悪意たっぷりの恩の押し売り
ユニコーン生活10日目。
妙な視線を感じて目を覚ますと子供が俺の事をじっと見てた。
最初こそ寝ぼけて誰だこいつ?と思ったが少し思い出してみると昨日万能薬を注射した子供だと思いだした。
子供、正確に言うと少年の様でだいたい5歳くらいでまだまだ小さい。
親に抱きかかえられていたのだからまぁそんなもんか。
「兄ちゃんが助けてくれたのか?」
「ん~。助けたって言うかお前の親父をこき使うためにやったって言うのが正しい」
「でも助けてくれたんだろ?」
「まぁ……そう言う見方も出来る」
「ならありがと兄ちゃん。凄く楽になった」
少し離れたところでは密猟犯のおっさんが居て複雑そうに見ている。
さて、これからは交渉とこれ以上の恩の押し売りだな。
「とりあえず歯磨いてこい。朝飯食わせてやる」
「わーい!」
魔法で生み出した水の塊をバケツに入れた物を指差しながら言うと少年はおっさんを連れてバケツに向かう。
俺は大欠伸をしてから朝飯の準備を始める。
ポラリスから奪った野菜はまだ残っているし、あの子供がすぐに飯を食える状態なのかどうか分からな……いや分かるな。
「ユウ。あの少年俺達と同じように飯を食わせて大丈夫か?」
「ふえ?あ~うん。大丈夫っぽい」
「涎の跡付いてるぞ。さっさと顔洗え」
「うん……」
よく分からないがユウは少年を見ながら何か悩んでいる様に見える。
首を傾げてよく分からない物を理解しようとしている様な、そんな風に見える。
とりあえず全員同じように飯を食っていいと分かったなら簡単に済ませよう。
で、作ったのが野菜少し多めの馬肉スープ。
副菜にサラダと馬肉で作ったローストビーフ付き。
ついでに主食はパン。
「ほれできたぞ~。面倒だからさっさと食え」
「「いただきます!!」」
普通に食べ始めるユウとレナだが、おっさんと少年は何故か飯を前にじっと見ている。
「どした?昨日逃げてきたんだから腹減ってるだろ?」
「父ちゃん。これ凄いね」
「凄いというよりは非常識と言った方が正しい。だがお前は先に食べろ」
「何の事だ?」
俺が聞くとおっさんが答える。
「密猟中にこんな飯を普通食おうとはしない、と言うか出来ない。理由は分かるだろ」
「火を使って煙を目印にポラリスの連中が攻め込んでくるからか?」
「そうだ。だから我々は基本的に干し肉や硬い黒パン、チーズばかり食べていた。それなのに貴様は……」
「そう言うなって。これほとんどここで手に入れた食材ばっかりだぞ」
「そんなはずない。肉はユニコーンの肉を使っている様だが、この野菜は違うだろ」
「野菜の方は前にポラリスの補給部隊から盗んだ。だから現地調達」
「…………本当に呆れた。食料のためにそこまで危険な事をする奴は初めて見た」
おっさんは何やってんだこいつ。と言う表情をしていたがようやく食べ始める。
背に腹は代えられないっと言う奴だろう。
夜襲を受けてバラバラに逃げたのだから食料も何も持っていない可能性の方が高い。
だからこれ以上恩をもらわないようにしたいと思っても、否定できない。
とりあえず飯を食いながらおっさんに聞く。
「そういうおっさんは。いくら可愛い子供のためとはいえ随分危険な事してるじゃん。俺らみたいに魔法も使えないのに」
「……もともとこれが家業だ。辞める気はない」
「家業?密猟が??」
「違う!元々この森は私の先祖が管理していた森だった!!それを奴らに奪われたのだ!!」
「…………まさかと思うが、あんたワーグナーって奴のこと知ってるか?この森の近くに住んでたんだが」
「ワーグナーだと。どこでその名を知った!?」
あー、この反応。完全にワーグナーと何か関係あるわ。
ちょっと悟って面倒になりそうだと思っているとユウが聞いて来る。
「ワーグナーって誰?」
「300年前にこの森を管理していた狩人の名前だ。通り名は“聖域の管理者”。この森の近くにギルドを作って森と聖獣の管理をしていたんだが、こいつが結構強くってな。聖獣が増えたら狩って数を減らし、逆に減り過ぎると感じたら増やして守る。聖獣の密猟が最も少なかった理由がそいつだ。そいつが密猟者から聖獣を守り、同時に聖獣を少しだけ殺して各国に薬の材料として流通させてた張本人だ。ワーグナーの活動により聖獣の乱獲が激減。この森の近くがにぎわっていた1番の理由」
俺にとっては最近の話だが、この時代から見れば300年前の話。
知らない人の方が多いのは当然だ。
