依頼達成
行きも帰りも転移で楽勝と言う普通ではありえないような事を普通にやってのけた俺。
戻ってきたのは愛車をしまった聖国が見える崖の上だ。聖国は中心にある大聖堂が非常に強く光っており、偉大な大聖堂と言うよりは監獄から脱走者が現れたような姿に見える。
とりあえず男の子の救出と、おまけで女の子を1人拾ってきたわけだが……あの神様と会う方法はどうすればいいんだろう?
「あはははははは!!こんなに早く仕事を終わらせてくれるだなんて思わなかったよ!!しかも物凄いおまけ付きで!!ざまぁ!!」
夜だと言うのにハイテンションで大笑いが頭の上から聞こえた。
見上げてみると俺をこの世界に呼んだ女の子、悪の神がそこにいた。
真っ黒なゴスロリ服を着ているにもかかわらず、どうしてか夜に紛れてしまうことなくはっきりと姿をとらえることが出来る。
そしてふとこちらに向かって優し気な笑みを浮かべる。それは俺達に対してではなく、俺に担がれている男の子に向かっての表情だ。
悪の神と言うには非常に穏やかで、慈愛に満ちた表情をしているのだから悪だとは思えない。ただ1人の男の子のことを心配していた女の子にしか見えない。
悪の神はゆっくりと降りて元のいたずら好きそうな笑みに戻りながら俺に言う。
「いや~本当にこんなに早く仕事を終わらせてくるとは思わなかったよ。そんなにご褒美が欲しかった?」
「いや。ただ面倒臭そうだからさっさと終わらせただけ。この男の子で合ってるんだよな?」
「その子だよ。その子が私の夫。早く渡して」
「ほい」
そう言いながら男の子を下ろしお姫様抱っこ状態で渡すが……持てるのか?
なんて思っていると悪の神は急に成長し、成人女性の姿になった。意外と女性らしい豊満な胸と尻、アストライアよりも大きいのでかなり女としての部分が強いように感じる。
しかも色香と言うのか、先ほどまでは女の子らしい可愛らしいゴスロリ服だったのが大人っぽいドレスに変わっているのだからさらに驚いた。動作の1つ1つが色っぽく、男を誘うような動きに見えるのは何でだろう?
俺自身に魅了のバッドステータスはついてないし、本当にただそう感じるだけのようだ。つまりスキルとか関係なく、ただ色っぽいだけ。
そんな女性が男の子を抱きかかえて、男の子を大切に、愛おしいと言う表情を隠す事をしないのだから姉ショタだ。なんて無駄な感想が頭に浮かぶ。
「助けるのが遅れてしまってごめんなさい。でももう大丈夫。だから私とずっと一緒に居てね、もう決して放さないから」
セリフだけ聞くと特に悪い言葉じゃないんだが、目のハイライトが消えてるからヤンデレ感マックスだぞ。それとも元からヤンデレか?
悪の神は男の子を抱えたまま俺にいつもの調子で聞く。
「それで、ご褒美は何がいい?神だから大抵のものは叶えることが出来るわよ。あ、でもいくら私が綺麗だからっておさわりはなしよ。私はこの人の物なんだから」
いたずらっぽい表情はまだ女の子の姿の時の面影が残ってるな。
やっぱりただ見た目が変わっただけなのかもしれない。
「そんなつもりはないから安心しろ。俺だって相手を選ぶ。それから褒美はまだ決めてないからもう少し考えた後でもいいか?」
「そう?ほしい物が決まったらいつでも呼びなさい。それじゃ私達は帰るわね。早くこの人の事を癒さないと」
ふふふといやらしい笑みを浮かべているので男の子を狙った性犯罪者っぽい。
しかし彼女は俺のそばでただじっとしている女の子の事を見て楽し気に、意地悪気に笑みをこぼす。
「それにしても……ふふふふふ。その子を奪ってくるだなんて想像以上の働きね。気分がとってもいいわ」
「それじゃその気分がいいうちに聞いておきたいが、この子は誰だ?俺とはまた違った意味で異常な存在なのは何となく分かるが」
「あら?まだ知らなかったのね。今その子の主はあなたなんだからその子のステータスはすべて見れるでしょ」
確かにそうだが……ステータスを見てわかる事と分からない事があるんだよ。
そう思いながら俺は女の子のステータスを見る。
ステータスが見れるという事は完全に俺の奴隷として登録されているという事だ。主人がいない逃亡奴隷と言うのはたまに聞くが、実際にいるとは思えない。奴隷の首輪は非常に強固で魔法ではあるが呪いではないので解呪系の魔法で壊す、なんてことはできない。
首輪から解放される方法はいくつかあるが、どれも難しい。
まぁ見て分かる事はとりあえず見て確認するかと思いながら俺は女の子のステータスを見てみる。
『名前 ―――― Lv53
状態 隷属
称号 勇者 ポラリスの象徴
スキル 正義 希望 勇気 信仰 知恵 節制 愛』
………………は?
