドレスを着て、そのまま夜会に参加。
公衆の面前での手の甲の口づけ。
「君は私の妻にふさわしい」
――そのように告げてきた、セレノのまなざし。
どれもが眩しくて、まるで別の誰かの物語のようだった。
ノックの音に小さく返事をすると、朝食を運ぶ侍女のあとに、予想外の人物が入ってきた。
「……セレノ様?」
「『様』は不要だ。ここにいる間は私の『婚約者』なのだから」
淡々とした口調で言いながら、彼は自らティーカップを手に取り、リディアの前へ差し出してくる。
まさかあの『氷の侯爵』自らが紅茶を入れてくるとは思っていなかったので、目を見開き驚いてしまった。
「え、ちょ……さすがに朝から侯爵に紅茶を入れてもらう令嬢なんて、聞いたことありませんが……って言うか、侯爵が入れるのですか!?」
「聞かせればいい」
「はい?」
「……『閣下が婚約者に溺愛している』という噂を、広めるのも悪くない」
「え、じゃあ噂広めちゃいます、閣下?」
「いいな、やってくれフェル」
「ぶっ……!」
従者のフェルとの会話をし始めるセレノの対し、口の中に入れていた紅茶をリディアは、思わず咳き込んだ。
いや、流石にそれはまずいと理解したリディアは青ざめた顔をしながら訴える。
「せ、セレノ様!そ、それは困りますっ……!」
「どうして? 君に手を出そうとする者が減るだろう?あと『様』はなしだ」
「それは……そうかもしれませんけど……!」
「それに、私は今、婚約者を溺愛する理由がある。昨日の君は、とても美しかった……他の男の目に触れさせたのを、正直後悔しているくらいだ」
「~っ!!」
無表情なのだが、その言葉はまるで楽しみを持っているかのように言ってくる為、リディアの耳が、真っ赤に染まる。
翻弄されているような気がしてならないと感じながら、思わずセレノを睨みつけてしまった。
(……この男は、ぜぇったいに『氷の侯爵』なんていうタマじゃない。
――氷なんてとっくに融けている。
今、目の前にいるのは、甘くて意地悪なただの男だ。
拳を握りしめるようにしながら、リディアは心の中でそのように感じつつ、話しかける。
「……あの。『契約』の婚約、結婚のだったはず、ですよね?」
「ああ、そうだ。君が望むなら、このまま『形式』のままでも構わない。だが──私は、それを破棄するつもりでいる」
「……え?」
「――君を手に入れるための『契約』なら、意味がない」
その言葉を聞くと同時に、リディアは息を呑んだ。
「いずれ正式に求婚する。それまでに、君が私を選んでくれるなら、なお良い……だがそれは、君自身の意志で」
「わ、私の意志……ッ」
セレノは決して縛らないが――真っ直ぐにそのように言い切る姿に驚いた
その誠実さが、眩しくて。
「……こんなふうに優しくされてしまったら、私を選んでほしいって思ってしまうではないですか、セレノ様」
「だから、『様』はなしだ、リディア」
「……ッ」
ぽつりと呟いた言葉に、セレノは少しだけ、静かに微笑を見せた。
「……ずるいのは、お互い様だな」
朝の光の中、ティーカップの向こうで、リディアの心は、ゆっくりと温かく溶けていくのだった。
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