17
カレリアさんのペットショップに来た。
耳の大きな小動物に癒される。
「ごめんなさいね。危険な思いをさせて」
カレリアさんの心遣い。以前は心と脳がつながっていなかったなんて信じられないほど、表情も明るい。
この国で、私も同じような人と出会えれば恋ができる。そう信じたい。
「これからレスキュー隊の事務所に行くの?」
「ええ、お礼をしたくて」
キャンキャンと吠える動物。カレリアさんが餌を与えると大人しくなった。
「お礼の品はなにがいいですか?」
と、訊いてみた。
「忙しい仕事だから、短い時間で食べられるクッキーとか」
「わかりました」
私は、洋菓子店でお菓子を買い、レスキュー隊事務所を訪れた。
隊長のアランさんは微笑みで迎えてくれた。
異国からの派遣隊員は普通に話せる。みんな男性。
ただ、恩人のマーティスさんは、不機嫌そうで。
今日は、緊急通報はないようで、事務所は穏やかだ。
「私、お茶入れます」
「大学に通っているんだ」
「授業でこちらに」
「ブリュワーズに戻るのかい?」
「はい」
「ずっといてほしい」
家族のような雰囲気だった。
若い男性もいて、誰かと恋ができたら?
でも、この国の男性からラブレターをもらうことがミッションだから。
唯一の国民はマーティスさん、私には全然興味がなさそう。
黙ってお茶を口にしている。
「お茶いかがですか?」
私はポットを持って近寄った。
マーティスさん、カップを差し出した。
その時、
「熱っ」
「ごめんなさい」
お茶を手にかけてしまった。
慌てて、タオルで手を拭こうと……。
手が触れた。
マーティスさん、無表情。
「大丈夫でした?」
マーティスさんは黙って頷いた。
「この前は助けていただいて」
頷くだけのマーティスさん。
「なにかお礼を」
沈黙。
だめだ。
「食事にでも誘ってみたら?」
アランさんが私に言った。
「仕事は一生懸命な男だからね。ただ、それだけではかわいそうだから」
「異国の女子とデートなんて」
「うらやましい」
「行って来いよ」
他の隊員も後押し。
デートが決まった。
エルメゾン大学でカノック先生と話した。
「いいチャンスじゃないか。この国の男性との恋愛ができるかも?」
期待はしたいけど、接し方がまだわからない。
山登りでも感じたようなイライラがまた沸き起こるかも?
サフラ先生にも相談してみた。
「スキンシップもありかも?」
って、男性の体に触れるのは?
「以前の私なら、初デートで腕を組むなんてこともあったけど」
「それでいいんじゃない」
でも……。
「ありのままで……」
「ありのまま……」
「自分の思うように、接してみたら?」
う~ 悩む。
待ち合わせ場所は、大学の正門。
なんでここ?
サフラ先生が物陰で見ている。
「いきましょうか?」
私から歩き始めた。
サフラ先生、笑顔でVサイン。
遊歩道を歩いた。柔らかな日差し、緑の並木道。
思いのままに……。
腕を組んでみた。
無表情だけど、嫌がる様子もなかった。
「仕事、大変?」
「うん」
脳はしっかりしているから、こういう会話はできそうだ。
「辛いことってないの?」
「別に……ありのまま生きているだけだから」
「将来の計画とかは?」
「死ぬまで生きる……それだけ」
なんか寂しい。
この人も研究施設で生まれたんだろうな、親の愛情とか関係なく。
横顔を見た。ハンサムなのに……。
「怒ったり、笑ったり、しないの?」
「わからない」
「悲しくて、泣いたりとか」
「わからない。意味はわかるけど、どういうものかは感じたことがない」
少し、悲しくなってきた。
「人を好きになって、幸せを感じるとかないのかな?」
マーティスさん、黙ってしまった。
少し悲しくなってきた。
心がないなんて……。
ロボットじゃない。
「目から水が……泣いている」
と、マーティスさんに見つめられた。
瞳はこんなに綺麗なのに……。
「心ってここにあるのよ」
って、心臓の辺りを触った。
泣いている顔を、その胸に押し付けた。
心臓の鼓動がする。
生きているじゃない。だったら、感じてよ。もっと、たくさんのことを……。
不思議な現象?
マーティスさんは、私の肩を抱いてくれた。
その後も会話は音の連動にしかならず、心を開くことはできなかったけど。
ショッピングや公園、食事をして別れた。
サフラ先生に報告した。
「時間がかかるけど、少しずつ脳と心の間にパイプができるかも?」
でも、この国にいられる時間はあとわずか。