規格外
港から出て9日目、ようやくモビーディック・ムーンがでそうなところに来る事が出来た。
ただこれから突っ込むところが相当厄介そうだが。
「あの嵐の中にいるのか?」
「そうだ。あの雨雲の下にモビーディック・ムーンはいる」
俺の言葉に双眼鏡で雨雲を確認しながらポーラ嬢ちゃんは言った。
「俺がメルヴィルと仕留めに行ったときはあんな雨雲なかったが?」
「しかし今回仕留めるモビーディック・ムーンは発見当時から常にあの雨雲の下にいる。おそらく特殊な個体なのだろう」
「天候操作できる個体を特殊の一言で片づけられるあたり流石だな。で、雨雲の大きさはどれくらいだ」
「およそ50キロと言ったところか。あの雨雲の下のどこかにいるはずだ」
「……これはあくまでも仮だが、本当にそのモビーディック・ムーンがこの雨を降らせているならおそらくこの雨雲の中心部分にいる可能性は高い」
「その理由は」
「この雨雲をモビーディック・ムーンが起こしているのなら自分自身を中心に行う方が効率がいい。きっとモビーディック・ムーンにとって有利に働く結界の一種だと思うし、1番安全なところに居たがるだろうからな」
「なるほど。なら我々の目標地点は――」
「あの雨雲の中心だ」
「『総員あの雨雲の中心に突っ込むぞ!!』」
ポーラ嬢ちゃんが通信機を使って船員に通達する。
うちの連中も聞いていただろうが一応迎えに行く。
「おいお前ら~、そろそろ仕事の時間だぞ」
「あの真っ黒な雨雲の中心に突っ込むって本当?」
「本当だ。あの中心に獲物がいる。ユウは指令室、他は甲板に出るぞ。ネクストは行けるか」
「船酔いにも慣れました。行けますマスター」
「ジラント」
「……あの雲の下に突っ込むって事はこれ以上に船が揺れるって事だよね」
「そうだろうな」
「……なら先にドラゴンの姿に戻って飛んでてもいい?そうすればよいも少しは良くなると思うから」
「分かった。ズメイも一緒に行ってくれ。できればぎりぎりまで体力を温存させておいてほしかったが、付き添いは必要だ」
「承知しました」
もうすぐ突入する真っ黒い雲を窓から見ながら俺は確信する。
おそらくあの雲の下はかなり荒れている。大嵐と言って間違いないだろう。
自力であれほどの天候操作ができる化け物クジラがどんなものか確かめてみたい。
俺は好奇心と興奮が全く収まらず、早々に甲板に出た。
視線の先には想像以上に巨大な黒い雨雲。
あれが1体のクジラによって起こっているのであれば相当強いのはほぼ確定だろう。
普通なら絶対に避けるであろう嵐の中に自分から突っ込んでいくのだから自殺しに行くようなものだ。
そんな中まだ軽く酔っているジラントがドラゴンの姿に戻り、空を飛ぶ。
『ふぅ。飛んでる方が楽かも』
「ジラント。軽く偵察しに行ってもらってもいいか?」
『分かった。それで連絡はどうする?』
「俺の隷属の首輪で連絡すればいいだろ。ズメイは護衛となんかあった時のために一緒に行ってくれ」
「もちろんです」
ズメイもドラゴンの姿になり空を飛ぶ。
2体のドラゴンの大きさはほぼ同じ、ズメイの方が頭1つ分大きいか。
先に嵐に向かって飛んで行ったが雷に打たれて死ぬようなヤワな奴らじゃないから大丈夫だろう。
問題はここに残るユウにネクスト、白猫達だ。
白猫は完全にペット扱いだから無理に戦闘に出てくるようなことはしないと思うが、あいつ雨嫌いだし、船が沈むようなことはないと思うがそれはユウの実力と指揮官の腕次第か。
なんて思っているとポーラ嬢ちゃんと共に泳いでモビーディック・ムーンを仕留める人魚達が甲板に現れた。
「気が早いな」
「それはそちらも同じだろう。しかし先鋒にドラゴン2体とは恐れ入る」
「あいつら頑丈だから。それにドラゴンっぽいのはもう1人いる。サマエルは準備良いか」
「いつでもお呼びください。ご期待にお応えします」
こうして答えてくれるサマエルはいつもの残念な姿が見えない。
まぁ戦闘時も残念な状態だったらろくに使えなさそうだけど。
こちらの準備は万全になったところで俺達は嵐の中に突入した。
