こっそり脱獄して説明中
「ただいま~」
「あ!本当に帰ってきた!!」
ホテルに着きみんなに向かって言うとユウが意外そうな声を上げた。
ネクストはほっとしたように息を吐きだした。
それ以外のみんなは心配していなかったようだ。
「当たり前だろ。大罪人が脱獄くらい楽にこなせないでどうする。それより飯ってまだある?」
「レストランはまだ開いています。あと……30分くらいで閉まりますが」
「マジ?それじゃ飯食ってから情報伝えるよ」
と言う訳で30分で飯を食い戻ってきてから話す。
「とりあえず俺が白って判断されるまでは3日間幽閉される。その間質問と尋問はあるだろうが拷問までは発展しなさそうだ。そしてこの事件はこの辺にいる連中がやっていると予想しているようだが……」
「そのような気力は全くありません。どちらかと言うとポーラさんに頼んで首都を出ようとしている者達の方が多いようです。この情報はポーラさんから直接お聞きしました」
レナが俺の予想をより正しいものにしてくれる。
つまりここに住んでいる連中のほとんどは王族に興味などない訳だ。
そうなると犯人は誰なのかと言う疑問に戻るわけだが……
「犯人の特定はまだだがあの騎士の言葉は何なんだ?犯人捜査に姫様なんて単語が出てきたんだが」
「お姫様が捜査しているの?そういうのって騎士の仕事じゃないの?」
「普通はそうだ。でも騎士の言った雰囲気から確信があるように聞こえたんだよな……」
「それはおそらく――」
「アナーヒターのスキルか魔法が理由よ」
レナの言葉を遮りながらポーラ嬢ちゃんが答えた。
レナはそのまま黙り、ポーラ嬢ちゃんに続きを言うように促した。
おそらく地元住民の方が詳しいと判断してだろう。
地元と言ってもだいぶ離れているが。
「現アナーヒターは予知の魔法、もしくはスキルを使う事が出来るらしい。年齢からおそらくスキルだと思われるが、どちらなのか知っているのは親族だけという噂だ」
「予知系か。それって占い系か、それとも魔眼系かによって結構変わるからな……」
予知スキルに関しては実は様々な種類が存在する。
1つは占い系。
占い系と言っているように道具を使って自分が確認したい過去、現在、未来を道具を使用して知る事が出来る。
ただし様々な占いがあるように種類が非常に多いので占いによって答えの出方が違う。
例えばタロットカードを使った占いなら出たカードの種類と位置によって答えは出るがどのような事が具体的に行われるのか分からない。
2つ目は魔眼系。
魔眼系はぶっちゃけるとスキルによる予知だ。
最も有名なのは『予知夢』と言うスキルであり、プレイヤーからすればごみスキルと言われるスキルだ。
何故ゴミかと言われているかと言うと、プレイヤーの場合疲れたら安全である現実世界にログアウトすればいいのでゲーム世界で寝る事はないからだ。
ゲーム世界で寝た場合寝込みを襲われる可能性があるため安全性に欠ける。その理由から『予知夢』のようなゲーム世界内で寝るという行動を必要とするスキルはごみと言われるようになった。
しかしこのスキル、ゲーム内のNPCにとってはかなり人気のあるスキルだ。
何故なら寝ているだけで様々な事を知る事が出来るからだ。
そのほとんどは未来自分に襲う危険に対してだが、使いこなせるようになったら様々な事を夢の中で体験する事が出来るらしい。
特に占いの精度が高いと言うのも特徴だ。
だがそのスキルを王族が持っているとなると……厳重に管理されているだろうな。
「やっぱりどんな風に占っているかは極秘か」
「当然だ。特に現アナーヒターの占いの的中率は非常に高いと噂だ。もしかしたらだがアナーヒターはその予知の魔法で寝込みを襲われても無事だったんじゃないかと予想している」
「それが自然だな。騎士に聞いたところお姫様が襲われたのは深夜3時、普通に寝てたら暗殺完了だ。それを回避したとなると事前に知っていた、と考えるだろうよ」
そうなると予知系の魔法かスキルを持っているのは確定だな。
そこからの問題はその精度の高い占いで俺の姿を確認されたという点だ。
でも実際に深夜3時は俺寝てたし、殺しに行く理由もない。
殺すくらいなら犯して孕ませて俺の子を産んでもらう。
「そういえば……人魚姫の種族って何?」
人魚にも様々な種族があり、何かしらの海獣の人魚だが詳しい種類を聞いていない。
ポーラ嬢ちゃんに視線を送るとため息をつきながら言った。
