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大学のキャンパスはいつも賑わっている。

部分的に現世と同じ風景があるから不思議だ。

現世も異世界・ブリアントパーズも意外と近い距離にあるのかもしれない。

スケートボードを走らせる学生が追い越していった。

と、思ったら急に止まった。

「君、異世界からの転移組でしょう?」

声をかけてきた。

こんなナンパの仕方なんて……。

どこの世界でもあるんだ。

でも、このパターンは……。

足早に遠ざかった。


「どうした? テリウス?」

「なんでもない」


テリウス? 背中のほうで聞こえた名前だった。



新しい講義を受ける。

単位修得を重ねて卒業を目指さねば。


ジュリアーニ教授の講義で、受講生は10人だった。

「試験について説明します」

って、いきなり試験?

この大学、というか異世界の大学って主体性を重んじるのか、教授が怠慢なのか

すぐに テストに入る。

「課外授業を行います」

と言って、試験について説明を始めた。


学校を離れて、恋愛体験をしてもらうということだった。

割り当てされた場所で指名された男子に対して、用意された恋愛ミッションをクリアすること。

しかも、ブリュワーズ王国以外の国にも割り当てがあるという。

他国の男子と知り合えるチャンスがこんなに早く訪れるとは。

胸が弾む。


ワクワク感を抑えられずに、私は割り当てを待った。


「トラットトラム国、レスキュート男爵のもとへ行ってもらいます」

ジュリアーニ教授から割り当てに関する資料をもらった。


男爵……なんか、王子様を期待していたんだけど。


そして、試験の内容にも触れる。

合格の基準はもちろんテーマモデルに恋愛感情を抱かせること。

結果は、手の甲にキス!! で判断される。

なに?? と思ったけど、教授の説明は続いた。

出発直前に手の甲に薬品を塗る。その薬品は溶解液でなければに落とすことはできないから、帰ってくるまでは反応する。

薬を塗った手の甲にキスをすると、反応して唇の痕が残るという仕組みだそうだ。

「つまり、手の甲に紳士的なキスをされたことで、相手の心をつかんだと判断する」


異世界の恋愛大学って、奇想天外だ……と驚くばかり。


提携先のテーマモデルとは交渉済、不正がばれたら退学。

唇はみな違うから調べればわかる。


注意点も忘れずに頭に入れた。


要は、設定期間内に口づけをもらい、帰ってくること。


目指すは、トラットトラム国、レスキュート男爵のもとへ



ここは大国ブリュワーズ王国・サマリリア。

中央駅には多国籍の人々が多い。

旅人、移民、出稼ぎ……。

ここから蒸気機関車の旅が始まる。

初めての一人旅。

ルイス・キャッスルから旅の資金は十分もらってきた。

恋愛経験を積ませたいルイスは、私の旅立ちを嬉しそうだった。

「いってらっしゃい」

軽く送り出されたけれど……どうなることやら。


お弁当に、1階のパン屋さん、マグリットさんからパンをいただいてきた。

通路を駆け回る子供。

静かにしょうね……の代わりに、子供にエッグトーストをあげた。

子供は静かにエッグトーストを食べ、大人しくなった。


途中、湖が見える。

エメラルドに輝く水面の美しさに見惚れてしまう。これが異国の旅の醍醐味。



トラットトラム国・ドルーズ駅に到着した。この国の主要駅の一つだけあって、利用者は多い。やはり、それぞれ見た目が異なる容姿。

ホームに立った私。新しい出会いがここから始まる。


車で迎えに来てくれたのは、執事……といっても、とても若い清潔感のある青年。

「初めまして、レスキュート様にお仕えしております執事のアーゼルトです」

さすが、礼儀正しい。



車に乗って街を走り、城に向かった。

「お話は聞いていります。男爵も異国の女性と会うのを楽しみにしております」

男爵か……年齢さえも聞いていなかった。想像はしているけれど。正直、テーマモデルでなければ、高齢の男爵なんて……と思っている。

「どんなお方ですか?」

「それはお会いになってから」

中身は、箱を開けるまでわからないようだ。


城が見えてきた。

真っ白な城。白鳥や白鷺をイメージしたような。

裕福な生活感がすでに表に出ているではないか。


驚くのははやかった。

「こちらへ」

アーゼルトが扉を開けると。

赤いじゅうたん。

使用人、メイドがズラリとお出迎え。

「いらっしぃませ、エミリア様」

お姫様にでもなった気分。


「この後、お食事の用意ができております。男爵もそちらでお待ちしておりますので」

使用人の一人が言った。

「まずは、お部屋にご案内いたします。お荷物を」

そう言って荷物を持ってくれたのが、メイドのサラサだった。


部屋に案内された。

これが、大学のテスト?

