2.アイビーは植え付ける
街道を進むに連れ、魔獣に襲われる事も増えた。
つい先ほども《兜狼》の群れに囲まれたけど、絶対絶命のピンチ――にはならなかった。
クローの《ヤドリ草》のおかけだ。
いつもヘラヘラと笑っているクローは、戦闘中でもその笑みを絶やさない。
薄笑いを浮かべながら、襲いかかる魔獣を切り捨てていく。
《兜狼》の名前の由来でもある強固な頭部を軽々と叩き割った姿を見て、この女性剣士は絶対敵に回しちゃダメだと改めて思う。
ヤドリ草――それは、宿主の身体に寄生させた魔力の宿る植物の事だ。
彼女の手の平から生え出た緑色の茎は、鋭い棘を生やした刀身となって、敵となる全てを打ち倒す。
確か《太刀花》という名前のヤドリ草だ。
こういった身体に別の生命を寄生させる特殊な術――それを《ヤドリ術》と呼ぶ。
僕らの世界は《ヤドリ術》で成り立っている。
身体に寄生させた植物を《ヤドリ草》と呼び、身体に寄生させた魔獣を《ヤドリ獣》と呼ぶ。
これらのヤドリを使役する技術《ヤドリ術》が生み出されたのは、はるか昔の事だ。
傷を治し、病を癒し、毒を消す植物の力。
炎を吹き、水を操り、凍らせ、雷を放つ魔獣の力。
それらをなんとか手に入れようとした僕らの祖先は、王族の持つ秘術を使い暴挙に出た。
それが、植物の種や魔獣の卵を、自分たちの身体に寄生させる事だ。
種から発芽した植物は宿主から魔力を得て《ヤドリ草》となり、卵から孵化した魔獣は《ヤドリ獣》となる。
それによって、時には植物を武器のように使い、時には魔獣を使役させ操る。
「僕も早くヤドリ術を使いたいなぁ」
「ビー様だって、お父上から受け取った《種》があるじゃないですか」
クローの言葉に僕は頷いた。
「うん……でも《植え付け》てからだいぶ経つのに……」
僕はそう言って、左の手にはめたグローブをゆっくりと外した。
現れたのは、手の甲に埋め込まれた楕円の粒だ。波打つような熱い感触が伝わってくる。
これがヤドリ草の《種》だ。
屋敷を立つ前、父さんが餞別だと言ってくれたものだ。
「発芽までは、もうちょいってところですな」
「……クロー。まさかとは思うけど、いつ発芽するか賭けたりしてないよね?」
「んえぇ? そんな事しませんよ」
そう言って目を逸らすクロー。
(絶対賭けてたな)
「もう、他人事だと思って!」
僕は小さくため息をついた。
僕の手の甲に《植え付け》した種は、時折、緑色に柔らかく光る。
特殊な《糸》で、種や卵を身体に直接縫い付けて固定する処置を《植え付け》と呼ぶのだけど、植え付けてから早くて三日、遅くともひと月ぐらいで発芽するそうだ。
今では当たり前のように使われているヤドリ術だけど、この形に落ち着くまで数多の命が犠牲になったらしい。
宿主の持つ魔力以上のヤドリを使役化しようとすると、発芽や孵化の時に暴走して、宿主を喰い殺してしまうそうだ。
そのためヤドリ草の《種》もヤドリ獣の《卵》も、十二歳を迎えるまでは使用を禁じられている。
(そもそも十二歳を超えたら大丈夫、というのは根拠があるのかな)
僕の左手からどんなヤドリ草が芽吹くのか、その姿は全く想像がつかない。
不安になって、グローブをそっとはめると、クローが「大丈夫ですよ」と声をかけてきた。
「お父上が選んだ種ですし。きっと使いこなせますよ」
「そうだけどさ……」
僕は頭を振って、自分が恐ろしい人食い花にひと飲みにされる想像を追い払った。
「そうだといいんだけど。もうふた月も経つのに、どうして僕の種は発芽しないんだろう?」
ヤドリ草は日常生活でも役立つため、専用の種が街で普通に売られている。
例えば回復術。
回復術士と呼ばれる人々は、ヤドリ草から与えられる力によって、治癒や解毒、回復を行っている。
(ヤドリ術を極めれば、死者を操るネクロマンサーにだってなれるらしいけど……)
そのあたりは眉唾モノだ。
「クローのように武器として使えるヤドリ草か、それとも回復術を使えるヤドリ草なのか、発芽するのを楽しみにしてるんだけどな」
「ま、考えてもわからん事です。気長に待ちましょう。まずは姉君に会うことが先決です」
その言葉に僕は黙り込んだ。急に足が重く感じる。
(そうだよね……それがこの旅の目的だもんね)
沈んだ気持ちを誤魔化すように、僕はクローに訊ねた。
「この街道は、あの勇者アキレアも通ったんだよね?」
「そうです。勇者アキレアが、恐ろしい呪いからとある村を救った際に通った道……そう言われてますな」
世界各地を旅して魔獣に苦しむ人々を救った伝説の勇者、黄金のアキレア。
七大陸の中でも一、二を争う、有名な勇者だ。
その冒険物語は各国の吟遊詩人たちが語り継いでいる。
名前を聞いた事のない者など、一人としていない筈だ。
勇者アキレアは、小さい頃から僕のヒーローだった。
「アキレアの通った道かぁ。そう思うと歩くのも楽しいよね」
「遊びじゃないんですよ? くれぐれも、気は抜かないでくださいね?」
クローに言われて僕は「わかってるよ」と頬を膨らませて答える。
僕は、足元のブーツを見下ろした。
まだ旅を始めてふた月とちょっとしか経ってないけれど、父さんとこんなに長い間離れるのは初めてだ。
「世界を知れ、かぁ」
僕は父さんの言葉を思い出す。
――世界を知り、家族を知り、そして己を知るのだ!――
「会った事もない姉さんの元を訪ねるっていうのは……正直気が重いよ」
世界各地に散らばっている姉さん達。
その居場所は、屋敷の執事が全て把握していた。
なぜならば、姉さん達には毎年少なくない額を屋敷から送金しているからだ。
執事曰く『まあ、曲者揃いですよ』との事だ。
『大金を求めてくる方もいれば、お父上の名声を利用されている方もいますし、かと言えば突然音信不通になる方も。いろんな意味で、お父上に寄生している方々ですよ』
父さんにパラサイトし続ける十九人の姉さん達。
果たして、そんな彼女達は、僕の事を後継者だと認めてくれるだろうか。
それを思うと、胸の上に石を乗せられたような心持ちになる。
僕は何度目かのため息をついて、空を見上げた。
「僕は姉さんと関わりたくないよ」
僕の呟いた言葉は、所在無げに街道の空に消えていった。