「ちょ、ちょっと待て。こいつ勇者なの!?しかも称号にポラリスの象徴って書いてあるんだけど!!」
「ええ本当よ。だからおかしくっておかしくって、つい大笑いしちゃったの。これだけ思いっ切り笑える事はなかなかなかったわよ。これであいつの信仰力もダダ下がりね」
悪い笑みを浮かべながらクククと嗤う悪の女神。いや~めっちゃ雰囲気出てますよ。明らかに悪役!って表情で笑ってるから。
それにしてもこいつ勇者だったのか……確か勇者の称号を得るにはかなり難易度が高いと聞いた事がある。確か条件は何らかの美徳系スキルの取得、そして多くの人に認められる事、だったか?
この多くの人に認められる事、というのが難易度が高く、具体的にどれぐらいの人数に認められればいいのか不明のままだったと思う。最低でも俺がプレイしている時に『正義』は確認されていなかった。
恐らくその部分はポラリスの象徴と言う所が関係してくるんだろう。
この大陸最大の宗教が認めたから勇者として他の人も認めた、というのが俺の予想だ。流石に国1つ分ぐらい認められていれば勇者の称号は手に入るんじゃないだろうか?
それからこいつ美徳スキルを6つも持ってる。
こっちはこっちで難易度が非常に高かったはずだ。
俺の大罪系スキルの真逆のスキルであり、防御に特化しているとは噂では聞いていたが実際に取得してる奴と戦うのは2回目だ。
1回目は俺の事を捕まえた6人のプレイヤー達。流石に美徳系スキルは1人1つだった様だが、ここまで苦労する事はなかったんだけどな。
あと俺が知らないスキルが正義。これなんだ?
――スキル『正義』――
美徳系スキルの1つ。
使用者が指定した半径1メートル×レベル以内に絶対防御結界を発生させる。その代わりこちらも結界内から攻撃が出来ない。
なるほど。最後の美徳系スキルはこいつだったか。しかも絶対防御って実在してたんだな。
噂でしか聞いた事のない絶対防御スキルが存在すると聞いていたが、結局誰も見つける事ができずどこかのプレイヤーが流したデマと言う形になっていたが、美徳系スキルなら納得だ。
大罪スキル同様に取得難易度が非常に高く、その情報が出回る事はまずない。もし見付かったとしても大罪系シリーズと美徳系シリーズは早い者勝ち、つまり先に誰かに取られれば他のプレイヤーには手に入れる事ができなくなる。
しかもまたスキルが手に入る様になるにはスキル所有者が死ぬのを待つしかない。殺せるのであれば殺して取得しに行けばいいのかも知れないが、取得するためのクエストに失敗したら意味がない。
そのため現実的に考えるのであれば無理に大罪、美徳シリーズに手を出さずに今持っているスキルを成長させる方がいいと言う人も少なくなった。
「でも何でポラリスの信仰がただ下がりになるんだ?」
確かにポラリスの象徴と言う称号があるようだが、だからと言ってポラリスには何の影響もないはずだ。
そう思って行ったが悪の神は言う。
「だって基本的に多くの人間を守っていたのはその子だもん。特に正義の効果で結界を張って人々を守っていた事も多いから。戦争だ、大型の魔物が襲ってきた、なんて時には必ずこの子が前線に居たからただの人間達も勇者として認めていたんでしょう。それにしても……ぷぷっ。あのバカの策がここまで裏目に出るなんて、ほんとしばらく楽しく暮らせそう」
「裏目?そう言えば俺は何で強欲でこの勇者を隷属できたんだ?この正義スキルは状態異常までは防御出来ないって訳じゃないんだろ。そうでなきゃ絶対防御スキルなんて言えない」
「そうね。それには理由があるのよ。その子を隷属していた神からあなたはその子の所有権を奪った。これが正しい表現よ」
「神から隷属権を奪った、か。なんで神は勇者を隷属させてたんだ?」
