大罪人の戦い
俺の試合が始まる前にユウの試合が始まった。
相手は熊の獣人で身長はユウの3倍はある。
手には戦闘用の巨大な斧を持ち、全身鎧を装備して準備万端だ。
それに対してユウは装備と言えるのは剣だけであり、服装はただの動きやすい服だ。
「貴様、我々を侮辱しているのか」
熊の獣人はそう言うがユウは剣を構えるだけで何も言わない。
その事にまた舌打ちをする対戦相手だが斧を構えた後に審判が始めと言った。
合図と共に飛び出したユウは悪くない。
相手はユウのスピードに驚きながらも斧で剣を防ぐ。だが圧倒的とまで言える身長差のせいで非常に防ぎ辛そうだ。
膝くらいの高さを常に攻撃してくるので相手は姿勢を無理に低くしなければならないし、斧と言う重たい武器を使っているので余計に防ぎ辛い。
俺がユウに知性のある相手との戦い方は簡単に伝えておいた。
自分にとってやりやすい戦い方を守り続けろ。
無理に相手が得意な事で勝負する必要は一切ない。こちらにとって戦いやすい状況を作り続ける事さえできれば大体は勝てる。
と言ってもこれはあくまでもレベル差が大きく離れている場合だし、相手はその差を技術で覆して来る事が多い。
これは対人戦での常識だがその練習にも丁度いい。
獣人と言う種族はぶっちゃけ単純だ。
真正面から戦いを挑み、勝つ。それだけを考えているので純粋なパワー勝負になる事が多い。
そのため小手先の技などはあまりなく、フェイントを入れるくらいならパワーで押し切るくらいの脳筋集団だ。
そして今ユウが相手をしている熊の様に大型で重量級の武器を使用する相手が非常に多い。
そのため体力の消費も激しく、長期戦に向いていない。
それに比べてユウは長期戦タイプだ。
これは『嫉妬』でユウに変身して美徳系スキルを実験して分かった事だが、基本的にスタミナやMPの消費を抑える効果が多く長期戦に向いている。
俺の場合は暴食で溜め込んでいたスタミナとMPを消費して戦っている訳だが、消費は他のプレイヤー達と変わらず大技を使えば大きく消費するし、そのうち尽きる。
ユウはその心配がほとんどなく、レベルが上がる事でさらに消費量が減っていくので超長期戦タイプなのかも知れない。
戦いに目を戻すと熊が斧を使って攻撃しているがユウはあっさりとかわし続ける。
その眼はきちんと相手の斧の動きが分かっており、見切っている事が分かる。
更に剣で斧を受け流す事で確実に攻撃が届かないようにしていた。
「ちっ!」
どうやらあの熊はまだまだ若い個体だった様だ。
ユウの剣が当たらないように小さく斧を振るっていたが、とうとうしびれを切らして大きく振るい始める。
たった一度、大きく振り切った後にユウはその隙を見逃さず剣を熊の目を突き刺そうとした。
「そこまで!!勝者、ユウ!!」
審判が的確に止めた事によりユウの勝利が決まった。
もちろんユウは審判の声に反応して目の前で剣を止めている。
剣をしまい観客に向かって一礼した後に俺の前に戻ってきた。
「スッキリした」
「それでいい。今回は相手が若くて良かったな。年食ったベテラン相手だとそう簡単に集中力を切らさないからもっと難しくなる。気を付けろよ」
「ん」
さて次は俺か。
俺の試合はしばらく後だ。
ユウとぶつかるとすれば決勝戦でしか戦う事はできないほどに離れており、このメンツでは決勝で戦う事はできないだろう。
特に危険な感じがするのは……特にいないな。
俺なら余裕で勝てる。
とりあえず昼飯を軽くつまみながら俺の試合まで待つ。
そして俺の試合がやっと来た。
「そんじゃ行ってくるか」
「ん」
「あ、それからだがユウ。俺の試合、ちゃんと見とけ」
「?ん」
意味を分かっていなさそうだが、これを見て俺を倒す方法を考えておいた方が良い。
そして、俺がどれだけ手を抜いているを知っておくべきだ。
俺が姿を出すと会場はそれなりに盛り上がる。
先にユウが勝ったから俺はどれくらい強いのか期待しての歓声だろう。
そして昨日も感じた気になる視線。それは昨日と同じ王族の席に座る真っ白な狼からの視線だ。
あの狼は一体誰なんだ?もしかして俺の事を知っている誰かなのか?
