7.アイビーは占いをする
「占いぃぃ?」
占いなんかで探し人が見つかったら世話はない。
そんな気持ちが声に出てしまった。
「あら、ミャーマ様ぁ」
こちらに気がついた銀髪の女性がヒラヒラと手を振る。この人が占い師なのだろうか。
「相変わらず、マズイ料理作ってますぅ?」
「やだティオーラってば! 少しずつ上達してるわよ! 良かったら食べてみる?」
ティオーラと呼ばれた女性は「絶対イヤですぅ」と笑っている。
(よく見ると、すごく綺麗な人だ……)
琥珀色の瞳に長いまつげ。
長いローブに落ちる銀髪がふわりと揺れている。
ただ……
(あれ? この人、もしかして……)
彼女から漂う鼻につく匂い。
嫌な予感がする。
(この匂いってどう考えても……)
ミャーマに目配せをしたけれど、彼はニコニコと「ほらほら、座って座って」と僕に椅子を勧める。
「んむぅ? あら、お客様ですかぁ?」
「そうよ。この子はビーちゃん。お姉様を探してるんですって」
古びた椅子に腰掛けると、ギシギシと軋む音がした。
「ティオーラは腕利きの占い師だから安心してね」
ミャーマそう言うと「そうだ、これを渡しておくわね」と小さな包みを渡してきた。
「なんですか、これ」と訊ねる僕に「後で開けてみてちょうだい」とウインクをくれた。
「じゃ、ティオーラ。頼んだわよ? あたしそろそろステージの方へ行くわ」
「ちょ、ちょ、ちょっとミャーマ様!」
慌てて引き止めようとする僕に、ミャーマは「じゃあねぇ」と手を振って行ってしまった。
「んむぅ、どうしますぅ? お嬢さん。お姉様とやらを探しましょうか?」
ティオーラに言われ、僕は渋々前を向く。
(……うう。やっぱりそうだ)
鼻につくこの匂い。この距離だと、はっきりわかる。
(この人…………めちゃくちゃお酒臭い!)
何をどうしたら、昼間からこんなにお酒の匂いをさせる大人になってしまうんだ。
「あの……もしかして、酔っ払ってます?」
「じゃ、始めますぅ」
意を決して切り込んだ僕の言葉をティオーラは無視した。
(いい大人に聞こえないフリされた……)
僕のしかめっつらなど気にも止めず、ティオーラは咳払いを一つすると、机の上にゴンッと薄茶色の瓶を置いた。
そして、手慣れた様子で栓を抜く。
(なんだろう。聖水でも入ってるんだろうか)
しかし、僕の予想は裏切られた。
クイッ。
ぐびっぐびっぐびっ。
(んん? んんんんんん?)
ティオーラは一気に瓶の中身を飲み干すと、ドンッとテーブルに置いた。
「っぷはー! さて、景気づけも済んだし、占ってあげますぅ」
「ちょっと待ってください」
(今、景気づけって言ったな)
「え? もしかして、その瓶、お酒ですか?」
「そうですぅ。見てわかりませんかぁ?」
「わかりましたよ。わかりましたけど、信じられないから聞いたんです」
「んむぅ、目で見たものを疑う心意気は立派ですぅ」
そう言うと、彼女は両手を腕まくりした。
「さあ、あなたのお姉様を探しますよぅ」
次の瞬間、僕は目の前の光景に息を呑んだ。
「ティ……オーラさん……それって」
占い師の白い両腕には、いくつもの瘤が出来ていた。
その小さな瘤が茜色に光る。
瘤がうごめき、光の中からするりと白い影が現れた。
白い体毛に覆われた小さな身体。
ヒクヒクと動くピンクの鼻。
そして、その頭の部分には、大きな赤い一つ目――。
瘤から飛び出した彼らは、目の前のテーブルの上にちょこんと並んだ。
ティオーラは手を広げ、誇らしげに言った。
「私のかわいい《天眼鼠》ですよぅ」
(……ヤドリ獣だ……こんなにたくさん操れるなんて)
小さな《天眼鼠》達は、ピンクの鼻を数回ひくつかせると、あっという間にテーブルを降りて地面を走り、人混みに消えて行った。
「《天眼鼠》は遠くまで見通せる目を持っていますぅ。ただ、おでこにある目のように見えるアレは、目ではなくて模様なんですよぅ。身を守るための、いわゆる威嚇色ってやつですぅ」
(聞いた事がある。身体が小さく弱い《天眼鼠》は、大きな目のような模様が頭部にあって、頭上から襲ってくる鳥などの天敵から身を守る……らしい)
「本当の眼は、実は全部で八個もあるんですぅ。小さな眼が四つずつ、顔の左右についているんですよぅ。彼らの視覚が捉えたモノを、宿主である私は感じ取る事が出来るってワケですぅ」
「それにしても……あんなにたくさん植え付ける事なんて出来るんですか?」
「んむぅ、まあ、普通は出来ないですぅ。なんせ《糸》が高額なんで」
ヤドリ術を使う上で、欠かせないのが《糸》だ。
種や卵を身体に植え付ける時に使う《糸》は、誰でも手に入るものではない。
十二の歳を迎えて教会に行くと、最初の一本は無料で受け取れる。ただ、二本目からはかなりの額を教会に払わなくてはいけないのだ。
「ティオーラさん、もしかして凄い占い師なんですか?」
(人気の占い師だから《糸》を何本も買えるくらい儲かってるのか)
僕は少しティオーラを見直した。
「ううん。家族にたっぷり仕送りしてもらってて、そのお金で買ったんですぅ」
全然違った。
「あれ? ちょっと待ってください。今走って行った《天眼鼠》って……」
「あなたのお姉様を探しに行ったんですぅ。いくつもの『眼』がお姉様の居所を辿ってますぅ」
「えーっと、それがあなたの占いですか?」
「そうですぅ。探し物は得意なんですぅ」
(それは占いと言えるのか?)
「もしかしてティオーラさんって、家族からもらったお金で適当な商売して、稼いだお金で昼からお酒飲んで暮らしてるんですか?」
「違いますぅ。ほとんど稼ぎはないので、酒代も仕送りに頼ってますぅ」
「最悪じゃないか」
「んむぅ? ちょっと待ってください」
僕を無視して、ティオーラは唸り始めた。
「どうやら、あなたのお姉様、見つかりましたよぅ」