「ベルーガだ」
「シロイルカかよ。運ねぇーな俺達」
ベルーガ、日本で言うとシロイルカ。
イルカと言う単語が付いているが背びれはなく見た目はクジラに近い海獣。
「やっべ~、俺達あいつらが神様扱いしている連中食っちゃったんだけど。よりにもよってシロイルカかよ」
「私達の一族と仲が悪い理由、分かるだろ」
「分かっちゃったよ。そりゃ嫌うよな、神聖視している動物を殺して食ってる連中なんか」
「どういう事?」
「あいつらモビーディック・ムーンを神聖視している最大派閥だ。だから俺達の事も多分嫌いだろうって話」
「あちゃー」
本当にあちゃーだよ。
そうなると話でどうこうできる感じではないよな。
「でもどうするの?この都市に『嫉妬』持ちがいるかもしれないんだよね?旦那様」
「あくまでも可能性だったが、俺から見るとほぼ確実にいる。幻覚系の魔法が効果なかったからな」
「なにそれ?」
ジラントが聞いてくるので答える。
実は確信を持てる理由が1つだけあるのだ。
「実は『予知夢』や『未来視』といったいわゆる占い系スキルでは幻術の効果が現れねぇんだよ」
「え、なにそれ初耳なんだけど」
「仮に占う相手を襲ってきた相手で調べた場合、相手が幻術を使っているかどうか関係ねぇんだよ。仮に昨日のお姫様暗殺未遂、これが幻術で行われていたのなら俺ではなく俺の姿を幻術でごまかした誰かの姿が映るはずだ。だがそいつは完全に俺の姿で現れた。これは『嫉妬』で肉体を根本から変化させないとできない事なんだよ。『嫉妬』は幻術ではなく、肉体そのものを変形変質させるものだからな」
「つまりナナシがここにいるのにナナシが殺そうとしたように見えたのは……」
「『嫉妬』持ちが俺の姿を模倣した。だろうな」
俺は何気なく言ったが周りの空気は非常に重かった。
空気は絶望的と言うか、絶対に倒せない相手に出くわしたような雰囲気がある。
「どうした?何でそんな暗くなってんの?」
「何でって、理解できないのナナシ?」
「全く分からん。むしろ何でそんなお通夜みたいな空気出てんの??」
俺以外の全員がため息をついた後ネクストが代表するように言った。
「おそらくマスターを模倣した相手と戦わなければならないという状況を重く受け止めています。私もマスターには勝てないので非常に厳しい戦いが予想されます」
「あ~そんな事。ダイジョブダイジョブ。多分」
「多分って何!?」
ユウが驚いているが本当に俺の中では大丈夫だと俺は思っている。
何せ『嫉妬』には1つ弱点がある。
「それじゃ『嫉妬』の弱点について教えておくか」
「弱点?」
「そうそれは経験と知識だ」
「………………?」
「つまり俺のスキルを使いこなせるとは限らないんだよ。それに体格差だけじゃなくてレベル差も激しすぎるとうまく体を動かす事が出来ない。オチはギャグマンガだな」
「…………ごめんよく分かんない」
ユウが理解できていないようなのでもっと詳しく話す必要があるようだ。
なら丁寧に話してみるか。
「えっと、ユウは突然手に入れたスキルがどんなもので、どうやったら使いこなせるか分かるか」
「え、普通使いこなせるでしょ?突然って言っても今までの戦闘とか自分が今欲しいスキルが手に入る事があるんだから使い方も元々持ってたスキルの感覚で使えるでしょ?」
「普通はそうだな。でも『嫉妬』は違う。『嫉妬』は自分の戦闘経験や思考などは一切関係なく唐突に手に入れるものだ。文字通り他人の身体で他人が今まで得てきたものを使うんだから当然だな」
「でもそれを突然使えるようになるのが『嫉妬』でしょ?」
「実は『嫉妬』って手に入れたスキル、つまり他人のスキルをどうやって使えるのかどうか教えてくれるわけじゃないんだよね。だから知識、そのスキルはどのように使用し、どのような効果を発揮するのか自分で一々確かめる必要があるんだよ」
「…………つまり?」
「俺の身体を模倣したからと言っていきなり俺のスキルが使えるわけじゃないって事」
「いやいやいや、ナナシは全部使ってたじゃん。武器系スキルも初めて見るスキルも変身して使いこなしてたでしょ。あれどうやってたの?」
「それこそただの経験だ。結界を張る感覚は知ってるし、オーラ系も使える、そんな使った事のあるスキルの最上位が俺とお前の持つ『大罪』と『美徳』スキルだ。ぶっちゃけ全スキル経験しておけば使える」
