幻創戦機ヴァルキリア ~記憶喪失の私に最高の友達(バディ)ができました~
AIM <Anti Invasive Monster>財団 ‐調査員手記‐
世界はドラゴンやフェニックスなどの想像上の生物たちによって侵略され始めている。彼らの生態は全くの不明であり、我々は幻創生命体「ファンタジア」と呼称する。
彼らは個体として完成されており、行動原理も出現場所もバラバラであると判明。
ただ一つ共通しているのは、彼らの胸元に高エネルギー核があるということだ。
我々はそれを「ファンタジア・コア」と命名。下記、ファンタジア・コアの破壊方法を記す。
・過剰負荷による破壊
通常状態のファンタジアに対しのみ有効。
約100t以上の衝撃が必要。
・コアの細胞拡張による巨大化したファンタジアの撃破
過剰負荷できなかった場合、コアは衝撃により圧縮されミクロ単位のビッグバンが生じる。
その影響でファンタジアは巨大化する。コア破壊だけでは死骸による二次被害が発生する可能性があるため完全消滅が必須。
目を覚ますと、私の隣には軍人のような恰好をした男性が座っていた。いきなりの光景に私は混乱するしかない。それより、ここはどこなんだ。私はどうしてこんな町の道の真ん中に? なにも思い出せない。
「君、ケガは?」
軍人服の男が私に声をかけてきた。
かくいう彼の顔はケガで私よりボロボロで見ていて痛々しい。
「ない、けど......。なにも覚えてないの。どうして私はここに倒れてたの?」
「記憶喪失か? 名前は憶えてるか?」
「大丈夫。フレイ、フレイ・キールウェイ。でも、それ以外はなにも」
私が名前を言うと、彼は少しほっとする。だが、状況は変わらない。ひび割れた道や家、なにかで燃えて煙が立つマンション。どう考えても異常事態だ。自然災害なのか? それも、軍人が出るほどの。
「フレイ、よく聞くんだ。ここから走って、近くの教会へ行くんだ。そこが避難所になっている。なにも見ず、ただひたすらに走るんだ。いいな」
「あなたはどうするの? それに、この状況はなんなの? 大地震でも起きたの?」
「質問はなしだ。僕のことも心配しなくてもいい。だから、君はすぐに教会へ行くんだ!!」
彼の言葉と同時に、ドンという地響きが鳴った。
とっさに頭を手で覆いつつ、彼を尻目に指さしていた教会へ向かう。
炎は街中を赤く染めるほど燃えている。私は瓦礫を避けながら遠くに見える十字架の折れた教会へ。教会まで後数メートルというところで、後ろで巨大な影が動く。思わず足を止めて振り向くと、人の形をした巨大な鉄の塊が大通りとその道に並ぶ民家を壊しながら倒れていった。そしてそれの目線の先には同じくらいか、それ以上に大きいスライム状の生物がヘビやミミズのように這いずり、うねうねと触手を出して警戒していた。
「なに、あれ」
私が彼らの姿に見入っていると、スライム状の生物の方がこちらを見ているように感じた。
私、狙われてる? でも、私の後ろには教会が......。このままぼーっとしてたら、ここへ逃げ込んだ人たちが危ない!! 瞬間、巨大スライムの触手がこちらに伸びていく。 私はそれを回転しながら避けていくと、ぎりぎりのところで触手は方向を変えて地面をえぐった。あれが教会に向かっていたらと考えるただけでゾッとする。
「とにかく、教会から離れないと」
巨大スライムはいまだ地面から触手が抜けずにいる。
このまま、別の教会を探す? それとも......。迷っていると、私の目に再びあの鉄の人形が映る。あれで戦えるの? そもそも、人間が乗っていたの?
「ここ以外に教会があるとも思えないし、いけるかもわからない。なら、やるしかない!」
私は巨大な鉄の人形の足元から上り、あらゆる場所を触る。するとレバーのようなものが人形の丸い胸元の下あたりにあった。それを引っ張ってみると、人形の胸元がガバッと開く。中を覗くと、頭から血を出している女性が座っていた。彼女の頭に覆っていたものを取り、自分の服を引きちぎって頭に巻く。顔を近づけると、まだ息はありそうだ。彼女をそのままゆっくりと座っていた椅子から、椅子の脇にあるスペースに移し乗り込む。
「乗り込んだのはいいけど......」
なんとなくひじ掛けの先にあったレバーを思いっきり押し倒す。すると、ゴゴゴという響きと共に目線が上がっていく。どうやら立ったらしい。さらに、押し倒したレバーの横にボタンがあったので押してみるとどこからともなく、大砲のようなものが発射された音が聞こえる。前を見ると、細長いものがスライムめがけて打ち出されていた。
「攻撃した!? あれは一体......」
打ち出されたものがスライムに命中すると、すぐにスライムの身体が冷凍庫に置いた水のように凍っていく。原理も原因もわからないが、とにかくスライムをこれで倒せる!!
