ミラー対決
「ほれほれ、攻め足りないぞ~。自分で相手の体勢を崩せ~」
ベレトの屋敷の庭で俺はユウの練習相手をしていた。
ユウは俺を相手に剣を振るっていたが……やはり強いとは言い難い。
何度も言うが防御力に関してはスキルも相まって強固で面倒なのだが、攻撃は本当にへたっぴだ。
簡単に言うとコンボが続かない。連続攻撃が下手くそだと相手を自力で崩して得意な攻撃を浴びせると言う事も出来ない。
それに戦い方を見るとスピードと防御にばかりステータスを振っている様な感じ。
まぁゲームのシステムにステータスを自由にいじる事は出来ないので本来であればスキルの取得する傾向で分かるが……美徳系スキルしかないから判断が難しい。
俺なりにユウのステータスを言うのなら、勝つためのスキル構成ではなく負けないためのスキル構成、とでも言った感じか。
ちなみに現在の練習は俺が棒立ちしてユウの攻撃をひたすらさばくだけ。俺から攻撃する事はない。
攻撃力の高い奴ならこれ以上ないサンドバックなのだが……ユウの場合スキルや称号による攻撃補正が一切ないようなので力尽くで簡単に止められる、踏ん張れば動かない、かと言って魔法も大した凄くない。
本当に攻撃が下手だな……
それに自分から攻める事はあまりしてこなかったからか既に汗をかいて肩で息をしている。
一方的に攻撃して来いと言ってはいるが、好きな時に休めばいいし、どのタイミングで攻めるかも好きにすればいいのだから自由度は高いのだが……やたらと攻めて来るんだよな……
これはあれだ。攻撃した事ないからとにかく攻撃すればいいと勘違いしている奴の動き。
攻撃と簡単に言うがどうしてもコマンドゲームの様に確率で攻撃が当たる訳でもなく、狩りゲーの様に攻撃範囲内にで攻撃すればダメージを与えられる訳でもない。
なにより今は対人戦だ。フェイントを入れて相手をだましたり、不意の一撃が必要となる場面だって多くなる。
それらを考えなければ攻撃がうまくなったとは言い難い。
「はぁはぁ」
それにユウは精神面での消耗が激しい。
俺と初めて戦った時はこれほど早く息切れをしていなかったし、おそらく自分から攻めた事がないから脳みそ回転させて必死に考えながら攻撃しているんだと思う。
やはりなれと言う物は一定以上必要だ。慣れないことを無理にしようとするとやはり動きが鈍るし、必要以上に消耗する。
それだけ普段のやり方を無理矢理変えるのはストレスであり、非常に困難と言う訳だ。
それでもユウは必要な事だと感じているのか、音を上げない。
自分なりに考え、どうすれば俺に攻撃を当てる事ができるのか一つ一つ確かめながら戦う。
上段からの切り下ろし、スピードを生かした突き、足を狙った剣筋などなど、色々攻撃を仕掛けてくるがどれも軽い。
「うん。もういいよ」
ユウの弱点を感じながら止めるように言うとユウはピタッと止まった。
そして息を小さく吐き出すとトコトコと駆け寄ってくる。
「どう?」
「やっぱり攻撃力が足りねぇな。技術は悪くないが攻撃力が弱すぎて俺ですら崩す事ができない。そのまんまだと重装備の騎士とかに負けるな」
重装備の騎士とは大楯を持った攻撃よりも防御を重視した騎士の事だ。防御力に特化した攻撃力のない騎士。
俺にとっては一定以上の力を加えれば簡単に倒せる相手だが、ユウの場合は非常に難しいだろう。
ユウの弱点は攻撃力の無さ。
攻撃力が低すぎるせいで相手を崩すほどの力を出せない。
どうにかならないかユウのスキルを確認するが、この節制スキルちゃんと機能してるんだよな?
ユウのスキルは全部で7つ。これでも多いのか?
