第04話
(……って言うか、展開早すぎない?)
そんな事を考えながら、リディアはただいまセレノ・ヴィスケ侯爵邸に訪れていた。
理由は――明日の夜会に出る為である。
訪れた侯爵邸は、想像していたよりもずっと静かだった。
豪奢なのに、無駄がなくて、冷たいようで落ち着く空間。
案内された部屋でリディアは、ゆっくりと深呼吸をした。
「……改めて、実感するわね。私、本当に『婚約者』になったんだわ」
その仮初めの名を掲げて、明日には夜会に出る事になり――しかも隣に立つのは、『氷の侯爵』と呼ばれているイケメン顔の男の隣を歩くのだ。
まだ、『婚約者』になりましたーと言う実感すら持てていないのに、まさかの展開に追いつかない。
そもそも、セレノの婚約者になったのは、利害が一致したからであり、同時に自分の元婚約者を見返す事がちょっと出来るので、と頭の中で思っていたこともあったからである。
しかし、いきなり夜会だなんて聞いていない――汗が流れ落ちているなんて、誰が想像しているだろうか?
自分は、何を着ればよいだろうか?
そもそも、ちゃんと似合う格好になるのだろうか――色々と走馬灯のように考えてしまうリディアは再度、ため息を吐いた。
「……見た目なんて、どうでもいいって言ってたくせに……いざとなると気にしてるなんて、皮肉すぎるわ、私」
自分で自嘲するように呟いたその時、部屋の扉からノックの音が聞こえたので、顔を上げる。
そこに入ってきたのは、この屋敷のメイドたちだった。
突然現れたメイドたちと、そして当然のように並べられる存在たちに、リディアは圧倒する事しか出来ない。
メイドの女性一人が、リディアに声をかける。
「お嬢様。こちら、閣下より『衣装一式』と『専属仕立て』の手配を承っております。ドレス選び、お付き合いくださいませ」
「……え?」
思わず聞き返したリディアに、別のメイドの女性が微笑む。
「『君が他の誰にも見劣りしないことを、証明してやる』……と、閣下がおっしゃっておりました」
(……侯爵様が)
呆然としていたリディだったが、その一言に、胸がふわりと熱くなる。
そして差し出されたドレスは、今までの自分が選んだことのない色――深紅。
正直、赤は似合わないだろうと思っていた色だ。
驚いた顔をしながら、そのドレスに目を向けて、問いかける。
「あの、えっと……私に、赤、ですか?」
「はい!『君はいつだって主役になれる』と!閣下は、そのようにお考えのようです……素敵ですね!」
震える手でドレスに触れながら、リディアは思う。
メイドの人たちは笑顔でガッツポーズをするのだが、内心彼女の心は曖昧だった。
(これは、誰かのために着るものじゃない……私が私を、選び直すためのドレス)
リディアは鏡に映る自分を、初めてまっすぐに見た。
確かに、派手な顔立ちではないし、華やかでも、目を引くわけでもない。
でも、眼差しは揺れていないと思う。
もう、自分を否定することはしない。
「わかりました……明日、胸を張って隣に立ちます。どんな噂を向けられても……私は『地味な令嬢』と呼ばれる、リディアではありませんから」
少しだけ笑って、鏡の中の自分に言った。
それは、リディア・エインズワースという名の令嬢が、自分の人生を堂々と歩き始めた瞬間である。
そんな彼女の言葉に、メイド達が嬉しそうに笑いながらリディアを見ている事に、気づかない彼女だった。
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