「いけえええええ!!!」
私はあらゆるレバーを引きまくり、腕を振り回す。民家をめちゃくちゃにしながらスライムを壊していく。しばらくすると、スライムは沈黙した。
「や、やったの? 私、あのスライムを倒したのね!!」
手を広げて喜んでいると、後ろからうめき声が聞こえる。
振り向くと、元々この鉄人形に乗っていた桜色の髪の女の子が起き始めた。
「あ、あなた! 大丈夫? 平気?」
「え、ええ。大丈夫です、指令......。あれ、誰? えええ!? なに? あんた誰よ!」
「え? 私、フレイだけど」
「初めまして、フレイ! 私、サクラ! ......じゃなくて! 手を挙げて!」
彼女は、腰から変な形の黒いものを取り出した。わけもわからず、彼女の言う通りに手を挙げる。彼女はさらに、その手に持った先端に穴の開いたものを突き付けて続ける。
「貴方、何者? どうして私のiドールに乗ってるの?」
「アイ・ドール? なんなのそれ」
答えを聞く事もなく、衝撃が走り目の前が真っ暗になった。多分、私は彼女になにかで殴られ意識を無くしたんだと思う。彼女が何者なのか、あの大きな瞳をした鉄の人形はなんだったのかもわからないまま、朦朧とした意識の中どこかへと運ばれていく。
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私が次に目を覚ましたのは、どこかもわからない殺風景な部屋だった。椅子に座らされていて、しかも手足を括りつけられて身動きも取れない。 視界の右側にはさきほど鉄人形に乗っていた女性が立って私を睨みつけていた。しばらく彼女とにらめっこをしていると左手奥から大柄の男性が歩いてきた。
すると鉄人形に乗っていた子、たしかサクラと名乗っていた彼女は敬礼をした。きっと偉い人なんだろう。その偉い男性は私の目の前に座った。
「こんにちは、フレイ。私はAIM財団ヨーロッパ対策本部指令のワイゼルだ。手荒な歓迎になってしまってすまない。だが、君が何者なのか知るまではその縄を解くことはできない」
「え、エイム? なに? よくわからないんだけど」
そういうと、彼は顎髭を触りながら苦笑いを浮かべる。
何が起こっているのか、彼らが一体どういう人間なのか。こっちだって聞く権利はあるはずだ。
そう考えていると、ワイゼルと名乗った男は腕組みをした。
「まあ、そうなるか。仕方ない。簡単に説明しよう。我々は侵略してきた怪物を退治する専門家だ。怪物というのは、君が戦ったスライムもどきがそう。彼らは現状、幻創生命体と我々は読んでいるんだけどね? サクラくん、ビデオ映像を」
ワイゼルが女性隊員のサクラを呼びつけ指示する。すると彼女はドアの向こうに消えて、ものの数秒で映写機を持ち出してきた。さらに、彼女が小さなリモコンで操作すると動画が再生された。そこには、この間見たスライムの小さいバージョンの他に火を纏うフェニックス、巨大クラーケン、さらにはドラゴンまで映し出されていた。映像が終わると、ワイゼルが続ける。
「ファンタジアはつい1年ほど前に姿を現した。伝承や物語で読んだだけの想像上の生き物が現れただなんて誰も信じられなかった。しかも、それらは脅威として世界を襲った。我々は脅威である彼らを研究し、対策するための術を開発した」
「それってもしかして、私が乗り込んじゃった鉄の人形のこと?」
「そう。あれは、最新ロボティクスとファンタジア研究の叡智を合わせた最終兵器【イグニッション・ドール】、通称『iドール』。ファンタジアを打ち倒す突破口を作るための点火装置だ」
淡々と話すワイゼルにしびれを切らしたのか、後ろで聞いていたサクラがこちらに向かってきては机を叩く。
「それなのに、あなたは私のヴァルキリアに平然と乗りこなしていた! 私が半年もかけて訓練してきたのに! あなた、何者なの?」
「サクラくん。落ち着きたまえ」
