4.アイビーは迷子になる
――はぐれたら、仮設舞台の前で待ち合わせ――
クローにそう言われていたけれど、ステージを前にして僕は途方に暮れていた。
舞台の周りに大勢の人が集まってきてしまったのだ。
屋台の男が言っていた《ミャーマの一座》とやらの観客なのだろう。
僕の背丈では、人混みに埋もれてしまって、何も見えない。
結局、人をかき分けステージから離れる事にした。
(店のおじさんが言ってた通り、人気の一座なんだな)
どうにかしてクローと合流しなくちゃならない。大きくため息をついた時だった。
ツンツンと袖を引っ張られ、僕は後ろを振り返った。
「……あ、えっと……なにかな?」
そこにいたのは、僕より少し背の高い女の子だった。
赤茶のおさげを三つ編みにたらし、その先っぽには、服と同じ色の赤いリボンが結ばれている。
ヒラヒラと短いフリルのスカートに、なんとなくドギマギしてしまう。
(いやいや、僕だって今は、女の子の格好してるんだ)
なるべく平常心で接しようと、笑顔を浮かべる僕に、彼女は小さい声でささやいた。
「……どうして?」
僕はギクリとして女の子を見返す。
(まさか、変装がバレた……?)
動揺を悟られないように、僕は平静を装う。
「……何が……かな?」
「どうして帰るの?」
「……え?」
「観ていかないの?」
「あ……えっと、ミャーマの一座の事?」
無言で頷く彼女に、僕は胸を撫で下ろした。
「最前列にいたくせに、帰る人、初めて見た」
どうやら僕は相当悪目立ちをしていたようだ。
頭をかきながら、必死に事情を説明する。
「えっと実は、ぼ……わたし、あそこの舞台を待ち合わせ場所にしてたんだけど、人がたくさん集まって来ちゃったから、待っていても、会えそうにないなって思ってさ」
「……迷子?」
「違う! ちょっとはぐれただけだよ!」
思わずムキになってしまった。咳払いをして、気を取り直す。
「姉さんと買い物に来たんだけど、はぐれちゃって。どこで待っていればいいか悩んでいた所なんだ」
赤毛の少女は、無表情のまま、じっと僕の顔を見つめた後、小さい声で「名前は?」と尋ねてきた。
「えっと……ビー……だよ」
「ココ」
「え?」
彼女は相変わらず表情を変えないまま「わたし、ココ」と告げる。
どうやらココというのが彼女の名前のようだ。
(ん? どこかで聞いたような……)
「ビー、お腹すいてる?」
ココは僕の顔を覗き込むように聞いてきた。
「言われてみれば……」
その瞬間、まるで相槌を打つかのように僕のお腹が大きな音を立てた。
赤面する僕の手を、ココがグイと引っ張る。
「ついて来て」
「え? どこへ?」
「タダで食べれる場所」
そう言って彼女は僕の手を引いて、人混みをどんどんとかき分けていく。
物怖じした様子もなく屋台脇の入り組んだ道を進み、時には店の裏を通る。
辿り着いたのは、大きなテントの前だった。
「ただいま」
入り口をバサリとかき上げて、中へ入って行くココ。
一緒に中に入った僕は、そこで思わず顔をしかめた。
(な……なんだ、この匂い)
中は、独特なスパイスの匂いが充満していた。
出どころは、テントの真ん中に鎮座している大きな鍋だろう。グツグツと音を立てている。
鍋をゆっくりとかき混ぜている人影が、ユラユラと立ち上る湯気の向こうから顔を上げてこちらを見た。
「おかえり〜って、あら? ココ、お友達連れて来たの?」
そこにいたのは、なんとも妙な格好をした年齢不詳の人物だった。