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プリンの兄貴

 地獄のような熱を持ったアスファルトの上を直走る。

 善人を呼ぼうかと思ったが、アルバイト先までは距離がある。あそこまで行って助けを呼ぶのは時間がかかる。そこまで待たせて果たして原は無事でいられるだろうか。そう不安に駆られていると、別れ道が見えてきた。

 直進すれば善人のアルバイト先だ。最初に善人に案内されたときの記憶が甦る。

 ――こっちの左の道の先には商店街があるんだ。人通りが多いから、行く時は気をつけてね。

 ショウテンガイが何かはわからない。しかし人通りがあると言っていた。そこに出れば誰かがいるだろう。言葉は通じないが、どうにかしてマンションまで連れてくるしかない。

 リアティオスはアルバイト先に通じる道ではなく商店街に通じる道を進んだ。

「バウバウ!」

「うひゃあ!?」

 左に道を曲がった途端、自分より大きい体の犬に吠え立てられた。門越しだったため噛みつかれることはなかったが、勢いよく突進してきたのでガシャン!と門扉がけたたましい音を立てた。その音と殺気むき出しの形相で睨みつけてきた相手に、勝手に体が震えて縮み上がった。

「小僧、俺のテリトリーに入ってくるんじゃねえよ。殺すぞ」

「ひへあぁっ!?」

 まさかの犬の言葉が通じるようになっているとは思わず仰天して変な悲鳴が出た。と、その瞬間体が硬直して動かなくなった。

「――あ?お、おい!」

 先ほどまでの殺意に満ちた声が戸惑いと焦りに変化している。そしてリアティオスも焦っていた。

 この感覚、狸の姿でも一度経験があった。自分は今、気絶しそうになっている。

 なんと軟弱なのか。意識はなんとか保てたが、体がまっすぐに保てず、その場にゴロンと転がった。日陰だったのは不幸中の幸いだろう。

「し、死んだ……。俺が殺しちまった……」

 体が硬直して動かないだけなのだが、側から見たら死んでいるように見えているらしい。あれだけ威勢のいいことを言っていた犬だったが、実は小心者のようだ。自分のせいでリアティオスが死んでしまったと勘違いして絶望したような声を上げている。

「うおおおん!俺はなんてことを!このままじゃムショ行きだぁ〜!」

 あおーん。遠吠えをあげる犬に、硬直して回らない舌を必死に動かして声をかけた。

「あ、あお……いきへはう」

 生きてます、と言いたかったのだが全然言えていない。しかしリアティオスの声は届いたようで、犬はぱあっと表情を明るくした。

「生きとったんかワレェ!」

 しかし非常に口調が荒い。

「すまなかったなあ、シマ荒らされるんじゃねえかと思ってちょっと警戒しちまったんだよ。こんなに弱い野郎がそんな事できるわけねえわなあ。本当にすまんかった」

「い、いえ……」

 言いながらリアティオスは必死に頭を巡らせていた。ほとんどない魔力を使って回復魔法をかけているが、体がまだ動かせない。一体いつもとに戻るのかわからないが、随分時間を食ってしまっている。やはり善人のところに向かった方が良かった。自分の選択ミスを後悔しつつ、ふと犬の背後にある家の中から話し声が聞こえることに気づいた。

「あ、あお!あははのごふひんはごはいはくへひょうか?(あなたのご主人はご在宅でしょうか)」

「あん?なんてぇ?」

 全く通じない。リアティオスは回復魔法を集中的に頭にかけ、何とか舌を回せる状態に戻してもう一度言った。

「あなたのご主人はご在宅でしょうか?」

「ぁあん!?ウチのカシラのタマとろうってのか!?」

「おかしい……言葉は通じているはずなのに言っている意味がわからない……」

「てめえ!やっぱりよその組のもんか!さてはキャンディーのとこの新顔だな!?あいつ、ここ通る度に自慢してたぜ、もうすぐ弟分がお散歩デビューするってよぉ。一人で挨拶にくるたぁ大した度胸だ」

 犬の背後にある家からは相変わらず声が漏れている。リアティオスがもう少しこの世界に詳しければ、それがテレビから出ている音声であること、任侠映画が流れていること、そして『もうおじいちゃんったらまたヤクザ映画見て〜』『いやあこの俳優がいい演技するんだよ』『私達見飽きたわよ。きっとプリンも台詞覚えちゃってるわ』『あっはっは!』という会話の意味、そして犬の名前とこの口調の原因も理解できただろう。だがあいにくリアティオスはこの世界に来て日が浅く、なにより善人の家にテレビは存在しなかった。

「何を言ってるのかさっぱりわかりませんが、あなたは私を敵だと思っているのですかね?誤解です。私は助けてほしいんです」

「何を助けるってんだ?」

「私を保護してくれている方のお隣さんが怪我をして倒れてるんです。このままでは危険なので誰か助けを呼びたくて」

「なに!?」

 犬が再び門扉に体をぶつけた。

「大事じゃねえか!なんでそれを早く言わねえ!」

 お前の血の気が多すぎたからだとは言わないでおいてあげた。

「ですのであなたのご主人をもし呼び出していただけるのであれば非常に助かるのですが……」

「俺もそうしたいのは山々だがよお、今はカシラはテレビをお楽しみ中だ。あれを邪魔するとお仕置きでほねっこぼーんを貰えねえんだ」

「ほねっこぼーん……?」

「とにかく!俺がここで騒いでも外に出してもらえる可能性は低いし、だったら今外を散歩している奴に助けを求めた方が確率は高い!今の時間だったらティアラの姐さんが商店街を見張ってるはずだ。八百屋の斜め前にある本屋に行きな。ティアラの姐さんはそこの番をしてる。事情を言えばきっと助けてくれるさ。もし疑われるようだったら俺の名前を出せばいい。俺は『長谷川のプリン』だ」

「長谷川のプリンさん……」

 そこでようやく硬直がとけたリアティオスが体を起こした。まだギシギシしている気がするが気にしない。プリンの方を向くと礼を言った。

「ありがとうございます!ティアラさんのところへ行ってきます」

「おう!成功を祈る!」

 頷き、商店街に向けて駆ける。

 プリンが後押しをするように遠吠えした。

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