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家族

 バイト先の店に戻ると、近藤が出迎えてくれた。

「おかえり、どうだった?」

「無事に渡せました」

 善人の返事に、近藤は安堵の笑みを浮かべた。

「ああ、よかった。ありがとう二人とも」

 お疲れ様。そう言って休憩に入らせてくれた後、更にはリンゴを切って用意してくれていた。

「りんごはタヌキも食べていいらしいから、リアティオス君もどうぞ」

「わあ、ありがとうございます!リアティオスも、ほら」

 初めて見るリンゴを近藤と善人に勧められ恐る恐る口に入れたリアティオスだったが、

「う、美味い!?」

 初めて食べたリンゴの美味さに感激し、結局その後善人のバイトが終わるまで呆けてしまって聖剣探しは捗らなかった。

「リアティオス君、またいつでも来てね。リンゴも用意しておくよ」

「また来ます!絶対来ます!」

「こらこら……」

 リンゴに心を奪われたリアティオスが近藤の言葉にはしゃいで足下をぐるぐると回る。我慢しきれずに近藤が手を伸ばすと、リアティオスは大人しく撫でられた。

「メロンも用意しておくか……」

「何言ってるんですか」

 思わず善人も呆れた声で突っ込んだ。

 また来てねー。

 近藤に見送られ、二人は店を後にした。

 善人の家に帰宅途中、リアティオスは改めて今日の礼を言った。

「今日は本当にありがとうございました。あの貴重なところに連れて行ってくださって……」

「いやいや、少しは何か役に立ってたらいいんだけど、お店はどうだった?何か手がかりみたいなのはあった?」

「あ、それなんですが……」

「――善人!」

 鋭い声で呼び止められ、二人は足を止めた。見回すと自分たちの住むマンションが見える。いつの間にか近くまで帰ってきていたようだ。

 リアティオスが目線を向けると、そこには中年の女性と少女がいた。面識のないリアティオスに対し、善人は目を丸くしている。

「え、母さん?花凛も。どうしたの?」

 善人の母は、息子の呑気な言葉に眉を釣り上げた。

「どうしたのじゃないでしょ!何回電話してもずっと電源切れてるし!」

「あ、あ〜ごめん。実は壊れちゃってて……。そのまま修理出すの忘れてた」

 実は修理に出しには行ったのだが、完全に水没していて直せないと言われたのだ。買い替えを勧められたが、前のスマホは大学入学を機に購入したものだったのでまだ本体の分割払いが終了していなかった。その状態で更に買い換える勇気が出ず、連絡するのもバイト先がメインで特に困らなかったので結局そのまま放置してしまっていた。

「何やってんのよ!心配したでしょ!早く修理出しなさい!」

「ごめんなさい……」

 母親に怒られ、善人は反論せずに素直に謝った。リアティオスはその様子を見てもどうすることもできず、大人しく彼の背後で気配を殺していた。

 母親は謝って俯く息子を少しの間睨みつけた後、フーッとため息をついた。

「まあいいわ。無事で本当によかった。何かあったのかと心配したじゃない。花凛もすごく心配してたんだから」

 そう言うと背後にいた少女を振り返った。今まで黙っていた少女――花凛は善人を睨みつけた。

「花凛もごめんな?」

「別に心配してない」

 それだけ言うと、不貞腐れたように顔を俯けた。


 そしてリアティオスと目が合った。


 そこで初めてリアティオスの存在に気づいた花凛は、一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、徐々に顔を引き攣らせた。

 彼女の悲鳴に母親と善人が驚き、そして視線の先にいるリアティオスを見た。母親も目を見開いた。

「え、タヌキ!?」

「あ、この子はその〜……その、怪我して一時的に保護しているんだ。大人しくて噛まないし、いい子だよ」

 近藤にはやむを得ず事情を説明したが、母と花凛にまで異世界の勇者だ聖剣だの馬鹿正直に説明する気はなかった。しかし一緒に住んでいることに関しては誤魔化せないし、向こうもスルーしてくれない。

