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第05話


 その夜、王都で開催される貴族の夜会。

 広間にはすでに百を超える貴族が集い、煌びやかな衣装と社交の言葉が交差していた。

 その中にひときわ鋭い視線が飛ぶ。


「ねぇ……本当に、『あの』エインズワース令嬢が、ヴィスケ侯爵の婚約者になったの?」

「嘘よね? だって以前は『地味令嬢』って有名だったじゃない」

「なのに、よりによってあの『氷の侯爵』と呼ばれる方と……?」


 噂と好奇心が混じった視線が、会場の入り口に向けられている。


 そして――重厚な扉が音を立てて開かれた。


 現れたのは、黒の礼装に身を包んだ侯爵・セレノ・ヴィスケ。

 そしてその隣に――深紅のドレスをまとった、たったひとりの令嬢の姿があった――彼女こそ、リディア・エインズワース。

 背筋を伸ばし、視線を逸らさず、凛とした足取りで会場に入ってくる。

 その姿を見た人々が彼女の姿を見て、驚き、瞬間に空気が変わったのである。


「……あれが、エインズワース令嬢……?」

「え、すご……あんなに綺麗だったっけ?」

「まるで、別人……いや、でも確かに、顔は――」


 周りが騒ぎだしている中で、同じくこの夜会に参加していた男、リディアの元婚約者のレオン・クラウゼルも、その姿に目を奪われたひとりだった。


(違う……何かが、根本的に違う……!)


 地味だったはずの彼女が、今は堂々とセレノの隣に立っている――『相応しい者』だけが許される位置で。

 そして、リディアが静かに振り返った。

 視線を向けた先に居たリディアはレオンを見つけ、挨拶をしてきた。


「ごきげんよう、レオン様。お久しぶりですね」


 その口元には、微笑が浮かんでおり――穏やかで、穏やかで……圧倒的に、上だった。


「り、リディア……あの、その、お、驚いた……君があの侯爵様の婚約者、なんて、……その、急なことで、驚いて……」


 言い淀むレオンを、セレノの声が遮る。

 静かにリディアの前に立ったセレノの視線は明らかに睨みつけている様子だったのである。


「――侮辱するなら、その場で言え……否定を、私が粉砕する」


 静かで、しかし有無を言わせぬ威圧。


「ま、待ってください、閣下。私は、ただ……ただ少し驚いただけで――!」

「『地味で、並んで歩くには恥ずかしい』と、君は言ったそうだな?」

「っ……!」

「私から見れば、その美しさを見抜けない君の目のほうが、よほど恥ずかしい」


 セレノの言葉を聞いた瞬間、会場が騒めく。

 そしてそのままセレノはそのまま、リディアの手を取る。


「今ここで、はっきりさせよう……彼女は私の婚約者であり、未来の妻だ。誰よりも誇らしい、ただひとりの存在だと」


 そう言って、彼はリディアの手の甲に口づけた。


(え、ちょ……)


 赤いドレスの裾が揺れる。

 顔には出す事なかったが、思わず動揺してしまうぐらい、突然手の甲に口づけされるとは持っていなかったので、驚いてしまった。

 リディアはセレノを見る。

 その瞳は、明らかに自分自身しか映していないように見えて――彼女の頬はほんのり染まり、でも視線はまっすぐだった。


(い、いけないいけない、集中集中)

「こ……光栄ですわ、セレノ様」


 その言葉を聞いて、セレノは静かに頷き、そして彼女の手を優しく、強く握りしめる。

 周りに視線を向けると、目をそらす人物たちの姿もあった。

 リディアは確かに、地味な格好をしている令嬢であり、過去に周りから笑われる事もあった。

 レオンにふさわしくないとも言われた事もあった。

 しかし――過去を笑った者たちは、その姿に、ただ黙るしかないのである。


「――君は今夜、いや、これからも、私の『婚約者』として、堂々と立っていればいい」


 そう言われた言葉は冷たいはずなのに、どこか温かかった。

 赤いドレスを着たリディアは、セレノの隣を歩き、どの貴族も、二人を一目見て目を見張る。


「……皆、見ていますね」

「当然だ。私は『氷の侯爵』だからな。誰も近づかん」

「……そんなふうに言われて、嬉しいんですか?」

「まぁ……嬉しくはないな……だが、今は違う。君が隣にいるからな」


 リディアは思わず足を止めそうになった。

 でも、セレノは彼女の手を取ったまま、緩やかに歩を進める。

 その姿は――まるで、主役の二人。


「それに、君を侮辱した連中を黙らせるには、これが一番手っ取り早い」

「……私のために、あんなふうに?」

「当然だ。契約とはいえ、私の『婚約者』であり私の将来の『妻』だ。傷つける言葉はすべて、私が断つ」


 その言い方はまるで、リディアがただの契約以上の存在であるかのようで――一瞬驚いた顔をした後、リディアは小さく笑う。


「……少し、ずるいですね」

「何がだ?」


「そういう言葉を、さらりと口にされると……期待してしまいます」


 リディアはそう言って、視線をそっと落とす。

 その言葉を聞いたセレノは一瞬驚いた顔をした後、珍しく短く息を吐く。


「期待して構わない……私は、口先で誓ったりしない。契約でも、嘘でもない。私は本当に、君を隣に置きたいと思っている……『妻』として」


 まさかそのような返事が返ってくるとは思わなかったので、リディアの目が、ゆっくりと見開かれた。

 同時に耳が、頬が、熱くなる。

 心のどこかで、まだこれは仮の関係だと線を引こうとしていた。

 でも、この人はいつも、あっさりとその線を越えてくる。


「……セレノ様」

「ん?」

「その……えっと、ですね……赤いドレス、私に似合っていましたか?」


 唐突な質問に、彼は一拍だけ間を置き、目を細める。


「君のための色だと、思って選んだんだ。似合うかどうかなど、初めから疑っていなかった」


 ――この人は、本当にずるい。


 まっすぐな言葉を聞いたリディアは、心の中でだけそう呟いた。

 でも、誰にも見えないところで、ふっと、微笑んでいた。



     ▽



 夜会の影で、貴族たちはざわついていた。


「あれ、本当に仮の婚約なの?」

「セレノ閣下があそこまで……見た?あの視線!」

「うちの娘も狙ってたのに……何がどうなってるのよ!」


 そしてある者は、静かにグラスを握りつぶしていた。

 レオン・クラウゼル。

 取り戻せないと理解しながら、後悔の業火の中で、ただ黙ってリディアの背中を見つめていた。

 そこにもう、彼の知っている『リディア』はいないのだから。


読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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