平然と言ったが何故かユウは口をぽかんと開けて固まっている。
何故固まっているのかは分からないが説明を続ける。
「最後にレベル差だ。基本的にレベルが変動する事はない。経験を積んで上げる事しかできない。あとから減ったりすることはない。まぁ偽装系スキルでレベルをごまかすことは出来るが、あくまでもそれは記録上の話だな。で、問題はここから。確かに『嫉妬』は理論上レベル1の子供がレベル99の俺に変身する事もできる強いスキルの1つだ。だが変身中は自分のレベルが上がる事はない」
「え、そうだったの!?」
「そうだ。つまり俺に変身してどれだけ人を殺したとしても本人のレベルは1つも上がらないでメリットがある。だからこそ少しでもレベルの高い相手に変身して有利に進ませる必要がある。それからデータは3つしか残せない」
「3つ?」
「ぶっちゃけると2つだけどな。メインデータ、これは普通元々の自分自身だ。そのほかに2つ変身する相手を見なくてもストックとして残しておく事が出来る」
「つまり……?」
「……つまり相手を直接見なくても過去に変身した相手2人までならいつでも変身できるって事」
「やっぱりそれ強すぎない?いつでも強い誰か、ナナシに変身できるとなれば相当強そうだけど」
「どうだかな。ちょっと時間はかかったが本当の問題はレベル差。レベル1の子供がいきなりレベル99になってその身体上手く使いこなせると思うか?」
「…………あ」
「俺が前ユウに変身してやり辛いって言ったろ。それはあまりにもレベル差、ステータスに差があったからだ。仮に俺がユウ以外の誰かに変身しても変わらないだろうな。ここにいるのは全員レベルは高いが、獣人、ドラゴン、エルフ。種族差があると五感の感じ取り方が大きく違う。それに俺の場合すでにレベル99だからな。素の状態の方が強いから普段はただの情報収集程度にしか使えねぇんだよ」
俺の場合は弱い奴にしか変身できない。
レナ達は種族がそもそも違うので感覚が狂うから変身出来るけどしない。
レベルをカンストすると死んでしまうスキルはたまにあるが、まさか大罪スキルもそうなるとは思ってもみなかった。
ちょっと残念。
「それじゃその誰かがナナシに変身しても使いこなせない?」
「あくまでもおそらく、だけどな。レベル差がなければ肉体的には使いこなせるだろうが、スキルの方はかなり癖が強いから使いこなせるとは思えない。特に『大罪人』は大罪スキルの混合物、1つ使うつもりがいくつも発動して訳分からんことにならないと良いが」
俺が怖いと感じるのはそれだ。
スキルを無理やり使おうとして暴走し、その結果訳の分からないことにならないかが心配だ。この都市が壊れたら俺達を襲うのは水圧と海流の暴力。
全員で固まっていればユウの結界で命は無事かもしれないが、どこまで流されるかは分からない。
そのままよく分からない世界を冒険するのも楽しいかもしれないが、できるだけ避けたいところだ。
「マスターに質問ですが、マスターはマスターの偽物に勝つ自信はどれほどありますか」
「当然100%に決まってるだろ。大罪人が偽物に負けるとかありえねぇから」
「では仮にその偽物がマスターの前に現れた際マスターが対応するという事でよろしいでしょうか」
「何でそんな確認を取る?確かにネクストのレベルだと勝つのは難しいと思うが」
「ここにいる者達では判別する事は不可能ではないか、と言う懸念があるのですがどうなのでしょうか」
「…………できない事はないが、難しいだろうな匂いや心臓の音は同じだろう。あえて判別できるとすれば戦い方か?判断材料は少ないだろうな」
「では我々は手を出さない方がよいのではないでしょうか」
「まぁそうだな。とりあえず今のところは俺に任せておけばいい。そいつがお姫様だけ狙ってるのなら俺達が関わる事はなさそうだからな」
それから1つ言っておかないといけない。
「一応俺は3日間幽閉される。その間檻でおとなしくしているつもりだから外で俺の偽物がいたらマーキングしておいてくれ。多分そいつ偽物だから」
「……マーキング?」
「マーキングっていうのは自分の魔力を相手に張り付けて相手の位置を特定するための技術だ。魔法とも呼べない技術だが格下相手にはかなり有効な手段だ。やり方はサマエルに教えてもらうと良い」
サマエルに頼みながら今後の予定はこれで終わりだ。
明日っからは暇な幽閉生活だが、ユウ達は楽しんでくれると良いな。