捕鯨する事に決めました
館長室で待っていたのは爺さん、メルヴィルとは違い華奢な女性だった。
きっちりとスーツを着たすごとのできるOLの雰囲気と言うか、キャリアウーマンと言うか、雰囲気はアストライアに似ている。
胸はあまり大きくなさそうだ。
彼女はデスクに肘をつきながら俺の事を面白そうに見つめてから言う。
「君が例の合言葉を言った男性か。初めまして、私はポーラ・メルヴィル。この博物館の館長でありすぐ近くの工場の社長でもある。よろしく頼む」
「あ、ああよろしく。ところであんたは爺さん、メルヴィルとどんな関係だ?」
「私は鯨王の子孫だよ。彼はモビーディック・ムーンを仕留めた後、国から金と地位を得た。その金で工場を起業し盟友との思い出を残すためにこの博物館を作った。それが私の知っている事だ。それから座ってほしい」
ポーラと言う女社長に驚きながらも俺達は腰を掛ける。
俺はてっきり爺さんがやっていたようなギャングの続きでもしているとばかり思っていたので本当に意外だ。
俺達が腰を掛けたのを確認してから彼女は再び口を開く。
「それで君たちは何故ここに来たのかな?」
「人魚の国の首都に行きたい。そのための書類を発行してもらいたい」
「なるほど。私達に頼むという事は表沙汰にはしたくないのかな?それとも罪人かな?」
「俺は罪人だ。300年前にもあんたの先祖の力を借りた。その条件としてモビーディック・ムーンの捕獲を協力した」
「それで我が先祖は地位と名誉を得たと。手記に書いてある通りだね。だからこそ確認させてほしい」
「……何をだ」
「君はご先祖様の盟友本人なのかな」
彼女の瞳はまっすぐで力強い。
その瞳をどこかで見たことがある気がして見つめ返す。
ただ彼女の質問に対して答えるのではなく、ただなんとなく感じた既視感の正体を知りたくて俺は彼女の目を見続ける。
「分からん。俺の事をどんなふうに伝わっているのか分からないし、300年前の任であることを証明する証拠もない」
「それじゃこの質問に答えてもらおうか。私の先祖はどんな人だった」
「酒好きで女好きのスケベ爺。でも義理人情にあふれてたから町の連中には慕われていた。捕鯨をしていたのもこの町の食糧難をどうにかしたいと考えていた答えだと言っていた」
「…………その言葉、信じよう。さてそれじゃ商売の話をしようじゃないか。君達全員分の書類を用意する代わりにこちらの商売に協力してもらう」
「意外だな。真っ当に金稼いでいるのに裏稼業も相変わらずか」
「当然。この町は酸いも甘いも一緒に飲み込まないとやっていけないからね。私達は先祖の代からやっている仕事を継いで少しでも人を救うつもりだ」
「……どういう事?」
ずっと黙っていたユウが声を上げた。
それについて俺の方から簡単に説明する。
「この町は簡単に言うと国の端っこの端っこなんだよ。一応人魚を物珍しさから奴隷にする連中も全くいなかったわけじゃないし、人魚から見ると住みやすい環境は言い辛い。首都から遠いから食料とかの供給も遅くて量も少ない。あと1番の問題は食料に関する偏見か。ここでは普通に海獣の肉を食うけど首都の連中は養殖した魚を中心に食べてる。そんな感じで色々と差が生まれてるんだとさ。と言ってもこれは300年前の歴史だけど現在はどうなってるんだ?」
「その思考の差は今も広がっている。我々は海獣を食らうが首都にいる連中はお上品に魚と海藻、あとは貝類を食べている。あいつらの主張も分からないではないが、海獣と私達は完全に別種だというのに」
「…………どういう事?」
「簡単に言えばレナは狼の獣人だ。その狼の獣人が狼を食うのはダメなんじゃないかっていうのが首都にいる連中の主張だ。言っていしまえば食文化の違いによる差別だな」
「え?人魚って魚に近い人じゃないの?」
確かに字面から想像しやすいのは確かに半分魚の姿だろう。元の世界でも人魚と聞けば下半身魚の姿を想像するだろう。
だが実際には彼らは人間と変わらない足があり、海の中で泳ぐ際に足がひれに変化する。
それにひれと言っても魚のひれではなく海獣、つまりイルカやアシカ、アザラシと言った動物のひれに変化する。
元の世界ではセルキーと言う妖精のような存在がいる。
伝承によればアザラシの皮を着る事で人間の姿からアザラシの姿になるらしく、個人的にはそれに近いと考えていた。
と言っても人魚と言われるだけあって海の中では上半身は人間で、下半身だけ変化するが。
「陸の上では普通に足あるぞ。そこの黒服さん達にも足あるし、ポーラ嬢ちゃんにも足はあるぞ」
「え!みんな人魚だったの!?」
「ついでに言うとメルヴィルの血を引いてるのであればおそらくシャチの人魚だ。それとも他の血と混じって別の人魚か?」
