勇者
「私の名前はリアティオスと言います。こことは違う世界で勇者をしていました」
「はあ……」
「ユーシャ……」
理解が追いついていない竜司が善人に尋ねた。「ユーシャって何?」
「わ、わかんない」
竜司と同じく混乱している善人に代わって答えたのは、リアティオスと名乗った狸だった。
「勇者というのは聖剣によって厄災を祓う者の名称です。
私のいた世界では厄災が人々を襲っていました。このままでは世界の破滅につながると、教会の大司教たちは聖剣を解放しました。
厄災は聖剣で倒すことができ、勇者は聖剣によって選び出されます。
リアティオスとは聖剣に選ばれた者に与えられる名前。そう、私は聖剣に選ばれた勇者なのです!」
「ご立派な……」
「ああ、そんなとんでもない」
説明しながら若干誇らしげに胸をそらしていたが、善人が褒めると謙遜して前足をブンブンと振り、ごほんと咳払いした。
「詳細は長くなるので省略しますが、私は無事に厄災を討ち取りました」
「すごい」
善人が感嘆すると、再びリアティオスは恥ずかしそうに前足を振った。
「いえいえ、そんなそんな」
「いやそんな謙遜せんでもええやん。世界救ったんやろ?並大抵の人間ができることじゃないで」
「いえ、本当に運が良かったんですよ。厄災は大樹だったのに対し、私は元々炎の魔法を得意だったので、相性も良かった」
「大樹が厄災になることあるんだ……」
一体どのようになったら『厄災』扱いになるのか善人と竜司には全く想像ができないが、そうなんだ……と相槌を打った。
「しかも厄災との戦闘ではほとんど魔法は使わず、ほぼ聖剣頼りでしたからね。聖剣で押し通したようなものです。
しかし厄災との戦闘でとある問題が起こりました。
厄災が朽ちる直前、私の手から聖剣を奪い、ゲートを開いてそこに捨ててしまったのです」
「ゲート?」
善人と竜司は顔を見合わせた。
「ゲートは異世界や亜空間と繋がる扉です。かなりの高度な技術がいる魔法ですが、死ぬ直前でもあのように簡単に使えるとはやはり厄災ですね。
とにかく聖剣はゲートの中に放り込まれてしまい、行方不明になりました」
「それは……大変だ?」
「ええ、大変です。紛失して帰ると私は処刑されます」
「……え?ええ!?」
予想外の発言に素っ頓狂な声を上げた善人は、冗談かと思ってリアティオスの顔を見る。狸のため表情がわからないが、冗談を言っている雰囲気ではなかった。
「聖剣は私のものではなく国と協会の財産です。
今回は無事に厄災を倒しましたが、いつまた次の厄災が生まれるかわかりません」
「でもそんな危険なことさせるんやから、それこそ旅の途中で死んでしもうて剣も行方不明になることはあるやろ?そんなん覚悟の上で貸せって話よな」
竜司が納得いかないといった顔で言った。善人もその言葉に頷く。しかしリアティオスは首を横に振った。
「そのような事態にならないよう、向こうも対策はしています。
私が死ねば聖剣は自動的に教会の元に返るよう、契約魔法をかけられています。
だから失くしたと言われたら、正直なところ聖剣を探し出すより私を殺した方が早いんですよね。
しかし、いくら返還されると言っても国宝を失くしたんですからね。簡単には殺してくれないでしょう。よくて火刑、あるいは考えられる拷問を全て受けた後に刑に処される可能性が高いです」
「え、ヤバいじゃないですか」
「そうですヤバいんです。
だから私はゲートに入り、聖剣の気配をたどってここに来たんです。
ただ、ゲートをくぐれたはいいのですが、こちらに着いた途端に急速に魔力を失いました。魔力を失っただけであればまだマシだったのですが、異世界に渡った影響なのか体も実体を保てなくなっていったんです。
このままでは消失してしまうと思い、借りられる体がないか探したのですがなかなか見つからず……」
そりゃ見つからないだろう。しかしその時のことを思い出して項垂れている姿が可哀想で黙って相槌を打つに留めた。
「そうこうしているうちにどんどん力が尽きていって、もう本当に自分が目を開けてるのか閉じてるのかもよくわからなくなった時にこの体を見つけたんです」
