容疑者
「じゃああれか、原さんは、その不審者に頭を殴られて倒れた可能性があるっていうことか」
九月中旬に商店街で夜店屋台が並ぶ祭りが開かれる。そこまで大規模ではないが、ビンゴゲームや有志による隠し芸大会など、地元の人々にとって愛されるイベントである。
善人と竜司はその商店街祭りで運営事務所のスタッフにアルバイトで参加していた。
運営スタッフで急遽欠員が発生し、運営に参加していた本屋の店主が先日の救急車騒ぎで顔見知りになった善人に声をかけたのだ。
今回の二人の仕事は十二歳以下が参加できるスタンプラリーの景品受け渡しやイベントの準備だ。もうすぐ開始されるビンゴゲームのカードを袋から出しながら、善人は先日の原から聞いた話を竜司に説明した。
「そこなんだよね。原さん自体は記憶がないらしくて、倒れた原因がわからないらしい」
「倒れた原因がわからんってことは、背後から殴られたんちゃうか?」
善人は暗い表情をした。
「もしそうだとしたら、僕の家を訪ねた人が殴ったことになるよね……。一体誰なんだろう」
「どんな人やったかも原さんは覚えてへんの?」
竜司の問いに善人は首を振った。
「男か女かもわからん?」
「それも全然覚えてないらしい」
竜司は腕を組んで「う〜ん」と顔を顰めた。
「そんな危ない奴、心当たりある?」
「……」
無言の善人に竜司は焦った。
「え、まさか心当たりある?」
善人は目を合わせずに小さい声で言った。
「一人……」
「俺の知ってる奴?」
善人は迷うように視線を揺らした。キョロキョロと周囲を見回し、竜司に顔を寄せて先ほどよりもさらに小さい声で言った。
「父さんかもしれない」
その答えに竜司は「ああ……」と頭を抱えた。善人の脳裏には一年ほど前の出来事がフラッシュバックのように浮かんだ。
「あいつか……」
善人が実家にいた頃、父は多少だらしないところもあったがきちんと定職についていた。息子と娘を大学まで通わせようと、母と一緒に貯金もしていた。ギャンブルも多少やってはいたがのめり込むほどではなかった。しかし、善人が大学生になり一人暮らしを始めてから数ヶ月した頃、様子がおかしくなった。
最初は生活費の使い込みだった。おかしいと母が気づいた頃には貯金も無くなっていた。それだけでは飽き足らず、一人暮らしをしている息子のところにまで金の無心に来た。一度だけ。必ず返すから。そう言って土下座する父親の頼みを断れず、美人は素直に自分がアルバイトで稼いだお金を渡した。しかしそれで味を占めた父親は度々金を要求してくるようになった。頻度も月に一度から週に一度になり、もうこれ以上は渡すお金がないと断ると親不孝ものと詰られた。最終的には大学にまで来るようになり、自分の息子にだけでなく彼の友人にまで「金を貸してくれ」と言うようになった。善人は何度も止めて欲しいと父親に言ったが聞く耳を持ってくれず、生徒からクレームが入り教務課から厳重注意を受けた。
実家に帰り、花梨を除く三人で話し合いを行なった。その時の父親はしょぼくれてすっかり憔悴しきっていた。
善人に迷惑をかけたことだけでなく生活費や貯金の使い込みについても母親と善人の二人に土下座して謝罪した。
「もう二度とギャンブルはしない。使い込んだ金は絶対に返す。本当にすまなかった」
そう涙ながらに言われ、結局母親と善人は許してしまった。
「これっきりだからね!次に同じようなことしたら海に沈めてやるから」
そう言った母親に父親は何度も頷いた。そうして再び真面目に仕事に励むようになった姿を見て、これで大丈夫だろうと思い、善人は再び一人暮らしのアパートに戻って大学に通い始めた。
きっと大丈夫。
そう信じた母親と善人の思いはすぐに裏切られた。
借金を残して消えたあの日。善人は初めて母親が泣く姿を見た。
「今まで黙ってたんだけどね、あいつ、あんたが生まれるまではロクデナシだったんだ」
善人と目を合わせず、彼女はポツポツと話した。
「賭け事は好きだし金遣いは荒いし。根性なくて仕事もすぐ辞めてさあ。子供がもうすぐ生まれるって時には浮気もしてたみたいだしね。
でも、生まれたばかりのあんたを見た時、泣いたんだ。しっかりするって、ちゃんと尊敬してもらえる父親になるって。
そう言った時は半信半疑だったんだけどさあ、でも、本当に心入れ替えたみたいにちゃんと仕事探してきて頑張ってくれてたんだ。
まさか、今更になってこんなことになるなんてね」
そこまで言い、自嘲するような薄笑いを浮かべた。
「馬鹿みたい。子どもに迷惑かけてさあ。私もあいつもクソな親だよ」