怒りに任せるサクラにそっと手を置くワイゼルさんは優しい人のように感じた。それでいて、怖い人だと感じた。サクラはすぐに、自分の手を机からどかして後ろの定位置に付いた。ワイゼルさんはフゥとため息をついた後、私を見つめる。よくよく見ると私やサクラより目にしわがあってだいぶ年老いているように感じる。
「ごめんなさい。でも私、自分の名前しかわからなくて......」
「それは君を助けた分隊員から聞いたよ。君は私の質問にだけ集中してくれ、フレイ。......それで、君はどうして鉄の人形、彼女のiドール『ヴァルキリア』に乗り込んだんだい?」
「私は......。あの時、なんとなく私が狙われているように感じたんです」
「誰に? スライムに?」
「はい。だから、私が教会に逃げたら他の人が巻き込まれちゃう。そう思ったらあのiドール、ですか? それに乗ってました」
ワイゼルさんは少し私を見つめた。私自身を見定めているみたいだ。だんだんと近づいてくる。香水?のようないい香りがする。それと、ちょっと彼独特の香り......血の混ざったような香りがする。しばらくすると、ワイゼルさんはもう一度座る。
「君が嘘をついているようには見えない。君の経歴について調べさせたが手がかりはなし。つまり君はまったくの謎、ミステリアスな存在か......。良いね、気に入ったよ」
「え?」
「はぁ? 何言ってるんですか、指令!」
指令はサクラの言葉を止め、私に笑いかける。
だが同時に、私に苦々しく眉を顰める。これから私に起こるすべての不幸を見通しているかのようだった。私は一抹の不安を抱えながら、彼の言葉を待つ。
「一般人の、しかも自分の記憶も定かでない君に頼むのも恐縮なのだが......。財団は今、君のような勇敢な人間が必要だ。どうか、我々と協力してくれないだろうか」
私は、どうするべきが分からなかった。でも他に私の居場所があるのかもわからないし、私のように誰かがあの怪物たちに狙われるかもしれない。彼の手を取れば、それが回避できるかもしれない。そう思えば、自然と私の手は彼の方に伸びた。
「よろしく、おねがいします」
「決まりだ。君には、君のバディとなるサクラ・ヤマモト隊員と共同生活をしてもらう。サクラくん、彼女の面倒を見てあげなさい。まぁ、少し部屋が狭くなるかもしれんが構わないだろ?」
「はい、指令! って、ええ?? 私が、この人とバディ? いやですよ!」
サクラはとても騒がしくて面白い人だ。でも、一緒に住めるだろうか......。
ワイゼルさんはすぐにサクラさんを睨みつけると、彼女はしぶしぶ頭を縦に振った。
「よかった。君の荷物は......無かったね。じゃあ、サクラくん案内とか後よろしく」
「ちょっ、ちょっと!!」
ささっとワイゼルさんはドアの向こうへと消えていった。部屋はしんと静まり返り、二人きりになってしまった。しばらく沈黙が続いた後、サクラは少しぎこちなく私につけられていた縄をほどいてくれた。
「あ、ありがとう」
「あなたのこと、まだ相棒って認めてないから」
「それで、相棒って?」
「はあ、記憶喪失も大概ね......。いい? 指令はああいうけど、私はあなたの監視役だから」
そういうと、彼女は手を伸ばしてきた。私は軽く握手すると、そのまま彼女は私の手を握りずんずんと殺伐とした部屋から出た。さらに進んでいき、ドアを何度もくぐり、下へ降りていく。
「ここがあなたの家?」
「更衣室よ! 着替えるからちょっと待ってて」
彼女の言う通り、外で少し待つ。しばらくすると、軍服風な服装から私服に着替えて私の前に戻ってきた。ズボンの制服からひらひらとしたスカートをなびかせ、私を施設の奥にある昇降機へと乗せた。
「さ、家に帰るわよ」
「あなたの家ってこの施設の中なの?」
「うん。 他の人達同様、財団の管理下で暮らしてるの」
「財団の人って? どんな人なの?」
