過去を捨てきれなかった誰か
全くサイズの合っていない女性用ドレスを破きながら俺は偽物にやられたように後ろから手刀で心臓を貫いた。
復活するまでの5秒間。
隠れていた本物のユウが俺と偽物を結界で囲む。
これでこの偽物はもう逃げられない。
俺はドレスを脱いで元の服を着ながらのんびり復活するまで待つと、また女王様の姿に変身した状態で復活した。
「いったい、いつから入れ替わっていた!?」
「お前を見失ったときに女王様に頼んですり替わってもらってたんだよ。おかげでようやく捕まえた」
「ほ、本物は!?」
「とっくに会場にいるよ。今頃貴族とかにあいさつ回りでもしてるんじゃないか?」
女王様はここにはいない。
それ以前にユウの結界に囲まれてしまった時点でこいつはもう詰んだ。
ユウがこの結界を解除しない限り俺も偽物も、逃げることは出来ない。
それよりこの壊れたドレス後から請求されたりしないよな……
「そ、そんな。でも私は終わってすぐ!」
「こっちだって終わった直後にすぐ女王様に頼んで突発的に起こしたすり替え作戦だからな。お前が他の誰に変身するのか分からないし、なら誘い出した方が早いだろ?」
俺は当然のように言いながら偽物をもう1度殺す。
その顔はあり得ないという感じで、自身が『嫉妬』によって騙された事実が気に入らないのだろう。
ユウの姿になったので改めて殺し、最後の姿、俺と追いかけっこした男の姿になった。
「それが最後の姿って事は、それが本当の姿って事でいいのか?」
「………………違う」
「ん?」
「本当の姿は、捨てた」
面白い事をこいつは言った。
つまり今の姿も仮の物であり、本来の自分ではない。
本当に自分の姿を完全に捨てた状態でこいつは『嫉妬』を使い続けたという事だ。
「面白いな。本当の自分の姿は残す物だとばっかり思ってた」
「残っていたところで何の価値もない。俺はあの何もない、閉じ込められた町で生まれた俺は仕事に就く事もできない。そんな存在に価値はないだろ」
「それじゃ『嫉妬』のスキルを得た時はどうしてた」
「やけくそにあの町に来た連中を殺している間に手に入れた。偶然だったが殺したばかりの男の姿を得てこいつの家に行ったら今までと全く違う生活を手に入れた。死んだそいつと勘違いしたそいつの両親が俺の事を迎えに来て、初めて誰かに襲われる可能性のない夜を過ごした。同じ都市に住んでいるのにどうしてこれほどまでに扱いが違うのか分からなかったよ」
「…………」
「もちろんそいつの両親は俺の事を疑った。昨日まで話が通じていた息子がいきなり話通じなくなったんだからな。病院に行ってあそこに行って襲われたと嘘を付いたら殴られて記憶障害を起こしてると診断されたよ。そのあとは勉強してこの国の騎士に就職したさ。どうして同じ都市の中でこんなにも差があるのか知りたくってな」
「答えはあったか」
「ああ。だがこれは騎士として就職する前、この国について勉強しているときに知ったよ。あの町に住んでいた先祖達が動物の肉を食っている事だってのがきっかけで、王族達から嫌われた。そんなくだらない事で俺達が苦しめられてきたと思うと怒りが込み上げてきた!宗教なんて言葉も知らなかったあの時の俺達が何故いまだに苦しめられないといけないんだ!!だから俺はこの変身できるスキルで王族を殺して回っていた。それが答えだ」
「そうか。で、お前は何か残せたのか」
「なに?」
「お前は何か残せたのかと聞いているんだ。1回目の死の時、俺は世界に飽きて世界を巻き込んだ自殺をした。だからそのあと何も残らなかったわけだが、お前の計画はまだ終わってない。憎き王族がまだ生きてる。お前の次に王族を殺そうとしてくれる奴はいるのかよ」
俺はそう聞いたがこいつは何も答えない。
おそらくいないのだろう。
こいつは単独犯である可能性が高い。
何でと聞かれると困るが、他に仲間がいた場合俺が女王様に成りすましていたこともバレていたと思うが、成功したという事は仲間がいないと俺は予想している。
そしてこいつが答えないって事は、後任もいないのだろう。
「いつか俺の代わりは勝手に生まれる。あの町がある限り」
「そうかもな。でもお前は過去の自分に価値がないとか言っておきながら、今の、その姿のまま過去を忘れて生きるという選択もあっただろ。そっちは選べなかったのか」
「選ぼうとしたことは何度かあったな。だが、それでも怒りが勝った」
「そうか。なんにせよ俺はお前を殺す。そのスキルを得るために何人も殺してきたんだろ。同情はしないし、お前の考えなんてこれっぽっちも共感できない」
「それでいい。下手に同情するくらいなら殺される方がマシだ」
「それくらいのプライドはあったか」
俺はあっさりと手刀で偽物の首を斬りおとした。
その殺されている間も偽物は堂々とした表情をしており、むしろ笑っていたように感じる。
念のため10秒待ち、また変身の効果を残していないかどうか確認したが変化はなし。
これで俺達の依頼は完了された。
結界を解除してユウも駆け寄ってくる。
「お疲れさま。その……後味悪かったね」
「そうか?俺は『嫉妬』の入手方法分かってるから同じ穴の狢程度にしか思わないけど」
「その言葉は知らないけど、だって全部復讐で終わったんだよ。この人の人生」
「人間どんなふうに生きるかは自分で決めるもんだ。貧民街で生まれようが、王族として生まれようがある程度は決められる。それにこいつ自身言ってただろ、全くの別人としてしばらく過ごしていたって。その時に過去を忘れて新しい生き方を選ぶのではなく、結局最後まであの貧しい町で生きていた怒りが勝った。こいつは一度だけ選択肢があった。そして選んだのがこの道なのなら俺達に言えることは何もない」
首から下の胴体と頭を別々に収納し、殺した証拠として持っていく。
と言ってもこの顔も全くの別人であり、おそらく人権すらないあの町の出身なら誰だったのか特定する事も出来ないだろう。
こいつは最後までただの復讐者として終わった。
『嫉妬』に支配された人生だったかもしれないが、このままあの町を放置していれば今回のような事は何度も起こるだろう。
まぁ俺はどうなろうが知ったこっちゃないが。
「…………どうしてこの人はこんな生き方を選んだんだろうね」
「さぁな。こいつがどんな考えで生きて、どうして王族を殺して回っていたのか分かんねぇよ」
「でもナナシは少し分かっているような感じがしたけど?」
そんな風に言っただろうか。
もしかしたら元の世界を捨ててこの世界に来たからだろうか。
元の世界を捨てて今の世界を選んだ俺、前の人生を捨てて新しい人生を選べるかもしれなかったこいつ、心のどこかで似ていると感じていたのかもしれない。
「まさか。理解できるとすれば誰かを殺してでも生き残る、強くなるってところまでだろうよ。それに俺は全く哀れんでない訳じゃない」
「どうして?」
「あいつは過去の自分を捨てたと言っておきながら、結局過去に縛られて今回の事件を起こした。本来の自分の姿を捨てておいて、それでも過去の怒りを捨てる事が出来なかった。だから哀れんでるんだよ」
おそらく今の男の姿で人生をやり直す機会は何度もあったのだろう。
過去を捨てたと言いながら復讐に走ったことに俺は哀れんでいる。
本当に過去を捨てきれていれば、復讐なんてしようとも思わない。
「とにかく報告だ。こいつの死体を持って女王様の所に行くぞ」
「うん……」
ユウは何かに引っかかっているような表情をしながら俺の後ろを歩く。