リアティオスはそう言って自分の体を見下ろした。
「人間ではないと、獣だと薄々わかってはいましたが、背に腹を変えられず体を借りることにしました。ただ、借りたはいいのですがこの体は怪我をしていたようで」
狸の死因の多くは交通事故である。この大雨で視界が悪かったのもあり、車と衝突したのだろう。
「やっぱりあの血は気のせいじゃなかったんですね」
「なけなしの魔力を使ってなんとか回復はできたのですが……」
「そこで力尽きちゃった……と」
リアティオスは頷いた。
「はい、全く動けなくなってしまって、あのまま雨に打たれていたら死んでしまっていました。
本当にあなたは命の恩人です。
私と、この体の持ち主を救ってくれました。ありがとうございます」
そう言うと、リアティオスは善人に向かって深々と頭を下げた。
「ああ、そんな、顔をあげてください。大したことは全然していないですよ」
「そんな謙遜しないでください。本当はこの恩を返したいのですが、魔力がほとんど空になってしまって……。
元の世界では休んでいれば徐々に回復していたのですがこんなこと初めてです。ここって魔力をどこで回復したらいいのですか?」
その言葉に、今まで黙って事の成り行きを見守っていた竜司が口を開いた。
「魔力を回復……は無理ちゃうかな」
「は?」
竜司は言いにくそうにしながら言葉を続けた。
「魔力って言うのはこの世界にはないと思います。
少なくとも俺らは見たことないです。
だから……その、魔力を回復すんのは難しいんと違うかな」
リアティオスは何も言わなかった。狸の姿だが呆然としているのがわかる。
「そんな……」
「魔力がなくなったらどうなるんですか?」
「魔力が尽きたことがないのでわからないのですが、少なくともあなた達とも意思疎通ができなくなります。今はなけなしの魔力を使って話しているので……。
あと、聖剣の気配をたどるのも魔力が必要で……」
どんどん言葉が尻窄みになっていく。聞けば聞くほど魔力は大切なもののようだ。しかし回復する術がない。
だがそこで何か気づいたようにリアティオスはパッと顔を上げた。
「そうだ!聖剣!聖剣も魔力を帯びています。
聖剣を見つけさえすればそこから魔力が回復できる!」
「な、なるほど!名案ですね!」
「すぐに見つかるもんなん?」
竜司の問いに耳がへたった。
「すっ……すぐに見つかるかはわかりません。聖剣も魔力を消費しますので、もしかしたら魔力が枯渇している可能性もゼロとは言い難いです。
しかし、聖剣はある程度まで魔力が減ると消費を抑えるために眠りにつきます。眠りについていても微力の魔力は放出しているため、探すことは可能なはず」
善人は竜司に顔を向けた。
「冬眠みたいなものかな?」
「剣なのに?スリープモードの方が良くないか?」
そこは正直どっちでもいい。
リアティオスは勢いよく伏せた。
「お願いします!助けてください!
私は今は獣の姿。おまけに魔力も尽きかけていてお先真っ暗です!
聖剣を探すのを手伝ってください!」
伏せと思われた姿勢は、どうやら土下座だったようだ。
悲壮感ただよう声で懇願され、善人は言った。
「いいですよ」
「おい!」
友人が厄介事を安請け合いしたのを見て、竜司は慌てて諌めた。
「なんでもかんでも簡単にオッケー出すなや!」
「でも困ってるじゃないか」
「困ってるのはわかっとるわ!でも俺らが何を手伝えんねん!?聖剣探すったって現物見たことないし魔力だってどんなもんなんかよくわからんやろ!」
「あ、あの衣食住を提供いただけると助かるのですが……」
「ちゃっかりしとんなあこの狸!だいたいペット禁止やろがここ!」
「そ、それはそうだけど……」
「黙っててはいけないのですか?」
「おい狸!勇者のくせになんかさっきから発言がゲスいぞ!」
「私だって必死なんですよ!ここ追い出されたら死ぬかもしれませんし!お願いします!何でもしますから!」
リアティオスは潤んだ瞳で善人を見上げた。籠絡する気である。
「いいですよ」
「善人!」
収集がつかなくなってきた頃である。