「さぁ? よく知らないわ。指令しか財団の人間はいないし、指令はなにも話してくれないし」
「そう......」
私は彼女から目を背けると、昇降機が止まった。彼女がエレベーターから降り始めた。彼女に連れられるがまま、道なりに廊下を進む。廊下にはドアが沢山並んでいた。これ、全部財団の人たちなのかな? そう考えていると、彼女は一つのドアにたどり着いた。鍵を開けて中に入った。
「ただいま~」
「? 誰もいないけど?」
「帰る時は言うもんなの! ほら、あなたも。今日からはあなたの家でもあるんだから」
「そ、そっか。......た、ただいま?」
「おかえり。じゃあ、ご飯にしよっか」
そう言うと、彼女は靴を脱いで部屋の中へ入っていった。私もそれに倣い、彼女の家の中に入る。
というより、帰ってきたというのが正しいのかな? それにしても不思議な気分だ。さっき出会ったばかりなのに、彼女の家に上がっている。彼女は私が来て張り切っているのか、鼻歌を歌いながら台所でなにやら準備をしていた。サクラは賑やかな人だな......。
「さ、できたよ」
数十分ほど経った後、私の前には知らない具材を使った料理が沢山並んでいた。
記憶喪失だからだろうか、どれも新鮮に感じる。
「あなた、そんな目するのね。案外可愛いのね。それ、私の故郷ヤマトの伝統料理『ニクジャガ』よ。食べてみて。じゃあ、いただきます!」
「い、いただきます?」
彼女の言葉に合わせて、私も同じ言葉を続ける。それから私は彼女から手渡された匙を使って、料理を口に入れる。これが、ニクジャガなのか。なんだか、不思議な味だ。
「どう?」
「うん、おいしい」
「そりゃよかった」
一通り、料理を食べ終え私は彼女の指示でお皿を洗う。今日はいろいろあったと思い出しつつ、ただひたすら洗った皿を元の棚に戻していく。次は風呂場を借り、体を洗い流した後彼女から借りた服に着替える。この服、彼女と同じ匂いがする......。ちょっといい匂いだ。 眠気眼で寝室に向かうと、彼女は自分の隣を指さした。どうやら彼女は釣り目な顔つきにしては優しい人らしい。私は安心して彼女の隣で寝静まった。
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財団所属してから数日経った。ファンタジアは特に現れていないので指令とサクラの指揮で本格的に『iドール』に乗る訓練をし始めた。どうやらファンタジアが現れるのはまちまちで、翌日に現れることもあれば半年ほどあらわれなくなることもあるらしい。いつ現れるかもわからない存在に、怯える暇もなく私は訓練を重ねる。
「じゃあ、次はドレスアップね」
「ドレスアップ? なにそれ」
そういうとサクラは腕に着けていた物々しい小型の機械を私に見せた。
すると突然彼女は、その機械にあるボタンを押した。すると、見る見るうちに彼女が機械的なもので覆われていく。その外見はまるでドレスを着た女性のようだった。なるほど、ドレスアップってそういう意味か。それで、この魔法がなんの訓練に関わるんだろう。
「これがドレスアップよ。どう? 可愛いでしょ」
「可愛いけど、これは何のために使うの? そういえば始めてドールの中で会ったときもその恰好だったけど、ドールと何か関係が?」
質問攻めをしていると、奥から知らない人が現れた。今度は大人の女性だ。白いローブのようなものをまとっていて、丸いメガネをかけていた。いろんな薬草みたいな匂いのする人だ。
「カーラ・ディバイン、このドレスの開発担当よ。よろしくね」
「フレイ・キールウェイです......。それで、このドレスは?」
「これはiドールよりかは劣るけど、ほぼ同じ力でファンタジアを打ち倒す道具よ。本来ならこれで倒せば被害が少ないんだけど、どうしても分が悪いときやヘマしたときはiドールを頼ることになるのよね」
彼女はそういうと、サクラを小突いた。彼女らの様子と、私とサクラの出会いから推測するに私は一つの疑問にたどり着いた。
