最終話
白いドレスは、誰よりも清らかだった。
リディア・エインズワースは、ヴィスケ侯爵家の庭園を進む。
今まで一度も『主役』など務めたことのない彼女が、今日この日だけは、王都中の注目を一身に集めている。
――けれど不思議と、怖くはなかった。
「……来たな」
セレノ・ヴィスケは、式場の奥で待っていた。
黒の礼装に身を包み、銀の瞳でまっすぐ彼女だけを見ている。
誰もいない。
たとえ百人に見られていようとも、彼女の世界には――もう、この人しかいない。
リディアは静かに歩み寄り、彼の前で足を止めた。
「遅れて申し訳ございません、セレノ様」
「遅れてなどいない……私が早く来てしまったのだからしょうがない」
小さく、誰にも聞こえないように笑い合う。
その姿を、会場に集まった貴族たちは誰も仮の婚約者とは思わなかった。
契約ではなく――策でも、縁談でもない。
ただ、利害が一致した二人が、寄り添うように立っているのみ。
神官の問いに、二人は誓いの言葉を交わした。
リディアは、小さく目を閉じながら指輪を受け取り――そして、言う。
「私はあなたのものではありません。けれど、私は……自分の意志で、あなたの隣を選びます。これからの日々を共にするのに、理由はもういりません」
その瞬間、セレノの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
「なら、私の役目は一つだな……私の隣を、君の『居場所』にすることだ」
彼女の手を、指を、ゆっくりと握りしめる。
その温もりが、未来の証だった。
「――好きだ、リディア」
不意打ちの発言に驚いたリディアの顔が顔面真っ赤に染まったのは、言うまでもない。
▽
式の後、屋敷に戻ったリディアは、ドレスを脱ぎ、静かな部屋に佇んでいた。
扉がノックもなく開き、セレノが入ってくる。
「――失礼」
「もう夫婦なんですから、『失礼』はいりませんよ?」
そう返すと、セレノは黙ってリディアの背後に立ち、そっとその肩に外套をかけた。
「今日は疲れただろう。少しだけ、眠れ」
「……でも、あなたがいると、安心して眠れなくなってしまいます」
「では、逆に目を覚まさせようか?」
「……セレノ様、ちょっとだけ黙っててください」
「……そろそろ、『セレノ』でいいんじゃないか?」
「気が向いたら、です」
彼女が笑う。
彼もまた、小さく、頷いた。
静かな夜――扉の外は騒がしいけれど、この部屋だけはふたりきり。
もう、地味だった少女はいない。
冷たい男は、もうただの『氷』ではない。
手と手を取り、目と目を合わせ、今日から――『夫婦』になった。
後に、セレノ・ヴィスケ侯爵とその妻リディアは、『最も静かで穏やかな夫婦』として知られるようになった。
確かに、そのように言われるようになったのは、別に構わない。
しかし、そんな結婚生活は。
「どこにも行かせたくない」
「浮気など論外」
「隣は譲らない」
という、独占欲が溢れすぎる甘々夫婦(主にセレノ中心)であることが、妹セシリアによって全方面に拡散されたのだった。
「姉さま、幸せそうでなによりだわ~」
そのように、楽しそうに笑っている、妹のセシリアの姿が、ある日の屋敷で見られていたと言う。
これで、このお話は終わりになります。
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