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大家のレゼッタさんの食堂で、朝ごはん。
「これからデート?」
「うん、洋服どうしようかと思って」
「迎えに来てくれるの? 彼氏は?」
「彼氏って言っても、一日限りだけどね。彼のアルバイト先、サミリアデパートで待ち合わせ、そこで販売促進の臨時スタッフをしているんだって」
「働きながら勉強って、偉いねぇ」
「テーマモデルだけど、いい人に出会ったって感じ。無事デートが終わればスタンプゲット」
「がんばってきな」
レゼッタさん、サラダを追加で出してくれた。
サミリアデパートの前。街では大きな百貨店の一つで、生活必需品から宝飾品まで品ぞろえは豊富。もちろん娯楽場も完備。
サミーは?
来た!!
「待った?」
「私も今来たばかり」
普通のデートの始まり方だ。
「中を案内するよ」
寄り添い歩いた。
レストランフロアー。
「昼食の時間になったら、ここで」
メニューも豊富。
「なに食べような?」
ケースの中の、料理サンプルを見てみた。
サミーは笑っている。
「なに?」
「だって、まだ昼食にははやいのに」
「そ、そうよね」
お互い声を出して笑った。
「遊べるスペースもあるよ」
子供広場。
三角や四角の大きなクッションや大きなボールが散らばっている。
駆け回る子供たち。少し離れて見守る親の姿。
なんか、自分の未来を思い浮かべた。
男性とは恋愛だけで時を過ごすものだと思っていた私、家庭とか感じさせる男性っていたかな? 記憶にない。
やはり、少しずつだけど、ちょっと、変わってきた自分がいる。
「子供好き?」
サミーに訊かれたけど、小さく頷くだけだった。
「サミーは?」
「好きだよ。ここのアルバイトでも子供たちと遊ぶ機会が多い」
「そうなんだ」
「向こうにダーツ場があるんだ」
壁にかけられたダーツの的。
現世にもダーツバーってあったな。
私のダートは、ボードの真ん中に刺さった。
「うまいじゃないか」
こういう遊びは得意。
「僕も」
と、サミーが準備を始めた時だった。
「サミー」
と、男性の声。
「ラマン!」
「紹介するよ。アルバイト仲間のラマン」
「こんにちは」
「ちょうどよかった。来てくれ」
と、かなり慌てている。
一大事のような……。
私たちはスタッフルームに来た。
「レノ主任、偶然サミーを見つけて」
レノ主任、若い女性リーダーのようだった。
「どうかしたんですか?」
「マノとケインが、急に熱をだして」
「休み?」
「ウイルスだと思う」
「あの二人交際しているから、一緒に感染したのね」
「それで、ワノンとアノンのキャラクターが出せなくなって困っていたのよ」
「ワノンとアノン?」
「マスコットキャラクター、あのポスターを見て」
私の質問に、サミーが答えた。
壁にポスターが貼られている。キャラクターは、どこかの惑星人で、男女をイメージしているよう。
「サミー代役を頼む」
「でも、今日は休みで」
「お願い」
レノ主任のすがるような目。
「でも、ワノンは僕が入るとして、アノンは?」
みんなの視線が私に注がれた。
え!!
まさか??
私???
どうしてこんなことに……溜め息。
私は広場にいた。
アノンの着ぐるみの中にいる。
オルガンの演奏。
子供たちが集まってきた。
こんなの初めてだ。
ウワッ!!
イテッ!!
後ろから少年に飛び蹴りを食らったみたい。
「こらぁ~よい子は、そんなことしたちゃだめだよ」
ワノンが叱ってくれた。中にはサミーが入っている。
オルガンの音楽に合わせてダンス。
適当だけど、ワノンにリードされて踊ってみた。
子供たち、喜んでいる。
子供と手をつないで踊った。
時間はあっという間に経過した。
楽しい時間もおしまい? かと思ったら。
なぜ?
『キッス』『キス』『キッス』のコール。
手を叩きながら、観衆の催促が続く。
恒例なの? ワノンとアノンのラストキス!
ワノンがこちらを見つめている。
近づいてきて、見つめ合った。
サミーの瞳が、こちらを見ている。
キャラクターのまま、口を寄せてキスをした。
ワァ~
ウオーーー
いろんな声が耳に届いた。
「いこうか」
サミーの声。
私たちは手を振りながら、去っていった。
子供たちの『バイバイ』の声が、気持ちよかった。
ロッカー室で着替えた。着ぐるみ脱いだら体が軽い。
でも運動にもなったし、子供たちも喜んでくれた。
レストランでサミーと食事。
食べたかったバスタと海鮮のフライ。
サミーは、シチューとパンのセット。
「変なデートになっちゃってごめん」
「楽しかった。普通のデートよりよかったかも」
「ラマンも主任も助かったって、ありがとう」
「おこずかいもいただいちゃって」
「着ぐるみのセンスあるよ」
私は苦笑い。
帰り道、私たちは公園のベンチに座った。
スタンプブックに書き込みをしている。
不正がないように、出会いから結末、過程や経緯などを記入しなければならない。内容に誤りがなければ関係者のサインをもらう。
私たちはブックを交換し合って、サインをした。
偶然から始まる出会い、そしてデート。課題はクリアしたはず。
「お別れだね」
サミーが言った。
そう、これはお互いがテーマモデルとなった、ミッションの一つ。
一日が終わろうとしている。明日からはただの他人。
少し寂しい。
「大学で会ったら、また食事でもしようよ」
サミーが言ってくれた。
「そうね、永遠の別れでもないし」
夕日がサミーの横顔をオレンジ色に染めている。
私……。
「それじゃあ」
サミーは立ち上がった。
「うん」
私は沈み夕日を眺めながら帰った。