閑話 氷の侯爵視点
「……赤、ですか?」
侍従であるフェルが、わずかに目を見開いた。
すぐさま、セレノに対して声をかける。
「閣下、リディア嬢には少し派手すぎるかと。控えめな色のほうが――」
「控えめでは、意味がない」
あっさりと簡単にセレノは、迷いのない声で答えた。
「彼女は『地味だから』と言う理由で捨てられた……それを塗り替えるためには、何より強い色が必要だ」
深紅のドレスは、ヴィスケ侯爵家の正装に合わせるには本来不釣り合いなのだが――それでも構わない。
彼女は『影』ではなく――己の意志で歩き、手を伸ばした『光』なのだ。
――それを、世界に示す。
「あのぉ……閣下は、なぜリディア様の事を?」
首を傾げるようにしながら答えるフェルの問いに、セレノは一瞬、沈黙する。
そして、笑わない彼の姿だったが、その瞳は何処か笑ってるように見えたのは気のせいだろうか?
同時に、聞いてはいけない事だっただろうかと思いながら、フィルはそれ以上聞く事はなかった。
(……あれからもう何年たつか)
記憶の中にあるのは、数年前の小さな偶然。
庭園の端で花を拾い、見知らぬ子どもにそっと差し出していた、ひとりの少女がいた。
笑顔は控えめで、声も小さかった。
でも、誰よりも丁寧で、誰よりも優しかった。
そして、笑顔がとても綺麗だった。
誰にも気づかれず、誰にも褒められないまま、それでも誰かのために手を伸ばしていた――そんな姿を、セレノは忘れていなかった。
「彼女は、放っておけば誰にも見つけられない。だが、一度目を奪われれば、二度と忘れられない」
フェルが目を見開く。
「それは……閣下、まさか――」
「私は、彼女を『契約』として迎えた。だが……私はそれだけで終わらせるつもりはない」
静かに、けれどはっきりと告げる。
「明日の夜会で、彼女は私の妻となるべき『女性』として、全員の前に姿を見せるのは彼女だ――そのために、この色が必要なんだ」
セレノの瞳が、赤のドレスを見つめる。
その視線には、もはや冷たさなど微塵もなかった。
「……愛されてますねぇ、リディア様は」
「……そのように、思うか?」
「ええ、全く気付いてないみたいですけど」
ククっと笑いながら答えるフェルに対し、セレノは何も言えなかった。
全く持って、その通りなのだから仕方がない。
(……あの時の出来事を、彼女は覚えていないだろう、きっと)
一度だけ出会った、セレノにとっては運命の出会いだった。
まさかあのような看板を掲げて再会した時は本当に驚いてしまったと同時、これはチャンスだと思ったからである。
同時に、リディアの元婚約者の事を考えると、腹が立つ。
「……とりあえず、いっぺん殺しておきたいなぁ」
「閣下、本性が露わになっておりますよー」
笑う事のないセレノだったが、その時の顔は明らかに悪人の顔だったと、のちに従者のフェルが周りに告げるのだった。
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