第01話
それは、彼女がプレートを掲げる前日の話にさかのぼる。
「――婚約破棄ですって?」
応接間に、母の静かな声が響き渡る。
リディア・エインズワースは淡々と頷き、その手に持った封筒を両親の前へ差し出す。
「はい。こちらが正式な書面です……クラウゼル子爵家より、『婚約を白紙にしたい』との通達がありました」
重苦しい空気が、部屋を包む。
リディアの父や・アドルフは眉間に深く皺を寄せ、書面を睨みつけるように読み、母親である・マルグリットは顔を真っ赤にし、涙をこらえるように口元を押さえた。
「理由は……何ですって?」
「『地味で、社交界に立たせるには見劣りする』とのことでした」
一瞬にして沈黙した後、それを破ったのは母親だった。
次の瞬間、母親が立ち上がり、机を思いっきり叩く。
「は、はぁぁ!?何なの、その男!?あのレオンが何様のつもりなのよ!」
「……落ち着け、マルグリット」
父が制止するも、母の怒りは収まる事はない。
怒りを露わにしながら、叫ぶように話を続ける。
「うちの子を、何だと思ってるの!地味ですって!?じゃああんたの目は節穴だったのかって言ってやりたいわ!いや、そもそもその地味な格好を要求してきたのはあのレオンじゃない!それを――」
「おやめください、お母様」
リディアは、かすかに微笑んだ。
「怒ってくださるのは嬉しいです……でも、これでよかったんです。あの方とは、いずれ上手くいかなくなっていたと思いますから……それに、どうやら別に好きな女性がいるみたいだったので、それはわかっていたことでした」
微笑みながらそのように返す姿を見せるリディアに対し、両親は何も言えなかった。
そしてそのまま、これからの事を聞いてみる。
「でも……これから、どうするの?」
その問いに、リディアはすっと立ち上がった。
「……結婚相手を、自分で探します」
「…………」
家族全員が、ぽかんとした顔で彼女を見つめた。
「じ、自分で……って、えっと……どういう意味……なの?」
妹のセシリアが思わず口を挟む。
まさかそのような言葉を聞くとは思わなかったので、思わず口を挟んでしまったのだ。
セシリアは話を続ける。
「つまり、婚活でもするってことだよね、姉さま?まさか街に出て『誰か結婚して』って叫ぶとかじゃないよね?」
「まさか!叫びませんよ……でも、プレートを掲げるつもりです」
「え?プレート?」
「『結婚相手、真剣に募集中』──と。文字で伝えたほうが、静かにできますから」
「それ叫んでるのと変わらないじゃん!!」
「あ、『浮気をする人はご遠慮願います』を付け足しとかないと」
「いや、意味ないから!」
セシリアが椅子から転げそうになりながら叫び、母が頭を抱え、父は無言でこめかみを押さえた。
「……リディア、それは世間体というものをですね……」
「世間に恥をさらしてでも、私は前を向きます。誰かに決められるのではなく、自分で選びたいんです。私を『地味』だのなんだのと切り捨てた人の言葉に、価値を与えたくありません」
彼女のその目は、真っ直ぐだった。
誰にも縛られず、自分の道を進もうとする確かな光が宿っていた。
父も、母も、そして妹も──誰ひとりとして、それを止める言葉を持たなかった。
しかし、彼らはまだ考えていた。
まさかそのような行動を、あのリディアがするとは――
▽
次の日の夕方。
「それではセシリア、行ってきますね」
リディアは、簡素な外套を羽織り、胸元に手作りのプレートを抱えて玄関へ向かった。
「えええ!姉さま、本気で行くの!?今から!?えっ、嘘でしょ、本当に!?」
「本気です」
「ま、待ってぇえええええ!!」
叫びながら追いかける妹の声と、呆然と立ち尽くす両親の視線を背に、リディアは扉を開けて外へ出た。
その足取りは、まっすぐで、確かだった。
彼女の目はキラキラと、とても輝いていた。
「――探します。私の幸せを、ちゃんと見てくれる人を」
誰に与えられるのでも、奪われるのでもない。
自分の手で選び、見つけると、決めたのだから。
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