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新生活

 善人宅にリアティオスが転がり込んでから数日が経った。

 怪我は塞がっていたし、初日はあれだけ元気そうに見えたリアティオスだったが、やはりダメージは残っていたらしい。食と住の提供をしてもらえることになって安堵したのか、それとも単純にアドレナリンが切れたのかはわからないが、最初に善人が作った段ボールの簡易ベッドの中で、リアティオスはほとんど寝て過ごした。対照的に善人と竜司は慌ただしく動き回った。

 当初は反対していた竜司だったが、善人が保護すると決めたのを見て説得を諦めたらしい。打って変わって積極的にリアティオスの保護に動いた。

 狸の保護について調べると、バイト三昧で多忙な善人の代わりに役所に行って、狸を一時保護するための申請書をもらってきた。リアティオスを保護した翌日のことである。

「早いなあ。ありがとう」

「お前がのんびりしすぎや。早う出さんと100万以下の罰金らしいで」

 竜司の動きに感心していた善人だったが、罰金という言葉にサッと顔色を悪くした。

 急かされるように申請書を書くと、今度はその申請書を手に二人は立ち上がった。

「よし、行こうか」

「どこかへ行かれるんですか?」

 立ち上がった人間二人の気配で起きたリアティオスが寝ぼけ眼で尋ねると、寝ていた段ボールごと持ち上げられた。

「リアティオスも行こう」

「どこへ?」

 再度の質問に答えたのは竜司だった。憂鬱そうなため息をつき、言った。

「お隣さんや」

 隣の部屋のチャイムを鳴らしてからしばらくして、チェーンがかけられたまま少しだけ扉が開かれた。

「こんにちは」

「こんにちは!」

 あれだけ憂鬱そうにしていた竜司だったが、原に対して爽やかな笑顔で挨拶した。初日から無愛想な表情しか見たことがなかったため、リアティオスはまじまじと眺めてしまう。

「……どうも」

 原とは初対面だが、リアティオスが当初想像していたより若い女性だった。

 昨日の出来事と、二人が言った『神経質』『気難しい』という言葉で勝手に老人と思っていたが、せいぜい善人と竜司のひと回りかふた回り上ぐらいといった印象だ。しかし眉間に深いしわが寄っており、竜司以上に愛想がない。

「先日は騒いでしまいすみませんでした」

 善人と竜司が揃って頭を下げる。

「……いや、いいよもう。次から気をつけてくれれば」

 用事はそれだけか、と扉を閉めようとする原に、善人は慌てて続けた。

「あ、あとですね、怪我をした動物を保護しまして……」

「は?」

「この子です」

 善人が扉の隙間にずいっと段ボールごとリアティオスを近づけた。リアティオスと原の目が合い、原は予想外のものを見て目を丸くした。

「た、たぬき!?」

「はい、先日の大雨の時に怪我しているのを見つけたんです。調べたら怪我した狸は役所に申請したら保護できるらしくて、近藤さんにも許可をもらいましたのでしばらくうちで保護しようと思うんです」

「そ、そう……」

「原さんにもお伝えしておこうと思いまして……。あ、動物アレルギーとか大丈夫ですか?」

 原は小さく首を横に振った。

「ない……と、思う」

「よかったです。ご迷惑はおかけしないように気をつけますので、すみませんがしばらくよろしくお願いします」

 そう言うと善人と竜司は再び頭を下げた。リアティオスも原と目があったまま、オズオズと頭を下げる仕草をした。

 それを見て、ふっと原の表情が和らぎ、少し笑みを浮かべた。だがそれは一瞬で、再び眉間に皺を寄せた表情に戻った。

「臭いとかノミダニとか気をつけてよね」

 そう言って今度こそ扉を閉めた。

「ふ〜おっかねえ」

 善人の部屋に戻ると、竜司がため息混じりに言った。

「許してもらえてよかったよ」

 善人も少し緊張していたらしい、安堵の笑みを浮かべていた。

「お二人とも原さんが苦手なのですか?」

 リアティオスの質問に竜司は罰が悪そうな顔でもごもごと言った。

「いや、苦手っていうか、恐いって言うか……」

 善人も苦笑する。

「色々注意されてるから、ちょっと緊張しちゃうんだよね」

「そうなんですか……」

 リアティオスは相槌をうちつつも、先ほどの表情を思い出した。

 ――でも、優しそうな人だった。

 そう思ったが、それは二人には言わずに心の内にしまっておいた。

 善人はリアティオスに向かい合って、真剣な表情で言った。

「でも、前も言ったけどここは壁が薄いからね、話す時はあまり大きな声を出さないようにお互い気をつけよう。

 あと、近藤さんには正直に君のことを人間だって言ったけど、他の人はたぶん信じてくれないし、人間の言葉を話すって気付かれたら研究所とかに連れて行かれる可能性があるから、人前では話さないようにしよう」

 リアティオスは頷いた。

「わかりました。でもそこに関してはご安心ください!今は魔法でこちらの世界の言葉を話せるようにしていますが、全員と会話ができるほどの魔力はもう残っておらず、最低限まで魔力を絞っています。意味がわからないと危険が発生する可能性があるので皆さんの話している内容は翻訳されるようにしていますが、逆に私の言葉は善人さんと竜司さんにしか通じません。他の方とは会話はできませんし、動物が鳴いているようにしか聞こえないはずです」

「……え?じゃあ、俺らって傍からみたらタヌキと喋っとる不審者ってこと?」

「そうなりますね」

「……」

 善人と竜司は顔を見合わせた。

「……どうやら気をつけなくちゃいけないのは僕らみたいだね」

「せやな」

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