ぶっちゃけスキルの説明ってかなりあいまいな所が多いんだよな。
特に1つのスキルで複数のスキル効果を出すスキル、通称統合系スキルは上位スキルになればなるほど説明があいまいになる。
1つのスキルで1つの効果を出すスキル、単独スキルは結構詳しく書いてたんだけどな……
例えば『身体強化』。
これの説明だと使用すると物理攻撃、移動する際に5%上昇する。と言う感じだったはず。
それがスキルのランクが上がるにつれて説明があいまいと言うか、抽象的な表現に変わっていくのは何でだろう……
おそらくだが例の英雄の中で1人強いけどかなり地味な魔法使い、魔法特化タイプと言えばいいか、魔法以外一切特徴がない代わりに様々な状況に対応できる奴がいた。
たぶんあいつが節制のスキル持ちだったんだろう。攻撃力や防御力は全てアイテム任せの様で、アイテムを破壊したり奪うたびに素早く装備を取り出していたから多分そいつだ。
熟練のプレイヤーになればなるほど自分好みの装備、いわゆるガチ装備とか自分にとって最適なアイテムに拘るプレイヤーが多い中そいつはあっさりと装備を変えていた。
おそらくこの節制のスキルを最大限に生かすために節制のスキル以外の全てのスキル捨て、アイテムと魔法頼みの戦い方になっていたのかも知れない。
ちなみにだが魔法はどれだけ覚えてもスキルとは別ジャンル扱いなのでどれだけ覚えてもスキルには影響ない。
魔法を出来る限り多く取得する事で称号『賢者』などが手に入ると言う情報はあったが、特に欲しい称号でもないので手に入れようとした事はない。
そうなると称号の方でさらに補正をかけるしかないか?スキルによる補正では節制の効果を無くしてしまうし、スキル以外の補正効果を受け付けるのであればそちらで力を溜めるしかない。
と言ってもな……俺が知ってる称号って悪い事をして手に入れる称号ばっかりなんだよな……
ユウにそう言った事をさせるのはまだ早いし、本人がそこまでして強くなりたいと思っているとは思えない。
「ナナシ?」
「ん?あ、すまん。ユウの強化プランを考えてた。節制のスキルがある以上安易にスキルを所得して強化できないから称号を手に入れるしかないかと思ってな……」
「……考え、ある」
「強化案か?」
「ん。節制の賢者のメモに書いてあった。スキルを捧げると強化されると」
「スキルを捧げる?もしかしてスキル破棄の事か?」
スキルの取得には様々な工程があるが、スキルを破棄する事は簡単だ。メニューを開いてスキルを選択し、破棄するだけ。
しかしこれは熟練のプレイヤーのみが行う物であり、力のない初心者はとりあえずすべてのスキルを所有している。
一度消したスキルをもう一度取得する事は出来るが、再びスキルを得る工程を繰り返さなければならないのであまりしようとはしない。
「多分?」
「なんでユウが不思議そうに答えるんだよ。知ってるんじゃないのか??」
「節制のスキル取得方法までは知っている。『自粛』のスキルを取得した後それ以外のスキルを全て破棄する。これが節制の取得情報」
「へ~」
「でもその後は試した事がない。スキルを取得して終了した。だから分からない」
そりゃ世界に7つしかない美徳スキルを実験にする事は出来ねぇよな。
だが色々考えてみるとスキルを減らした事で強化されるのか、それともスキル破棄によって強化されるのか、実験してみないと分からない。
なら実験あるのみだな。
俺は『嫉妬』を使ってユウに変身。ユウはその光景に驚いていたが、俺としてはいきなり視線が低くなり、体も一気に軽くなった感じがしたので物凄い違和感がする。
「う~ん。やっぱり変身は慣れないな。いきなり視線とは全部変わるし、声も違うからな……やっぱ俺にとっては使えないスキルだな。と言うかこれに慣れる奴っているのか?」
「…………」
呆然とするユウ。まぁこれを初見で見ると驚くよな。
ピカッと光って次の瞬間には自分と全く同じ姿になっているんだからそりゃ驚くわ。
「目の前で見たから分かるだろうが、俺だ俺。ナナシだ」
「…………スキルの力?」
「ああ。嫉妬って言うスキルの力だ。指定した相手と全く同じ姿になるだけのスキルだ。所有しているスキルも同じだし、レベルも同じ。細かい所を言うと声とか身長とかの見た目とかもな。流石に記憶とかのコピーまでは出来ねぇけど」
「十分凄い」
「でも自分好みのスキル構成って訳じゃないから精々相手を混乱させるか、相手がどんなスキル構成しているのか確認できる程度の雑魚スキルだよ。それじゃ下位スキルを取得してどれくらい弱体化するのか、消費して強くなるのか、レア度によって変化するのか、そもそも美徳系スキルはカウントされているのか、色々確かめてみる」
俺がそう言うとユウは頷いた。
とりあえず最も簡単なスキル、『攻撃強化』のスキルを取得してみる。
攻撃力強化のスキル取得は簡単だ。ちょっと組み手をすればいい。
と言う訳でミラー対決。俺個人の感覚は格ゲーで同じキャラを使っている感じ。
ユウが剣を構えるのを確認してから俺は素早く攻撃する。
うん。やっぱりレベル差があるだけユウの方が遅く感じるな。
リーチが短ければ遅くて力も弱い。使い辛いったらありゃしない。
つばぜり合いからユウを力で押し込み、下がったユウをさらに追撃。
ユウも切り返して来るが同じステータスなのにここまで差が出るのはやっぱり経験の差か?