高級ホテル……いえ、やはり皇女の待遇だ。

絵画、装飾、鏡、衣装ケース、どれも宮殿のレベル。


割り当てをしてくれた教授にも感謝。


「お召替えを」

サラサが、ディナー用のドレスを用意してくれた。

チャーミングな真珠のネックレスがアクセントになりそう。

男爵という大人の男性の好みに合わせたスタイルかもしれない。


大きな紅の扉の前に案内された。執事のアーゼルトが待っていた。

「お似合いですよ」

アーゼルトがドレスを褒めてくれた。私にとっては、扉の奥が気になるのだが。

扉が開くと広い、広すぎるディナー会場。そう、部屋というより会場という表現がふさわしい。

そこには、多くの使用人、すべて女性のようだけど……男爵のディナーに合わせて働いている。

長いテーブル、20人以上は座れそうな。

そのテーブルの上座に座る男性。

この長いテーブルに一人だけ座っている。

テーブルの上には、ポーク、チキン、スープ、果物……贅沢な料理が並んでいる。

アーゼルトが、椅子を引き、私は座った。

目の前、かなり距離があるけれど、そこには男爵が……。


でも……。


あれ??!!


イメージと違っていた。


若い……男爵というから長い顎髭の高齢男性かと思っていたのに。

私と同じ世代だ。


「ようこそ、トラットトラムへ」

透き通った美男子男爵の声。

遠くから見つめられた。青い瞳が綺麗。


夢じゃないようね?


「お招きいただきまして、ありがとうございます」

声が震えてしまった。



「まずは、お食事をどうぞ」

「は、はい、いただきます」

メイドによって、真っ赤なワインがグラスに注がれた。

扉の前で静かに見守るアーゼルト。


「ここで一つ謎解きゲームをしよう」

男爵は、メロンを食べた後、そう投げかけた。

私は、黙っていた。


「今、ここにいる使用人の中で、男性がいる」


なんのゲーム?


「男性の使用人を当ててほしい」


驚いた、この中に男性がいたなんて。

みんな、メイクも綺麗な顔をしていて、動きも訓練されたメイドさんに思えていた。


「誰が、男性だかわかるかな?」


私は、アーゼルトに視線を送った。

アーゼルトは、少しだけ笑っていた。


しようがない。男爵の質問にこたえなければ。


「食事をしながらでいい。ゆっくり考えて」

そう言われても、気になって……。

私は、使用人を一人一人見た。


男爵の皿を片付ける人、指先も細く綺麗で女性としか思えない。


みんな長い髪を結っているし。

ん?!


一人だけ、ショートヘアーの人を見つけた。

ドリンクバーの近くで、飲み物の準備をしている。薄いルージュ、切れ長の目。


あまり食事に集中できないけれど、デザートまで平らげた。味はやはり宮殿の味、素晴らしい。

デザートの食器を片付けてくれた人。首筋が白く頬のチークも控えめだ。

やはり、この人も女性だ。

もう一度、ドリンクバーを見た。

ショートヘアーの人が、トレーにカップを置くと、別の人がトレーを男爵のもとへ運んだ。

腰まである長い髪を後ろで縛っている。この人も女性に間違いない。


男爵は、カップを手にして口に運んだ。


「どうかな? ゲームの答えは?」


「あの方が、女性だと思います」

ドリンクバーの人に視線を向けた。


男爵もその人のほうを向いた。

頷く男爵、当たりだろうか?


その人は、ゆっくりと私に近づいてきた。


目の前で礼をするので、私は立ち上がった。

男爵の遊び心をにじませたような瞳が気になってしまう。


こんなに近くでも、男性なのか女性なのかわからない。

その人は、私の手を握った。

なに?!

自分の胸の中に私の手を入れた。


はぁ!


胸の膨らみを感じた。

「ミレーヌと申します」

初めて聞く言葉、確かに女性の声だった。


「残念だったね」

男爵はカップを口にした。

笑っている。

この方は、どんな人なんだろう?

この方に、恋心を抱かせ、手の甲にキスをもらう。結構難しいミッションかもしれない。


「どなたが、男性なんですか?」

今、一番訊きたいことだった。


男爵は、ぶどうをつまんで食べている。

「あの~?」


また笑った。笑顔は素敵なんだけど意図が?

「答えは、後でアーゼルトに訊ねるといい。今日は楽しかった。また、明日お目にかかるとしよう」

と言って、立ち上がった。



別の部屋に来た。バルコニーから星空を見上げた。ロマンを感じさせる心地よい風が吹く。

後ろにアーゼルトが立っている。

「ここから見る月は、とても幻想的ですよ」

確かに……降り注ぐ月光は、舞台演出のようでもあった。

「ところで、先ほどのディナーですけれど」

「はい」

「あの場所に男性がいたなんて、本当ですか?」

「ゲームの答えですか?」

「はい、私には全員女性のように思えました」

「男爵は嘘をついていませんよ」

「どなたが、男性だったんですか?」

「あの場にいた女性は、ミレーヌただ一人。もちろんエミリア様は除きますが」

「え???」

首を傾げた。

「あの場にいた男爵はもちろん、そして私も、使用人すべてが男性だったのです」

驚き!!

そ、そんな、ことって……。

「でも、みなさん女性のように見えましたけど」

私は、もう一度記憶を再生した。どう思い返しても、女性ばかりの使用人に思う。

「いつものことではございません。今回は男爵のアイデアで」

「ゲームのために男性を女性に変装させたってこと?」

「化粧室では、美男子の使用人たちがウィッグを外してメイクを落としているでしょう」

それにしてもみなさん綺麗だった。

「レスキュート様は、トリック男爵とも呼ばれていまして、あのような遊びをお考えになるのです」

トリック男爵……私は、なぜ、この場所を割り当てられてしまったのだろうか?


お休みのご用意ができております。

サラサが迎えに来た。

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