「サクラは私と初めて出会った日、ヘマしてドールに乗ってたの?」
「......あ、あんたねえ!?」
「アハハ!」
カーラが笑ったとたん、施設中にけたたましい音が流れた。どうやら街にファンタジアが出現したらしい。私たちはアラームと放送に従って指令のいるミーティングルームへと向かった。そこにはすでにファンタジアの映像が映し出されていた。今回の目標は、全身が緑色の肌で覆われたファンタジア『ゴブリン』らしい。
「みんな、エリアDにてファンタジア=ゴブリンの反応を感知した。彼は街中を荒らしまわって何かを探しているようだ。単体行動しており、明らかに友好的とはいいがたい。サクラ、フレイ両名はドレスアップで鎮静化を。他の部隊は彼女らのフォローに回ってくれ、以上だ。全員、緊急出動!」
『了解!!』
財団全員の声が合わさり一つになる瞬間は、今でも体が震える。私は震える体を押さえつつ、サクラとミーティングルームから出ようとしていた。その時、指令が私に声をかけてきた。
「フレイ、君は初陣だ。無理なことは言わない。ただ、死なないでくれ」
「分かってます、無茶はしません。行こう、サクラ」
「ちょっとフレイ、私が先輩でしょ! 失礼します」
指令に敬礼して胸に手を当てて深呼吸した後、サクラと共にドレスアップして地上に出た。
私たちのドレスは、赤と青の配色に光輝き街灯の潰れた街を太陽と一緒に照らす。
昼だというのに、街には人一人としていない。もうすでに避難が完了してるのだろうか。
「ここの人たちは?」
「ここのみんなは財団の息のかかった人だから大丈夫。私たちが暮らしてたあそこ、シェルターになってるからそこにみんな移り住んでるの」
「なら、大丈夫だね」
街の民家の屋根を飛び移りながら、情報部から得た地図に示された場所へと向かう。
たどり着いた先にはゴブリンがあさったような跡がたくさん残っていた。割れた窓ガラス、食べ残しの食材......。だが、金品は奪われていなさそうだ。
「あのゴブリン、何が目的なんだろう」
一人呟きながら、あたりを見渡す。だが、ゴブリンは見当たらない。あんな発色のいい緑色ならすぐにわかるはずなのに......。私は目を凝らしていると、サクラがトントンと私の肩をつつく。
「見て、あそこ!」
彼女の言う方向を見ると、私たちより頭一つ小さいくらいの緑色の肌をした者が私たちを睨みつけていた。その後、彼は透明に消えていく。ど、どういうこと?
「え!? き、消えた?」
「光学迷彩か......。やるわね。でも、私には通じにゃーい!」
そういうと、彼女は額に着けていた大きなゴーグルを装着した。アクセサリーか何かだろうと気にも留めてなかったけど、あれ役に立つんだ。 彼女は、ゴブリンが見えているかのようにそそくさと走り去っていく。私も彼女の後に続く。すると、サクラは突然勢いよく走りだし、大きく飛び上がって何もない空間を蹴った。すると、何かが剥がれ落ちて、空間から生き物がうごめく瞬間が見えた。
「あそこか! よし、私だって!」
足に力を入れて走り出すと、いつもの全速力より倍くらい早い速度でゴブリンにたどり着く。そのままの勢いで私はゴブリンの顔面に拳を一発浴びせた。顔面がへこむほど強く殴りつけたが、彼はそのまま再生して逃げ出す。
「フレイ、むやみに戦っちゃだめよ! 彼らはコアが破壊されない限り、消滅しないの! コアを過剰負荷にさせるの」
「もう、専門用語多い!」
「いいから、私に合わせてあいつの胴体の真ん中あたりに一撃! わかった!?」
「......うん、わかった」
サクラが頷いた後、私たちは一斉に走り出しゴブリンめがけてひた走る。ゴブリンは死地を察してか、逃げ回る。それでも私たちの速度の方が上だ。そのまま私たちは飛び上がり、お互いに片足ずつ前にして最大負荷のかかる蹴りをお見舞いした。 あ、でもちょっとズレてる?
