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商店街

 リアティオスは再び道を走った。

 そして遂に開けた場所に出た。

 上はアーケードになっており、地面もコンクリートからタイルに変わった。アーケードのおかげで熱も引いており、タイルはそこまで熱くない。

「ここが……商店街?」

 リアティオスの世界で市場は存在していたが、このように立派な店が連なってはいなかった。

 思わず呆けたようにしていたが、人々の驚いた声で現実に引き戻された。

「うわあ、狸だ!」「迷い込んできたのかな?」「狸って噛む?」「実物初めて見た!」

 リアティオスの存在に気づいた人々が悲鳴をあげる。皆口々に好き勝手な感想を言い、カメラを構えて撮影している人もいた。

 カシャ、という小さな音とともにパッとフラッシュが焚かれ、驚いたリアティオスは後方へ飛び退いた。その直後、

「店に入ってくるなよ!」

 フラッシュに気を取られて反応が遅れ、気がついたら水浸しになっていた。

 振り返るとバケツを持った男がいた。どうやら飛び退いた拍子にこの男の経営する店に侵入してしまい、振り撒いた水をもろに浴びてしまったらしい。

 よく見たら野菜を売っている。食べ物を取り扱っているのであれば野生動物の姿をしている自分は出入り禁止だろう、とリアティオスは納得したが、ショックなものはショックである。

 しかしおかげでいくらか頭が冷静になった。動物の姿で人間とは意思疎通しない方が良い。そうなると状況が説明できない。やはり、先ほどの長谷川のプリンに言われた通り、『ティアラ』という者を頼るしかない。

「ティアラさん!ティアラさんはいらっしゃいますか!?」

 リアティオスは力いっぱい叫んだ。

「なんかすごい鳴いてる」

「お腹すいてんのかな?」

 リアティオスの登場で若干の人だかりができていたが、ティアラを呼ぶために大声で騒げば騒ぐほど人だかりが大きくなる。ちょうど小学校の終了時間とも被り、帰宅中だった低学年の子どもたちが興味津々に輪の中に入ってくる。

「わあ!あれなあに?犬?」

「バカだなあ、このあいだ動物園で見ただろ?アライグマだよ」

 幼い兄弟の微笑ましい会話が聞こえてくるがそれどころではない。自分を囲んだ人が壁になって周りが見えず、人々の騒めきで声がティアラ本人に届いているのかわからない。リアティオスは声を張り上げた。

「ティアラさん!!」

 すると、

「うるさいねえ……」

 人間とは違う、不機嫌そうな声が聞こえた。人だかりの隙間から、のそりと動く毛皮が見えた。自分が探しているティアラだと直感した。

 隙間を縫うようにして人だかりから急いで脱出し、ティアラの元に向かう。狸が突進してきたと勘違いして悲鳴を上げる人がいたが気にしている暇はない。

「ティアラさん!」

「誰だい?あんた」

 プリンの言った通り、ティアラは本屋の前にいた。

 ただ、プリンが自分よりも大柄の犬だったのでティアラもそういった体格かと思っていたが、予想に反してかなりの小柄だった。リアティオスよりも小さい。

 そして、彼女は猫だった。

 ティアラはかれこれ十年は店を守り続けている、この商店街では有名な看板猫だった。若い頃は気性の荒いところもあったが、近頃はすっかり大人しくなり、ティアラの飼い主である本屋の店主が用意した座布団の上で日がな一日のんびりと過ごしている。今日も日課の昼寝を楽しんでいた最中だったのだが、うるさく何度も自分の名前を呼ばれ、渋々起きたのだ。おかげで機嫌はよろしくない。

「あの、ティアラさんでしょうか?いきなりすみませんが助けていただきたくて」

「ぶしつけに何よ?自己紹介もなしに頼み事とは失礼な奴だね」

 ふーっ、と威嚇された。彼女の迫力に気圧されたが、リアティオスは頭を振って怯えを散らすと改めてティアラに向き合った。

「す、すみません。私はリアティオスと申します。その、頼みと言うのは一刻を争うことで――……」

 リアティオスの言葉は悲鳴で遮られた。

「うちのティアラちゃんが襲われてるわ!」

 店の中にいた本屋の店主がティアラとリアティオスが対峙しているのに気づいたらしい。箒を持って鬼の形相で出てきた。

「あっち行きな!しっしっ!」

 ティアラを庇うように箒を振り回され、慌てて距離をとる。

「待ってください!誤解です!」

 リアティオスの言葉は店主には届かない。リアティオスが少し距離を取ったのを見て、急いでティアラを抱き上げた。

「ティアラちゃん、危ないから中入りましょう」

「え!?あ!」

 予想外の事態になってしまった。その場で会話が通じるのはティアラのみだ。彼女がここから居なくなっては助けを呼ぶ手段がなくなってしまう。リアティオスは慌てた。店主が店内に戻ろうとするのを回り込んで防ぐと、必死にティアラに向かって訴えた。

「話を聞いてください!ティアラさん!助けてほしいんです」

 しかしそれが悪手だった。傍からみたら野生の狸が年老いた猫を狙って吠え立てているようにしか見えなかった。

 様子を見ていた人々も只事じゃないと気づいた。保健所に電話をしようとする人、店主を助けようと追い払うものを探す人、子どもたちを避難させようとする人と、周囲も騒がしくなる。その緊張感と、

「あ、あっち行って!」

 本屋の店主の恐怖が混じった声に、ティアラが反応した。ほとんど眠っていた闘争本能が目覚め、トロンとした目に鋭い輝きが戻った。

「あ!ティアラちゃん!?」

 腕の中に大人しく収まっていたティアラが急にジタバタと暴れ、ぬるんとした動きで店主の腕から逃げ出した。軽やかに着地すると、電光石火のスピードでリアティオスに襲いかかった。突然の事態にリアティオスは避けることができず、彼女の攻撃を真正面で受け止めてしまった。

 激痛に、事態を把握する前にリアティオスは悲鳴を上げた。ティアラの鋭い爪で鼻先を思いっきり引っ掻かれたのだ。

「うちのテリトリーを荒らしやがって。これ以上騒ぐなら次は耳を引きちぎるよ!」

 物騒な言葉が聞こえてきたが、激痛で内容が頭に入ってこない。厄災よりは明らかにティアラは弱いはずなのだが、狸のリアティオスは痛みにも非常に弱くなってるらしい。こんなにダメージを受けたのは厄災と戦った時以来だった。耳は弱々しく垂れ、勝手に喉から情けない悲鳴が漏れてしまう。

 犬には吠えられ人には水をかけられ、挙げ句の果てには猫に顔面を引っ掻かれてリアティオスも心が折れかけた。


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