「一時的に保護って何!?こ、これ家にいれてるってこと!?」

 怯えた表情のまま花凛が叫んだ。震えながらリアティオスを指さした。あまりの怯えっぷりに困惑しながら善人は頷いた。

「う、うん」

「え?病気とか大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。お医者さんに見せたし、シャンプーもしたから」

 シャンプーは本当だが、医者に診せたのは嘘だ。これ以上リアティオスに不信感を抱かせたくなくて、安心させたくてついた嘘だったのだが、しかしその嘘がいけなかった。

「もしかして、このタヌキの治療で携帯の修理代が出せなかったの?」

 花梨が低い声で言った。疑問形だったが半ば断定したような口調だった。

「そ、そういう訳じゃないけど……」

「嘘。絶対そうだよね。動物病院は保険効かないからすごい高いって聞いたことある。お兄ちゃんどっちも出せるお金なんてないよね」

 本当はどっちか片方すらも出せるお金はない。

「野生動物じゃん!普通は保健所とか、そういうとこに言うべきなんじゃないの?可哀想とかそんな理由で保護したんでしょ。それでお金なくなるとか、馬っ鹿じゃないの?」

「花梨!言い過ぎよ」

 最後の吐き捨てるような台詞を、母親が咎めた。

「じゃあそのタヌキは病気とか寄生虫とか大丈夫なのね?」

「それは大丈夫。本当に大丈夫」

 善人は何度も頷いた。母親は複雑そうな表情を浮かべながらも、息子の対応を反対するつもりはないようで、言葉を続けた。

「とにかく、そのタヌキもそうだけど、離れてたらどう過ごしてるのかこっちも全然わかんないのよ。あんたもいい年なんだから全部報告しろとは言わないけど、大事なことは言いなさい。あと、ちゃんと連絡とれるようにしなさい。報告・連絡・相談は社会に出てからの基本になるのよ?」

 善人は神妙に頷いた。

「わかった。二人とも心配かけて本当にごめん。すぐに修理出すよ。直ったら連絡する」

「どうだか?次はキツネ保護してお金無くならないといいけど」

「花梨!いい加減にしな!」

 嫌味を言った花梨を、母親が鋭い声で叱った。花梨はキッと二人を睨むと、くるりと背を向けた。

「先に帰る。駅で待ってるから」

「こら!待ちなさい花梨!」

 母親の静止も聞かず、花梨は駆け出してあっという間に見えなくなった。

「揃いも揃って言うこと聞かない兄妹だね!」

 イライラとした声を出した母親だったが、大きいため息をついてクールダウンすると、オロオロとしたままの善人に言った。

「もう行くわ。信じられないかもしれないけど、花梨もアンタのこと本当に心配してたのよ。様子見に行こうって言ったのもあの子だし。ただちょっと、まだ不安定なことがあってねえ……。家帰ったらもう一回言っておくから」

「いや、いいよ。今回は本当に僕が悪かったし。二人ともわざわざごめん。ありがとう」

 善人の言葉に頷いた後、ゴミはキチンと出すように、野菜もちゃんと食べなさいよ……等と母親らしい小言をいくつか言ってその場を跡にしようとした。

「――あ、あと聞こうと思ってたんだけど、神棚に飾ってた真珠知らない?」

「え?真珠って……僕が生まれた時に握ってたってやつ?」

「そうそれ。去年のゴタゴタとか引っ越しとかで色々あったときに無くしちゃったみたいで……。

 ほら、花梨あれ気に入ってたでしょ?よく考えたらあれが見当たらなくなってからあの子も癇癪持ちになった気がして……。なんか無くしたからって罰が当たったのかとかちょっと思っちゃったりしてね。

 ……なんてね!ごめんごめん!まあ捨ててないはずだから家のどこかにはあるのよ!見つけたらよーく磨いて謝ってくわ!じゃあね!」

 誤魔化すように明るい声を出し、母親は花梨の後を追いかけた。

 善人は黙って彼女の後ろ姿を見送った。

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