「さて、思いっきりやらせてもらおうか」
ライオンの装備は結構軽めで恐らく武術系、目立つ武器はなし。
手の装備だけしっかりしている事から相手を掴む事も可能、おそらく腕力だけではなく投げるなどの攻撃も可能性がある。
もしく相手を掴んでそのまま壊すっていうのも出来るな。
「お前の武器は剣か」
「正確には刀だ。それに安心しろ、お前ごときに使う必要はない」
「あ」
怒りに満ちた反応するをライオン。
当然なめられていると感じているんだろうが、これは事実だ。
基本的にプレイヤー間ではレベルが10以上離れている場合絶対に勝てないとまで言われている。
それはレベルによるステータスの差だけではなくスキルの熟練度、どれだけ自分の持つスキルを理解できているかも大きく関わってくる。
ある程度はどのようなスキルか書かれているが、全て書かれている訳ではない。
俺が『傲慢』を手に入れた時も空間魔法に関しては一切書かれていなかったし、ユウの『愛』だってどうすれば使う事ができるのか詳しく書かれていない。
中途半端であいまいな書き方はスキルその物の価値が高ければ高いほど全て書かれない事が多い。
何故なのかは運営の気分次第なのかも知れないが、自分で考えて理解しろっといいたいのかも?
でもこれはあくまでもレベル10以内の場合であり、レベルが20以上離れている場合はただのステータス差だけで圧倒できる。
「来いよ。大罪人の冷血で、冷酷で、冷徹な戦い方、思い出させてやる」
俺がそう言った後、審判がはじめと言った。
「ガアアアアアァァァァァ!!」
文字通り獣のように襲ってくるライオンは俺を抱きしめるかのように両腕を振り下ろす。
その目的は俺の胸を切り刻むためだろう。
だがその程度スキルを使うまでもなく防ぐ事ができるし、そこは俺の縄張りだ。
ライオンが手を振り下ろす手に同じように組んだ。
そして強く握る。
「ガ、ガアアアアアァァァァァ!!」
先程の気合いを入れるための声ではなく、明らかに悲鳴をあげる。
組んだ手からギシギシと音が鳴り、俺の爪がライオンに食い込む。
俺より頭一つ分大きいが、すでに激痛により苦しそうな表情を見せる。
「痛みを表情に出すな」
手を組んだまま俺はライオンのすねを鋭く蹴り、骨を砕く。
更なる痛みでよく分からない悲鳴を上げるので残った足のすねを蹴って砕く。
両足を砕かれて膝を作ライオンは既に脂汗で地面に染みを作る。
つまらない。
本当につまらない。
俺は悲鳴を上げるだけのライオンに冷たい視線を向けながら問いかける。
「その程度か。その程度で俺に勝負を挑んだのか」
「グ……ガ……」
「昔俺が戦った獣人達は骨を砕かれても膝を付かなかったぞ」
俺は組んでいた両手の骨をそのまま握りつぶす事で両手の骨を砕く。
砕いた後は手を放し、放っておくとライオンは肘をついてただ痛みに耐えるだけ。
「……本当につまらない。たった300年でここまで弱体化するか。あいつらはもっと強かった。分かりやすいのは目だ。あいつらの目は骨を砕かれようが手足を切り落とされようが目だけは獲物を捕らえて決して離さなかった。お前達獣人は俺達人間より身体能力は上だ。それなのに何だこの様は。その耳と尻尾を切り落として人間にしてやろうか?」
ライオンは俺の目を見て尻もちを付きながら逃げようとする。
だが足の骨は砕かれ、両手の骨も砕かれ、ズルズルと動きはするが激痛からかろくに動けていない。
300年は人間にとって非常に長い時間だと考えていたが、獣人にとってはそんなに長い時間だと思ってはいなかった。
だが獣人にとっても300年は長かったのだろう。
俺がいない300年は、本当に平和だったようだ。
「獣が人を襲わず、人が獣を襲う。お前らにとって屈辱的な状況なのにろくに逃げる事すら出来ない。残念だ。非常に残念だ。――消えろ」
そう言った後俺はライオンの胸をつま先で蹴った。
何の技術もない、ただの力任せの攻撃。
それを防ぐ事も避ける事も出来ず蹴られたライオンは壁に激突した。
ぶつかった壁はひび割れ、ライオンは気絶して口から静かに血を流す。
多分内臓をいくつか潰したのは確実、肋骨もいくつか壊れただろう。
それを見た後に審判が慌てて試合終了させる。
その後俺は観客席、そして待機している選手たちに向かって言う。
「俺の主義は触れたら壊す、だ。俺に壊されたくなかったら精々足掻け」
言葉に反応はなく、ただ静まり返っているだけである。
その中を何て事無く待機場所に戻り、ユウに言う。
「ユウ。お前が超えるべき俺と言う存在だ。超えてみろ」
そう言うとユウは引き締まった表情をするのだった。