「ちょっと、あなた! コンマミリ秒早いわよ!」
「ミリ? そんなのほぼ同時じゃない!」
「そうじゃないわよ! オーバーフローはシビアなのよ。一撃必殺で倒さないと......」
彼女は急に顔を上に向け始めた。なんだと思って同じ方向を向くとゴブリンが巨大化して私たちを踏みつけようとしていた。
「大きくなるのね......」
「大正解......。逃げるわよ!」
彼女の掛け声に合わせて私たちは前線を離脱する。ゴブリンは気をよくしたのか、私たちに笑いながら追いかけてくる。さらに、ゴブリンは手に抱えていた赤い球体に息を吹きかけていた。
「あれは?」
「まさか......ファンタジアのコア!? 仲間を呼ぶ気なの?」
サクラの予測も、ゴブリンの当ても外れたようで二人とも首をかしげていた。だからと言って私たちを忘れるほどゴブリンは馬鹿ではなかった。ゴブリンは口を大きく開き始めると、そこから火炎弾を生み出した。このままじゃ厳しい。ここはiドールの出番かもしれない。
「指令! ヴァルキリアの緊急出動を要請します」
『フレイか? 了解した。 君たちのためにヴァルキリアを二人乗り用に改造しておいた。だが、街に二次被害は出すなよ?』
司令塔の声が消えた後、街中の地面が二つに割れると大きな瞳のiドール『ヴァルキリア』が姿を現した。腕を組んでいるようで、前よりも威厳があるように見える。
私はすぐにiドールの搭乗席に乗って急いでサクラの元へ駆けつける。
「フレイ、ヴァルキリア呼んだの!?」
私は胸元の搭乗扉を開いた状態でサクラに手を伸ばす。
「二人一緒に死ぬよりマシでしょ! 今度はあなたに合わせて見せるから!」
彼女は少し戸惑いつつも、火球をよけて飛び上がる。
「バ、バディなんだから当たり前でしょ......。いい? どんだけiドールの訓練戦績が上でも、私が先輩だからね!」
「はいはい、先輩」
サクラは頬を膨らませつつも、ゴブリンにターゲットポイントを即座に合わせた。オート機能でヴァルキリアは走り出し、サクラの動きに合わせて拳が伸びる。そして、足がゴブリンの胴体に入る。だが、彼はびくともしない。
「あれをやるしかないわね。フレイ、背中見せて!」
「え? こう?」
サクラに背中を見せると、なにか線のようなものがドレスにつながれる。サクラは私に背中を見せて同じことをするように促す。私は戸惑う暇もなく線をつなげる。
「これでよし。ターゲット=コア補足。イグニッションエネルギー充填率最大速度に設定。......くそっ! 早くしなさいよ!」
サクラが目の前にあるボタンの操作をしているうちに、ゴブリンからの猛攻がヴァルキリアを襲う。
そのせいか、操縦席に火花が飛び散りだす。
「なにしてんの!? サクラ!」
「分かってる! エネルギー充填100%!! 行くわよ、フレイ! これが私達のiドールに備わった最終兵器! 私に合わせてその青いレバーを引いて! 行くわよ、引いて!」
言葉を交わす暇もなく、私はレバーを思いきり引く。すると、大の字になったiドール全体からエネルギーが放出されてゴブリンが天高く上がっていった。米粒となったゴブリンははるか上空で爆発四散する。
「名付けて、イグニッション・バースト!」
「なんか、そのままな気がする......」
見事、ゴブリンは消失し被害は最低限で済んだと思う。まあ、その後私たちは指令に2時間ほど説教を食らった。それでも、サクラの判断力と私の行動力を評価してくれていた。私たちは指令室から無表情で帰り、ドレスからいつもの私服に着替えて家に戻った。
「もう、無理......」
サクラはもう寝巻にも着替えずにベッドにダイブした。
私は彼女の隣で布団に足を入れて座る。
「私も......。ねえ、サクラ。もう寝た?」
彼女からは返事はない。もう寝ちゃったのか......。
「......今日は、いろいろ迷惑かけたわね。でも、ありがとう。わたしを信じてくれて」
彼女は少しもぞもぞしていたが、聞こえてないだろう。
私も寝ようと横になると、小さな声で「私も、ありがとう」と聞こえた。
なんだ、聞こえてるじゃん......。
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始めて夢を見た。黒い女の人が来て、それが世界を崩壊させていく救われない夢。
なんだか、嫌な予感がする。そうならないことを願い、本部に着くとすぐにミーティングルームに呼ばれた。そこの映像にはすでにファンタジアが巨大化した状態で佇んでいた。
「あれは、なんなんだ?」
指令が眉を潜ませていると、彼の横にひょこッと見たこともない浅黒い肌の女性が顔を出してきた。
あの人、夢で見た女性に似てる。嫌な予感が当たったかもしれない。
「あれは、私のお気に入り。キング・ゴレムだよ? ひ弱な人間さん」
「なに......?」
ミーティングルームにいた全員が彼女に銃を突きつける。だが、すでに指令のそばには彼女はいなかった。たちまち彼女は私の横に立っていた。
「あなた、私の好きな匂いがする......。純粋な魔力のいい匂い」
「なに、言ってるの? というか、あなた誰?」
そういうと、浅黒い彼女はつんととがった耳を動かし踊りながら私たちの中心に立つ。
「私はティターン。ゴブリンちゃんのおかげで目覚めたダークエルフ。私はこの世界を壊すためはるか高次元からやってきた」
ティターンはくるりと一回転した。状況を読み込み、冷静に指令は彼女に問いかける。
「ティターン、君はどうしてこの世界を壊そうとする?」
「それはフレイ・キールウェイ、あなたが守ろうとした世界だから」
「私の、せい......?」
私は驚きと、混乱、そして絶望感が全身を襲った。
私一人のせいで、この世界の人たち悲しい目に?
