『徳』
足元からくしゃみが聞こえ、善人と竜司は同時にリアティオスを見下ろした。
「あれ?リアティオスなんか毛がボサボサだね?」
「ほんまやな、そういえばさっき川に落ちたって言ってなかったか?」
「あ、それは……」
「ええ!?大変じゃないか。大丈夫?」
しゃがんでリアティオスを撫で回と、確かにいつもより毛がゴワゴワしている気がする。
「何で川に落ちちゃったんだ。まだ暑いとはいえ、風邪をひいちゃうよ」
「いえ、あのそれはですね……」
「あ!ごめん、とりあえず中に入ろうか」
リアティオスが何か言おうとするのを遮り、善人は急いで扉を開けようと鍵を取り出した。
「ここら辺に川なんかあったか?なあ、善人知っとる?」
「あ、あの、あの、あわわわ」
「――何だこれ?」
竜司の疑問に反応はなく、代わりに訝しげな独り言が聞こえ、竜司とリアティオスは揃って善人を見た。
「どした?」
善人が戸惑ったような顔をして振り向いた。右手は鍵穴に差し込もうと鍵を握ったままだ。
「なんか、鍵をさそうとしたんだけど」
「うん?」
善人が鍵穴に視線を移す。竜司とリアティオスも彼の視線を追い、
「なんやこれ?」
先ほどの善人と同じ反応をした。
「枝……ですか?」
鍵穴に細い木の枝が差し込まれていた。引き抜いてよく見たが、何の変哲もないただの枝だ。どうして鍵穴に入っているのかわからない。
「イタズラか?」
「こんなイタズラなんて誰が……」
「原さんが運ばれた時に人がめっちゃ集まったんやろ?なんか子供も来とったっぽいし、その子らが暇つぶしにやったんちゃうか?」
「そうか……」
最初不気味に感じたが、竜司の仮説を聞くと、子供のイタズラの気がしてきた。
「子供は何でもするからなあ。俺も散々変なことして怒られたわ」
「なんか想像できるね」
人間二人が呑気に笑っていたが、リアティオスは黙って木の枝を凝視していた。
「そういえばリアティオス、さっき何か言おうとしてなかった?なんか今日すごいことをしたって」
部屋の中に入ってゴワついた毛をバスタオルで拭きながら、善人がリアティオスに問うた。
何やら考え事をしていたのか、どこか上の空だったリアティオスだったが、善人の言葉にパッと顔を上げた。
「あ!そうだ!お二人に言おうと思っていたことがあったんです!」
そう言うとリアティオスは高らかに言い放った。
「実は、魔力の回復方法がわかったんです!」
「え、そうなの!?」
「そうなん!?」
ふふん、と胸をそらしたリアティオスに善人は「よかったねえ」と頭を撫でた。
「それにしてもよう見つけたな。どうやって回復すんの?」
「それなんですよ!」
頭を撫でられて目を細めていたリアティオスは、竜司の問いにハッと一際声を大きくした。
「聞いてください聞いてください!あのですね、本日私は怪我をして倒れていた原さんを救ったんです!」
「ああ、言っとったな」
竜司が頷く。善人も最後の方を少しだけだが聞いた。
「キューキューシャに乗せられる前に原さんにお礼を直接言われたのですが、そうしたらなんとですね!魔力が回復したんです!」
「お礼を言われて……?」
善人と竜司は顔を見合わせた。
「感謝されたら魔力が回復するってことかな?」
「自分のとこの世界でも感謝されたら魔力回復しとったん?」
リアティオスは首を横に振った。
「いいえ。自然回復以外では道具での回復はありましたが、感謝されて回復など一度もありませんでした」
「だったらこっちの世界でしかない回復方法なのかな……」
「逆にお聞きするのですが、こちらの世界でそういった話はありますか?魔力がないのは存じておりますが、感謝されて何かしらが回復するとか……」
「ううーん?」
善人が頭を捻っていると、黙っていた竜司が思いついたように口を開いた。
「もしかしてやけどさ……」
善人とリアティオスが竜司の方を向く。
「もしかして……『徳』、積んだんちゃうか?」
一瞬の沈黙の後、善人は納得したように声を出した。
「なるほど」
対照的にリアティオスは訳がわからないと言った様子だ。
「トクって何ですか?」
徳って何ですか?善人が説明しようと口を開いたが、改めて聞かれるとうまく説明できない。
「徳っていうのは、その、善行?ってこと?かな?」
疑問符だらけになりながら答えた。竜司に目を向けたが、「たぶんそう……」と同じく曖昧な返事がきた。
「善行……」
「お前がいいことやってお礼言われたら魔力回復したんやろ?やっぱり徳を積んだとしか思えん」
「こちらの世界ではそのような仕組みがあるのですね……」
「いやまあ普通はないけど」
「ないんですか!?」
「例えば僕や竜司が何か善行を積んでも特に何も起きないよ」
「徳積んで魔力が貯まるんなら善人がすごいことになっとるやろ」
「確かに……」
三人とも再び頭を捻った。
「でも感謝されて魔力回復するのは間違い無いんだよね?」
「それは間違いないと思います。三回ともそうでしたから」
そう言った後、リアティオスは何かに気づいたように「あ!」と声を上げた。
「どうしたどうした?」
「もしかしたらですが……。以前、聖人リアティオスのお話をしましたよね?」
「ああ、うん。確か、魔法使いの始祖なんだっけ?」
リアティオスはうんうんと頷いた。
「そうですそうです」
聖人リアティオスはその清き心と善行を認められ、天上から魔力を授けられた。
「だから、私の清き心と善行を認められ、今、まさに天上から魔力をいただいているのでは!?」
善人と竜司は顔を見合わせた。
「じゃあその聖人リアティオスと同じ道を辿ってるってことだね」
「そっちの方が説明がつきそうやなあ。徳つんでるっていうより納得がいくかも」
「そうでしょうそうでしょう!」
自分なりに理由がわかってスッキリしたのだろう、リアティオスはやる気に満ちあふれている。
「この町でありとあらゆる善行をおこない、魔力を回復して聖剣を見つけ出しますよお!」
リアティオスの宣誓に、善人と竜司は思わず拍手した。その反応を見て満足気に頭を逸らしたリアティオスだったが、竜司の一言で現実に引き戻された。
「そんで?どうやって善行をおこなうんや?」
「……」