突入してすぐ分かったことはこの嵐はやはり意図的に発生させられているものであるという事だ。
雨雲に入ってすぐ波は荒れ、暴風雨が俺達を襲う。
雨粒はすでにぶつかっただけでも痛みを感じるほどの速度でぶつかってくるし、波と風の影響により船は大きく上下左右に揺れる。
あまりにも大きく揺れるものだからほとんどの船員は倒れてゴロゴロと転がっている。
何とか柵などにしがみついている船員もいるが、巨大な波が彼らを襲い、すでに何人か海の中に落ちたようだ。
「こりゃ想像以上に大変な狩りになりそうだな」
「そうだな。これほどの嵐は初めてだ」
俺とサマエルは平然と立ち、ポーラ嬢ちゃんは踏ん張ってどうにか耐えているという感じ。
ネクストはすでに倒れて四つん這いで必死に耐えている感じだ。
こりゃ防御は指令室にいるユウに任せるしかないかもしれない。
なんて思っていると早速ユウの結界が発動され、嵐と波から俺達を守ってくれる。
その間に落ちた船員を探したり、落ちなかった船員達は体勢を立て直す。
「最初から作戦を考え直すか?この状態じゃこの船もろくに機能しないぞ」
「そう……かもな。以前はここまでではなかった。まさか成長したとでもいうのか」
「もしくは変なもんでも食ったんじゃないか?前に仕留めたモビーディック・ムーンも腹の中にいろんなもん飲み込んでやがった。その中に天候操作の魔道具……は飲み込んでるわけないか。そんなもんあったらとっくに国宝級だ」
「では鉱物の可能性はどうだ?私の銛のように」
「ないっとは言い切れないか。マリンストーンの海底鉱山でも見つけたか?」
マリンストーンとは武器を作る際に属性を与える鉱物の一種。前に出てきたウィンドストーンやウェザーストーンの水属性バージョンだ。
マリンストーンは深海にある海底火山の近くに存在する鉱物であり、海の深さから採取できるのは人魚達だけだ。
たまに大陸の隆起でマリンストーンが地表に出てくることもあるが、量は少なく希少性が高いため地上ではめったに採取できない。
モビーディックの属性はもちろん水。仮にその力を増強させるマリンストーンを食べた場合水を操る力が増強してもおかしくない。
「それからもう1つ聞いてもいいか」
「何だ」
「この船流されてるよな」
「ああ。青い空から随分遠ざかってしまった」
「これモビーディック・ムーンに誘導されてね?」
「可能性は高いな。嵐を操るのであれば海流を操れてもおかしくない」
『ちょっと旦那様!!すっごくヤバいんだけど!!』
「どうした」
落ちた船員を助ける船員を見ながらジラントからの連絡が来た。
ずいぶん急いでいるというか慌てている感じがする。
『モビーディック・ムーンだと思う魚影を見たけど、3キロはあるくらいデカい魚影なんだけど!?』
「多分そいつだ。見失うなよ」
『こんなバカでかいの見逃せないって。それよりもそっちにどんどん近づいてる!!』
「向こうからお出ましか。今はユウの結界に守られているから攻撃は多分大丈夫だが、丸飲みされそうか?」
『ギリギリ丸飲みされないとは思うけど……縦だと簡単に食べられそう』
「よし。なら最初の一撃は耐えた後に即攻撃するぞ。おそらく1度潜って下から攻撃してくるだろうからギリギリまで見失わないよう見張ってくれ」
『あ~……ごめん。もう無理』
「は?」
『たった今潜って魚影が見えなくなった。多分攻撃を仕掛ける準備入ったと思う』
「ポーラ嬢ちゃん!!」
「総員攻撃に備えろ!!」
その次の瞬間、上から下に叩き付けられるような衝撃が俺達を襲った。
ほとんどの者がその圧力に屈し甲板に身を伏せる中、俺は端まで走って見下ろした。
そこにいたの真っ白なクジラ。
まだ顔しか見えないがその巨大すぎる顔だけでこの船を簡単に丸飲みする事が出来るほどであることは簡単に悟った。
そしてこんなデカいだけの船はモビーディック・ムーンにとっておもちゃにしかならない事。
何よりその目は絶対的強者の目。
頂点捕食者として堂々とした圧倒的オーラを身に包み、こちらを見ていた。