「ただの保険よ、保険。あの根性なしの根暗がいつ勇者が裏切ってもいいようにこっそり隷属させて、教会の人間に勇者が裏切らないように神は絶対!みたいな感じで教育させてたのよ。と言っても今の状態だとナナシが神様って事になるのでしょうけどね」
俺が神様ね……気持ちわる。
俺には絶対そう言うの向いてない。そんなもんになるぐらいなら普通の人生送るね。
「でもあの場にその神は居たのか?」
「いる訳ないじゃない。ただ神の隷属権は正義スキルによる結界とか関係ないから、隷属させている繋がり、糸みたいなものが出ていたからそれを奪ったんでしょうね。ナナシは勇者に向かって強欲を使ったでしょ」
「ああ。普通なら相手の奴隷を奪う際には奴隷じゃなくてその主から奪う訳だからな。奴隷は所有物で、対象にならないんだろ?」
多くの奴隷に命令して、主人は遠くの場所から眺めていると言う感じで俺に攻撃してきた連中はそれなりに居る。
だって奴隷が使っている武器なども奴隷の所有物ではなく、主人から借り受けた物、という判断になっている様なので強欲が効かないのだ。
この辺は相手が持ってるんだから奪えるだろ、と言いたいところだができないのだからしょうがない。
「その通り。だからこれはほとんどバグ技ね。本来の対象である勇者が絶対防御で守られているので、唯一結界外にあった隷属権を掴んでしまった。こんな所でしょ」
「でもそんな奴隷との契約関連を逆に使うって本当に狙ってできないのか?」
「無理。特に今回は神の隷属契約よ。と言ってもその子自身はそんな契約した覚えないでしょうけど」
「…………は?それってあれじゃないか?なんだっけ、洗礼?を受けたからとかそんなところじゃねぇの?」
「違うわ。その子は最初から勇者候補の1人として育てられた教会の子供よ。あなたを捕まえた6英雄の血を引く子供の1人でもある。またあなたのような存在が現れてもいいように美徳シリーズの入手方法を書いたノートをこの国が手に入れ、全ての美徳シリーズを集めたのがその子だったから勇者に選ばれただけ。それ以外の道は用意されていなかったから他の子達は廃棄された様だけど」
「廃棄って事は――」
「殺されたって事よ。持病を持って生まれた子、他の子より発達が遅れた子、単純にバカな子、そんな子供達はみんな殺されていったわ。勇者を作り出すと言う大義でね」
………………
いや~……ここまでわかりやすいクソプレイされるとポラリスを滅ぼした方がいいんじゃないかと思ってきた。
まぁ滅ぼそうと思えば多分できない事はないと思う。
目の前の女神もいるし、例のご褒美でそれを願えば簡単にかなうのかも知れない。
でも出来れば俺の手で滅ぼしたいな……どうしても無理そうだったらその時はご褒美で手伝ってもらうか。
「とりあえず色々分かった。それじゃ勇者はこのまま俺の所有物って事でいいんだよな?」
「それでいいわよ。私は特にいらないし。それじゃ」
そう言って悪の神は男の子を連れてどこかに消えた。
さて。
こうして残ったのは俺と自分の話をしていたのに一切話に交わらなかった勇者ちゃんだ。
とにかくこの子は感情が乏しい。と言うか全然ない。
さっきからずっと無反応だし、かと言って1人で何かしている訳でもない。ただじっと銅像か何かみたいに動かずじっとしているだけで何かしようとすらしない。
ここまで何も感じない相手は初めてだ。
「あ~……とりあえず離れるぞ。バイク大丈夫か?」
俺が愛車を取り出しながら聞くと頷いた。
とりあえず呼びのヘルメットをかぶせたが……ぶかぶかだな。
とりあえず次の町でこの子用に服とか色々買い揃えないといけないな、と感じながら俺はこの西に向かって愛車を進ませるのだった。