第10話
その日は静かな夜だった。
(え……私、何かした?)
食後、リディアはセレノの執務室に呼ばれた。
照明はいつもよりやわらかく、深紅のカーテンが月明かりを遮っている。
突然呼ばれた事で、リディアの心は内心自分は彼に何かしたのではないだろうかと言う気持ちが襲い掛かってきており、青ざめた顔をしながら歩いていた。
そして、セレノの執務室に到着すると、一度は開けるのを戸惑ってしまったが、とりあえずゆっくりと、扉を開けてみる。
扉を開けると、セレノが一人、窓辺に立っていた。
「呼び出してしまってすまない。だが、今夜しか話せないと思った」
「あの、えっと……何の話でしょう?」
リディアの問いに、セレノはゆっくりと振り返る。
「契約の話だ」
その言葉に、一瞬だけリディアの心が揺れる。
(……やっぱり、そろそろ仮契約の終わりがきたって感じなのかな……?)
だがセレノは、手に持っていた小さな箱を彼女の前に差し出した。
その内容を見て、リディアは目を見開いた。
「契約を破棄する──その代わり、私は君に本物の『婚約」を申し込む」
その言葉を聞くとは思わなかったリディアは呆然としながら、セレノに向けて言葉を投げかける。
「え、ほ、……本物の……?」
「形式でも打算でもない。私は、『君が欲しい』と願っている。君にとって私がふさわしいかは、君が決めればいい……だが、私はもう、他の選択肢を考えられない」
箱の中には、小さなリング。
セレノらしい、過度な装飾のない、けれど見事な細工が施された銀の指輪。
「……本気で、私を『妻』にする気ですか?」
「初めて君を見たときから、ずっと心に残っていた……なのに気づいてしまった。『契約』という形を借りてでも、手放したくなかったと。それは恋かもしれないし、執着かもしれない──だが、それでもいい。私は、君が欲しい」
『氷の侯爵』と呼ばれている男が、まるで一人の男として言葉を紡いでいた。
リディアの心が、静かに震えていた。
(――こんなふうに、真っ直ぐに求められたことが……あっただろうか)
自分を「選びたい」と言ってくれる人――そんな人が居るとは思わなかった。
目の前の男、セレノですら、きっとこの手を放して違う人を求めてくるのではないだろうかと思っていた。
だって、これは元々『契約』で生まれた関係。
しかし、リディアはいつの間にか、目の前の男に惹かれていたのかもしれない――だってこの人は過去ではなく、姿形でもなく、今ここにいる『自分自身』を見てくれた人なのだから。
リディアは、小さく、息を吐いた。
「セレノ様……」
「ん?」
「好きです、セレノ様」
突然そのような発言をしたリディアに気づかず、セレノは目を見開いて一瞬、無表情だった顔が崩れ落ちるかのような、そのような表情を見せていた。
呆然としているセレノはすぐさま冷静さを取り戻し、大きく息を吸っている。
その冷たい銀の瞳が、初めて、揺れるのを見た気がした。
言葉にすると、体がほんのり熱くなり――でも、その熱は怖くない。
「私はあなたに誓います……あなたと並ぶことを、誇りに思います。そして、あなたが望むなら、あなたの妻になります……その、こんな私で大丈夫でしょうか?」
その瞬間。
彼の腕が、そっと彼女の腰に触れた。
「……礼を言う」
「礼なんて、いりません」
「では……これを『許可』と受け取っていいか?」
「……え?」
言葉の意味を理解する前に、彼の顔が近づいていた。
頬に、唇が、触れる――短く、けれど深く、静かな口づけ。
そして耳元で囁かれた。
「今夜から君は、私の隣に立つ大切な人だ」
その声音に、リディアは何も言えず、ただ目を閉じた。
契約ではなく、選び──心で、愛で、約束した。
その日、ふたりの関係は、今、確かに変わった。
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