11
「心配かけたようだね」
男爵と庭園を歩いた。
いつもと変わらず元気な男爵に戻っていた。
私は、時々、子供部屋を訪れていた。
男爵の子供の頃を連想する。
大好きだったお母様との時間が詰まった部屋には、おもちゃの数々。
一人でいても飽きない部屋だった。
子供部屋からの帰りだった。
その日は、なぜか漆黒の扉が少しだけ開いていた。
中は暗くて見えない。
開かずの扉が……。
一度閉めて見たけど……やはり気になる。
私は、扉を開けてしまった。
豆電球で照らされている。
棚に、真っ赤な液体の詰まったビンが並んでいる。
これはなに?? 血のような液体??
さらに恐る恐る奥まで歩き、見てしまった。
棺桶のような長い箱が……。
怖い!!
すぐに逃げた。
食事の席でも私は震えていた。
肉料理を食べる時、ナイフを床に落としてしまった。
メイドが交換してくれたけれど。
「どうかした?」
男爵が言葉をかけてくれた。
思わず、
「扉……」
と言いかけたけど、開けてはいけないことを思い出し黙った。
「え?」
「なんでも……」
あの部屋は進入禁止なのに、入ってしまったとは言えない。
アーゼルトがこちらをチラチラ見ているのも気になった。
私は嘘を隠すように、静かに食事をした。
私の部屋はメイドが数人で清掃を行う。
その時、話し声を聞いてしまった。
「エルザのこと聞いた?」
「きっと吸血鬼よ」
「急に消えてしまうなんて、ありえないもの」
吸血鬼!! って??
私が入ると、メイドは雑談を止めた。
「あの~」
「はい」
「吸血鬼って?」
「いいえ、なんでも」
「失礼いたしました」
メイドは部屋を出て行った。
サラサが花瓶を持って入ってきた。
「いつも綺麗な花をありがとう」
「いえ、いつもはエルザというメイドの担当だったんですけれど」
と言ったところで黙ってしまった。
エルザって、まさか???
「エルザがどうかしたの?」
気になって訊いてみた。
「いえ」
サラサは、花を見ていて、こちらを振り向かない。
やはり何かある!!
「聞かせて、さっきいなくなったとか?」
「エミリア様のお耳にも?」
「うん、少しだけ」
「初めてではないんです。メイドの姿が消えるのは」
「吸血鬼とか言っていたような?」
「謎の答えは開かずの扉の向こうに」
「私、扉が少し開いているのを見てしまって」
「まさか中へ?」
「すぐに逃げたけれど」
「消えたメイドは、血を抜き取られ、枯れた体は裏庭の土の中に葬られると」
「血ってまさか? あの液体……」
「見たのですか?」
「よくわからない。もう一度いってみたら」
開かずの扉前。
私とサラサは震えていた。
「いきましょう」
私は扉を開けた。
冷たい空気。豆電球の灯り。破損して点滅している電球もあって、さらに恐怖を誘う。
私は先に歩いている。
サラサと一緒ということが救いでもあった。
真っ赤な液体のビンが棚に静かに置かれている。整然と収納されている赤いビンはなにを意味するのか?
血液なのだろうか?
ゾクッとした。
「サラサ?」
後ろを振り向いた。
「サラサ!!」
サラサはいなかった。
どこへ?
ガタン
扉の閉まる音?
まさか、閉じ込められたとか???
どうしよう。
絶体絶命!!
人影が見えた。
ギャァァ~
天井からトカゲが落ちてきた。
もうダメ!!
「エミリア様!!」
男性の声だ。聞き覚えのある声。
「エミリア様」
「アーゼルト」
「ここは立ち入り禁止ですよ」
気が抜けてしまった。頭が空っぽで、そのままアーゼルトの胸に飛び込んだ。
「怖がれなくても大丈夫」
温かい……温もりに満たされた。
ハッとしてアーゼルトから離れた。
「ごめんなさい」
「好奇心旺盛なのですね」
アーゼルトの微笑みは、私を優しく包み込んだ。
バタッ
奥のほうで音がした。
「なに?」
「いってみましょう」
アーゼルトは歩き出した。
「大丈夫、私が一緒ですから」
でも、本当に吸血鬼だったら。
周囲に武器はないか探したけど……吸血鬼の苦手なもの……なにもなかった。
アーゼルトは、先の部屋に向かっている。
おいていかないで……。
一番奥の部屋。
以前見た棺桶があった。
「これ棺桶では?」
声が震えている。
「開けて見ますか?」
あまり恐れていないアーゼルトがたくましく思えた。
「でも吸血鬼が?」
ギシッ
棺桶の蓋がズレた。
いる……なにかいる。
私はまたアーゼルトに抱き着いた。
棺桶が開くと、人体……起き上がった。
ギャァーーー
私は悲鳴を上げた。心臓がバクバクいってる。
吸血の顔!!
逃げないと……。
「よく見てください」
アーゼルトは冷静だった。
吸血鬼と思われたその体は、腕が動きマスクを外した。
え???
その顔は、レスキュート男爵!!
な、なんでぇぇ~
「ちょっと遊びがすぎたかな」
男爵だったの?
ということは、みんな、知っていた?
脱力……一気に疲れがでた。
なんなのこのお城は……。
赤い液体が赤ワインだったことを知った。