それに後からポラリスに土地を分捕られていたのであれば余計にそうなるだろう。
あいつら自己主張めっちゃ強いから。
俺の話を聞いてさらに驚くおっさん。
なんでだろうと思っていると少年が誇らしげに話す。
「そのワーグナーって人、僕のご先祖様なんだって!父ちゃんもこの話爺ちゃんから聞いたって言ってた!」
「ワーグナーの子孫?」
あいつ子供いたんだ。
と言っても当時は聖獣を狩りに来た俺を追い出そうとするおっさんと言う認識しかなかったため、交流は全くない。
あったと言うとすれば追い掛け回されていたことくらいだ。
そして家業とこの森を自分達の物だと主張する理由も納得した。
ワーグナーの子孫ならこの聖域を管理しているのは自分達だと言われれば自然と納得する。
「あいつ子供いたんだな。でもちょっと意外だ」
「意外?」
「ワーグナーは聖獣を驚かせない様にするために弓を使ってたんだ。でも子孫であるお前の父ちゃんは銃を使ってたからさ、意外だな~っと思って」
「あ。本当だ」
少年と話してからおっさんに振り向くとおっさんは困った表情を作りながら言う。
「時代の変化だ。私の祖父までは弓を使っていたが、私の親父は既に銃を使っていた。それに弓を使うと言っても基本的に毒矢だったし、小さな子供がいる時は使いにくい。それに装填に時間はかかるが攻撃力も速さも銃の方が性能が良い」
なるほど。現代社会の波って奴か。
まぁこの300年後の世界では銃は普通に普及している様だ。
300年前はプレイヤーによって銃の構造についてドワーフに話した者が居たらしく、そこから銃開発が開始。
当時は種子島みたいな銃からスタートし、おっさんが持っていた銃は現代社会でも十分通用するライフルと言っていい。
300年前は射程距離は短いし、どこに飛ぶのか分からないし、全く安定性のない武器として有名だったので全然普及されてなかったんだけどな……
やっぱり300年と言う時間は非常に長いのかも知れない。
実感はないけど。
「時代の波って奴はどこにでもあるもんだな。それで、どうすんの?」
「どうとは」
「多分おっさんの仲間は捕まってる。まだこの聖域にいるから拷問まで発展してないけど、このままポラリスの監獄に突っ込まれたら助けに行けないぞ。助けに行くのか?」
それを聞くとおっさんよりも少年の方が不安そうな表情になった。
おっさんは間入れずにすぐ答える。
「もちろん助ける。危険だと知りながら私について来てくれたのだ。助けなければギルド長とは言えん」
「でも助けに行ったら絶対捕まるぞ。たった1人でポラリスに喧嘩売るのはバカがする事だ」
ま、俺はそのバカだけど。
「分かっている。が、もともと私の事情に周囲の者を巻き込んでしまったのだ。責任はとる」
「父ちゃん……」
少年が悲しそうな雰囲気を出すが、俺は空気を読まないので平然と言う。
「それ俺やるよ。代わりに貸し1な」
「な!?」
これ以上恩の押し売りはご遠慮していただきたいのだろうが、こっちにだって悪人同士のパイプを広げたいと思っているのだ。
そして普通なら無理と言われる状況で恩を売りつけるのは非常に効果的だ。
「し、しかし本当に危険だぞ。私が言うのも何だが本当に――」
「問題ない。そういうのに便利な魔法知ってるし、2人をここに連れてきた時の魔法だってある。逃げるのは十八番だ十八番」
「しかし……」
「父ちゃん……」
渋るおっさんに対して少年の方は頼った方が良いんじゃないかと視線で訴える。
そう。このままおっさんが突撃した所で捕まるのは目に見えている。
それに誰かを助けるというのは非常に難しい。しかも今回の相手はポラリスだ。
返り討ちに合う未来しか見えない。
「じゃ、行ってくる」
「お、おい待て!私の仲間も顔も分からないのに言った所で誰を救えばいいのか分からないだろう!!」
「あいつらが尋問している連中を見付ければいいだけだ。どうせあいつらの事だ。罪人は人間じゃありませんって感じでとんでもない事してるに決まってる。昨日の夜からなのか、朝からなのかは分からないが大怪我してるのは間違いない。そんな奴を何人も同時に救えるのか?」
「う」
「と言う訳でちょっと行ってきま~す。あ、レナはユニコーン仕留めておいて。今日の晩飯にする」
「承知しました」
「ユウは一応ここで待機してケガしてる連中治しておいて。それからそこの2人が黙って出て行かない様に見張っといて」
「分かった」
こうして俺はポラリス陣営に向かうのである。