5年生編(5)
起きた時は晴天が広がっていた空が、いつの間にか雲に覆われていた。いつ雨が降ってもおかしくない天気であった。いつもより気温が低く、冷たい風が吹いている。
下を俯きながら、ゆっくりと通学路を進んでいく和樹。目に映るのは、無機質なコンクリートだけであった。周りを見渡してみても、色が抜けて白黒に見えてしまう。まるで、世界から色がなくなってしまったように。周りの音で他の生徒が会話をしているが、全く耳に入ってこない。世界から自分だけが取り残されている気分になる。
白黒の通学路を歩いていると、遠くに色が見えた。それはどんどん近づいてくる。
「おーい!おはよー!」
大きく手を振りながら、元気な声で呼びかけてくる。それは正樹だった。なぜだか、正樹だけが色がついて見える。太陽のように明るい正樹は、オレンジ色に見えた。
「あ……おはよう。」
和樹は俯いたまま答える。正樹は和樹の顔を覗き込みながら、話しかける。
「和樹大丈夫?だんだか今日は元気がなさそうだね?なんかあった?」
「いいや、何もないよ……。」
「そっか、わかった!」
正樹はそれから何も聞かずに、和樹の隣を歩く。時々、鼻歌を歌ったり、側溝に生えている花や雑草を眺めながらついてくる。何も言わずに寄り添ってくれる正樹の存在に、和樹の胸が熱くなる。正樹の温かさに涙を流しそうになるが、ぐっと堪える。ありがとう、そう伝えたかったが今は伝えられなかった。
それから10分くらい歩くと、校門が近付いてきた。校門には担任の佐々木智子が立っており、生徒に挨拶をしていた。
「先生、おはよう!」
手を振りながら、正樹が無邪気に挨拶をする。
「正樹さん、おはようございますでしょ!」
元気に挨拶をする一方で、黙ったままの和樹。元気のない和樹を心配し、佐々木が目線を合わせ、話しかける。
「和樹さん、おはようございます。なんだか今日は元気がないわね、具合でも悪い?」
「おはようございます……。大丈夫です……」
「そう、体調が悪くなったりしたら、いつでも言ってくださいね。」
和樹は黙ったまま頷き、ゆっくりと歩き始める。
「和樹、早く行こうよ!授業に遅れちゃうよー。」
正面から、正樹が手招きしながら声をかける。正樹の呼びかけに反応し、少し小走りでついていく。
教室に着くと、静かにランドセルを置き、席につく。何も考えないまま、ひたすら机を見つめる。ただただ時間が過ぎていく。
チャイムが鳴り、算数の授業が始まる。先生が数式を黒板に書き、ノートに書き写すよう生徒に促す。しかし、和樹の手は動かない。板書する気がなかった訳ではないが、手が動かせなかった。先生が問題の解説をしているが、先生の言葉が頭を通り抜けていく。
「じゃあ、この問題、和樹くん解いてくれるかな?」
先生が和樹に板書を指示するが、和樹は反応しない。
「おい、和樹、当てられてるぞ。」
正樹が後ろから、静かに話しかける。
正樹の一言で我に帰る和樹。自分があてられていることに、初めて気がつく。黒板に数式が書かれているが、解き方が分からない。どうしていいのか分からない。今にも泣きそうな顔をしながら、再び俯く。
「先生!僕分かるよ!」
元気のない和樹を庇うように、すかさず正樹が手を挙げる。
「そんなに答えたいなら、正樹さんどうぞ。」
笑顔で黒板に向かう正樹。先ほどまでの解説をしっかり聞いていたのか、スラスラと板書していく。
板書が終わり、自分の席に向かい始める。正樹は軽く和樹の肩に手を置くと、自分の席に戻った。正樹の触れた手がとても暖かく感じた。一瞬の出来事であったが、正樹の優しさ、心遣いがひしひしと伝わってきた。落ち込んでいる時に、人に温かくされるとこんなにも心が温まるのか、と心に刻み込まれた。そして、自分も人が落ち込んでいる時は、人に思いやりを注げられるようになりたいと、心から願うのでした。
雲で覆われていた空が、徐々に青空を取り戻していた。気温も徐々に暖かくなり、ぽかぽかした陽気が教室に流れ込む。
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