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記憶

作者: 長万部三郎太

社会人20年目ともなると、日々の業務はルーチンと化す。

そんなわたしでも、月末ごとに押し寄せる経理処理だけは別だ。締め日の前後はいつも決まって深夜帰宅になる。


長年、経理部にいながらも常に苦手意識を持っていたこの業務だが、ここ数年は少し事情が違う。

カレンダーを意識したときには、いつも月末を乗り越えたあとなのだ。


始めのうちは『わたしも達人の領域に来たか』などと思っていたが、どうやら違うらしい。正確に言うと月末前後の記憶があやふやなのだ。何をどう対応したのかまったく覚えていない。


記憶障害とはよく聞く病名だが、わたしはまだ40代前半だ。

病識を感じ、恐怖に駆られたわたしはその手の権威であるという病院をほうぼう訪ね巡ったものの、最先端の西洋医学ですら匙を投げられた。


月末を控え、鬱々と過ごしているとポストに挟んであった一枚の投げ込みチラシが目に入った。


『東洋の秘薬各種取り揃え

 身体のお悩み解決します』


それは何の変哲もない漢方薬局のチラシで普段ならスルーするところだが、いつもの通勤ルート上にあることと、東洋医術が未体験だったわたしは藁にもすがる思いで行くことにした。


自宅から徒歩5分、最寄り駅との中間地点にある小さなお店。3年前に引っ越してから一度も目に留まらなかったが、古ぼけた薬局は確かにあった。


「どうも、いらっしゃい」


カウンターに立つ初老の男性。

わたしは自分の症状を端的に伝え、わずかな望みに期待を寄せた。


「でしたら、こういう妙薬がございます」


と、店主が出したのはお世辞にも近代医薬品とは思えない年季の入った箱包だった。

裏にある注意書きを見ると『疲労回復・精力増強・良質睡眠』といったお馴染みの文字が並んでいる。


少々胡散臭い感じはしたが、物は試しということで早速買うことにした。

しかし、代金を支払おうとすると店主はわたしから箱を取り上げてこう言った。


「この薬はお持ち帰りにはなれません。今この場で飲んでいただく必要があります」


副作用的な意味だろうか。わたしは好奇心から訪ねてみた。


「つまり、何らかの副次的な作用がある。そういうことでしょうか? 処方するのであれば事前告知が必要だと思いますが……」


店主は渋い顔をしてこう告げた。


「ですがね、これは製薬会社との約束で副作用については実際に服用された方にのみ通知というのがルールなんです」


好奇心に負けたはわたしは代金を払い、薬を2錠出してもらうとそれを水で胃に流し込んだ。

店主はわたしの口内をじっくりチェックし、飲み終えたことを確認するとこう続けた。


「今、あなたが飲んだ薬は疲労回復だけではなく、デスクワークや肉体労働にも効く素晴らしい秘薬です。どんな激務でも淡々とこなせますよ。……ただ副作用として、若干の記憶障害が出るケースがあるようです。特にあなたのような体質ですと……」


―?


「それにしても……。

 この薬は2錠ずつしかお売りしていないのに、毎回あなたは箱ごと買おうとなされますね。

 くれぐれもお身体、お大事に」




(すこし・ふしぎシリーズ『記憶』 おわり)

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