私が、なにをしたっていうの?
「覚えてないか......。あなたは私達の掟を破り、異世界と交流した! こんな汚れた世界、あなたにはもったいない!」
「私が憎いなら私を殺せばいい! この人たちは関係ない!!」
「そういうキレイ事いう貴方、大嫌い......。ゴレムちゃん、この星全部壊しちゃって!」
そういうとティターンは姿を消した。
それが合図かと言わんばかりに映像先のキング・ゴレムが空へ浮き始めた。
情報部隊は彼女を詮索しようとするも、指令は止めに入る。それより先にあのゴレムをどうにかしないと......。私は一人、走った。指令は私を止めようとするけど、聞くことはできない。私が......私がどうにかしないといけないんだ!
「手を挙げて。そのまま止まりなさい」
「サクラ、どいて」
すでに先回りしていたサクラが拳銃を向ける。
まるで初めて出会ったときみたいだ。
「あなた、私たちを騙していたの?」
「騙してなんかない、信じて。あのゴレムを倒して、あなたの元に戻ってくる」
「信じられない。あなたがファンタジアだってことも、戻ってくる保証もどこにもない!」
それでも、私は引き下がらない。
額に銃口を当てて、彼女に視線を下げる。
「お願い、行かせて」
「勝算、あるんでしょうね」
「一緒に来てくれるなら。バディとして」
「......わかった」
サクラは銃を下ろして、一緒にヴァルキリアに乗り込んだ。
指令の指示なしに、緊急射出を使い私たちはヴァルキリアを空へと飛び立たせる。
「はあああああ!!」
私達はiドールのバーニアを最大火力にして、この星の成層圏外へゴレムを放り出す。その間、ドレスをコードに繋いで一緒に操作し、エネルギー充填し続ける。彼女とのアイコンタクトも取らずに私たちは一斉にレバーを引く。
「「イグニッション・バーーーーーッスト!!!!」」
ヴァルキリアから放たれたエネルギーはゴレムの硬そうな表面を見事貫いていき真空圧に耐え切れずに爆発四散する。その爆風で私たちは吹き飛ばされていく。連戦の影響か、ヴァルキリアもボロボロと空中分解する。ああ、私はこの世界を守れたんだ......。
「フレイ!! ......フレイ! さっさと起きなさい!!」
目を開くと、私達ははるか上空から落下していた。ドレスのエネルギーも残り少ない。
多少のエネルギーで飛べるかもしれなけど、私はもういい。私の存在はこの世界には危険すぎる。
「サクラ、私はいいから......」
聞こえもしない声で彼女に伝える。だが、彼女は私になんとか近づいていく。
彼女は私のことを諦めずに救おうとしてくれる。
「私の手を取って、フレイ! バディなんでしょ! こんなとこで、友達を失いたくない!!」
彼女は涙を空にこぼしていた。やっぱり彼女は優しい人だ。
私が彼女の手を取ると、彼女は私を抱えてゆっくりと地面へ滑空していく。
「空、キレイ......」
「あなたの髪や瞳と同じね。......私たちが、この空を守ったんだよ」
前の記憶は取り戻せなかったけど、私はサクラや財団のみんなと生きたい。
それが、これからの私の記憶になっていくと信じて。
AIM財団 -調査員手記-
キングゴレムによる世界の崩壊は免れた。だが、その代償は大きい。
ヴァルキリアは完全消滅し、ブラックボックスも海に沈んだという。
フレイ・キールウェイ並びにサクラ・ヤマモト両名は、iドール『ヴァルキリア』の損失並びに命令違反で1か月の謹慎、半年の財団施設清掃活動という軽い懲罰で済んだ。
正直軍事刑罰ものだとは思うが......。
我々には引き続き「ティターン」なるファンタジアの調査が依頼された。
だが、彼女の足取りはまったく掴めない。
これからの調査活動に進展があることを祈るしかない。