第11話
ある日の午後、セレノが外出している間の屋敷に、妹のセシリアが遊びに来た。
「姉さま〜!来たよー!今日もお茶ある!?ケーキもある!?」
「……こんにちは、セシリア。ええ、準備してあります」
執事に案内されたセシリアは、すっかり侯爵家の婚約者の妹として、毎日ではないのだが姉の姿を見に来るために数日に一回、遊びに来ている。
深紅のソファに座り、優雅な姿勢(本人比)でケーキをフォークで刺しながら、ふと口にした。
「そういえば姉さま……元婚約者のレオン様のこと、気になってたりする?」
セシリアがその名を口にした事に一瞬目を見開いたが、気づかれないようにリディアは紅茶を口に運んだまま、微動だにしないようにしていた。
「……いいえ。気にならないわ」
「ですよねぇ~でも、話したらちょっとスッキリするかも。聞いていく?」
リディアは、フォークを持ち直して答えた。
「聞いて後悔しない内容なら、言って、セシリア」
「姉さまがそういうなら……」
少しだけ悲しそうな顔をした後、まるで何事もなかったかのように、セシリアはにっこりと笑った。
「じゃ、遠慮なく」
▽
――元婚約者・レオン・クラウゼルは、今や『破談量産男』として名を広めていた。
新たに婚約した令嬢、エリーネ嬢が家の資産に手を出し、華やかな顔と名声だけを武器に贅沢を重ねた結果、クラウゼル家は多額の借財を背負い、資産売却に追い込まれた。
エリーネ嬢は他家の若き男爵に乗り換え、レオンは捨てられる。
唯一の後ろ盾だった父も倒れ、社交界からは近づくと不幸が移ると距離を取られる始末。
「で、今はどこにいるかっていうと──郊外のちょっと『古い別邸』に幽閉されてるらしいよ。社交界どころか、噂すら立たないくらいのつまんない男になったんだってさ」
「……そう」
リディアはただ、それだけ呟いてケーキを口にした。
「怒らないんだね?」
「怒る価値もない人に、もう心を割くつもりはないもの」
「でもスッキリはするでしょ?」
「そうね……考えるなら、昔の自分が少しだけ報われた気がするわ」
「あらら、相変わらず姉さま、かっこいいねぇ」
セシリアはケーキを頬張りながら、心の中でガッツポーズした。
『地味』だと捨てられた姉が、今は王都で一番の男の隣に座り、捨てた男は誰にも見向きされず、誰にも知られず、ゆっくりと社会的に終わっていく。
これ以上の『断罪』など、ない。
「姉さま、勝ち確定だよ……もう、完全に、勝ったね!」
リディアは静かに笑った。
「ええ。……でも、勝ちたいから戦ったわけじゃないの。自分の人生を、自分で選びたかっただけよ」
「……それが、いちばん強い言葉だね」
紅茶の香りと、春の陽射し。
過去は遠く、もう追いつけない場所にあった。
姉のリディアは『誰かの隣』ではなく、『自分で立つ場所』を選んだ。
そしてそこに、彼女の手を取る人がいた。
セシリアは、ふわっと笑って紅茶を飲んだ。
「ねぇ姉さま。次は結婚式の相談とかもしようよ。ドレスは白?金刺繍?ベール長め?それとも……!」
「……セシリア、あなたがいちばん楽しんでるわね」
「当然!うちの姉が、王都最高の男を落としたんだもん!祝うしかないでしょ!」
セシリアはそのように言いながら笑顔で笑っている姿を、リディアは静かに笑いながら、ゆっくりと紅茶を飲み、そして二人で今日も他愛のない話を続けたのだった。
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