「いや、君の推測通り私達はシャチの人魚だ。と言うか私達のような戦闘に特化した人魚でないとモビーディック・ムーンを仕留める事なんてできやしない」
「えっと……それじゃ裏稼業っていうのは……」
「海獣を狩り、それを市場に卸すことだ。まぁこれに関しては普通の魚も加工しているのでここではあまり裏ではないが、首都の方から見れば十分黒いな。そして君達のような訳ありの者を都市に招き入れる方は正直小遣い稼ぎ程度のものだ。と言ってもそれなりの額をいただくが、首都に行く理由によって金額は変わるがどうするかな?」
「目的は観光だから1週間滞在したい。こいつに人魚の首都を見せたいだけだ」
俺がユウの頭に手を置くと彼女は意外そうに眼を大きくする。
そしてクスクスと笑いだす。
「失礼。しかし何だ、彼女は君の娘かな?」
「いや、ただの奴隷」
「ただの奴隷と言うには随分と身綺麗だし血色も悪くない。もしかして愛人としてかな?」
「こいつはまだまだ子供だぞ。俺はロリコンじゃない」
「ふむ。地域によってはすでに成人として扱われていてもおかしくない見た目をしているが……しかし困った。人数はともかくそのくらいのごまかしだとこちらの要求が大きすぎる。どうにかもっと要求を大きくしてくれないかな?」
「要求を大きくしろだなんて初めて聞いた。そちらは何を頼むつもりだったんだ?」
「モビーディック・ムーンを仕留める」
菓子に手を伸ばした俺の手が止まった。
俺は正気かと思いながら目を見るが、どうやら正気らしい。
「なぜモビーディック・ムーンを求める。まさかメルヴィルの時みたいに夢とでもいうつもりか?」
「半分は正解。しかしもう半分は現実的な問題だ」
「現実的?」
「ここ50年ほど暴れているモビーディック・ムーンがこのあたり一帯の魚を牛耳っている。これ以上放っておけば周囲の漁場からすべての魚が消えてしまう。そのためにモビーディック・ムーンを討伐する必要があるとこちらは判断した」
「それで、お前たちだけで挑戦したのか」
「した。結果は大敗北。先代、つまり私の父と精鋭達が立ち向かったが逆に立ち向かった者達のほとんどが殺されてしまった。父と数人の幹部はどうにか生き残ったが、足を失ってしまってな。もう二度と泳ぐことは出来ないと医師に判断された。そのモビーディック・ムーンは今年再びやってくる。その時が勝負だ」
「殺したモビーディック・ムーンはどうする?」
「もちろん町の者達に卸す。あの巨大なクジラを私1人で食べきれると思ったか?」
「それは無理だろうな。で、サイズは」
「大型のドラゴンとほぼ同等のサイズだ。昔リバイアサン食ったなんて根も葉もない噂があったが、それも冗談ではないかもしれないと言えるほどのサイズだ」
「リバイアサンってあのウミヘビ?」
「はい。大型のウミヘビでよくドラゴンの仲間と勘違いされるあれです。体長は最低で100メートル、最大だと1000メートルだとか」
「サイズだけで見ればモビーディック・ムーンなら食えるぞ。俺とメルヴィルで仕留めた奴は2500メートルあったらしいし」
後から体長を計測してみたらそれくらいデカかった。
あとあいつハクジラだから歯があるんだよね。
だから簡単に姿をイメージするなら超巨大なザトウクジラのくせにマッコウクジラみたいに歯がある超肉食系。ついでにムーンになる個体はどれも年寄りなので全体的に白くなっている。
大雑把に言うとこんな感じ。
「で、俺にそのモビーディック・ムーンを仕留める手伝いをしろと」
「ああ。だが先祖の盟友を不法な要求をするわけにもいかない。どうしたものか……」
「…………なぁその偉大な先祖の手記に俺の事どんな風に書いてた?」
「大罪人と人間から言われながらも我々亜人には優しい奇妙な男。そしてわざとらしく困っているアピールをするとなんだかんだ文句を言いながらも手伝ってくれる男だと書いてあった」
「あのクソジジイ……」
「そしてこんなことも書いてあった。盟友と呼ぶ理由は私の夢を馬鹿にしなかったこと、幻想だと決めつけなかったこと、そしてともに立ち向かってくれたからだそうだ。最後のページに勝手に盟友と呼ばせてもらうと書いてあった」
「……そうかよ。それじゃもう1つ要求しようか」
「何だ」
「俺達がこの町にいる間面倒見てくれ。出港する準備などは全部そっちに任せる」
「分かった。君は大食漢だと聞いている。しかしそれでモビーディック・ムーンを仕留める対価として十分だろうか?」
「十分だ。俺以外にも大食漢はいるからな」
俺を筆頭にレナとジラントはよく食う。
食品加工工場の社長とはいえ驚くだろうな。
「分かった。では君達全員私の屋敷を使うと良い。歓迎する」
こうしてモビーディック・ムーンを仕留める契約がされたのだった。