ユウの剣は相手を受け流す事は出来ているがその次がない。受け流してお終い。さっきよりカウンターに繋がらない。
全く同じ姿に動揺してるのか?それとも疲労?
まぁ隙が多いのでこちらは好きに出来るし、スキル取得に利用させてもらおう。
俺の突きに対してユウも突きで対応するが姿勢が悪い。その結果俺の突きの方が強くなり俺の剣がユウに届きそうになる。
だがユウも防御力がある分タダでは転ばない。顔を横にずらしながら転倒するように転がり、体勢を低くした状態で両足と片手で剣を握った状態で獣の様にしているがまだまだだ。
肉体、スキル、レベル、その他もろもろ同じだったとしても攻撃パターンや思考パターンは全く違う。
だから体勢を低くしている相手には容赦なく、蹴る。
俺の行動は予想外だったのかユウはあっけなく吹き飛ばされる。
うん。
ここまでクリティカルが決まるとは思ってなかった。ユウは壁まで吹き飛び、大の字で壁に浅く埋まる。
そしてユウが使える光魔法の上位魔法、聖魔法を発動。
「『セイント・オブ・ブレイド』」
聖魔法の中でも下位の魔法だ。
光を収束させた剣のような魔法で簡易武器として持って振るう事も出来る。と言っても武器としての耐久性は低く、一太刀当たれば簡単に砕けてしまう。それくらい脆い。
そんな魔法の本来の使い方は光の剣を真っ直ぐ相手に飛ばして貫く事。貫通力に特化した魔法なのでそこら辺の防御系魔法、結界系なら貫く事ができる結構便利な魔法だ。
ユウは慌てて手にした剣で魔法を弾く。
だがもう遅い。
魔法を弾いて手が外側に向いている間に俺の剣がのど元に届いている。
ユウは剣を落とし、両手を上げた。
「参った」
「下位スキルを得るための組手だったんだけどな。まぁギリギリ取得条件を得たみたいだから良いけど」
俺も剣を下ろし、メニューを開く。
そこには攻撃強化を追加するかどうか聞かれる。
俺はYESを選択し『攻撃強化』を取得した。
さて、これで節制のスキルがどうなったのか確認しよう。
下位スキルを取得してからの動きは……あ、これ逆に攻撃力下がってる。軽く剣を振ってみたが明らかにさっきよりも動きが悪い。
実はこの攻撃と言うステータス、武器を振るうスピードにも影響を与える。
攻撃力が高ければ高いほど武器を上下させる速度は上がるし、重たい武器、ハンマーやハルバートのような武器でも簡単に扱う事ができる。
節制以外の美徳スキルの1つ、『愛』を消してみた。そして剣を振るうが……特に変化はない。
次に『攻撃強化』を消してみた。結果はさっきと変わらない動きに戻ったが、強くなったとは思えない。
つまりこれは……
「美徳系スキルはノーカンで、それ以外のスキルを取得すると弱体化するみたいだな」
「それ以外のスキルを捨てても変わらない?」
「みたいだな。弱体化限定で捨てたから強くなるって事はなさそうだ。つまりガセネタだな」
節制を持っていたプレイヤーの勘違いなのか、それとも他の連中が勘違いしたのかまでは分からないが間違いだったのだろう。
他の雑魚スキルを大量取得して消費すれば強くなれるかと思ったが、それはもうちょっと違うよな。美徳系とは言い難いな。他のスキルを消費して強くなるってむしろ大罪じゃね?
「スキル検証も済んだし、飯食って寝るか」
「ん」
「その前に壁直しておかないとな」
ユウが埋まった壁を『色欲』で修復してからベレトの屋敷に帰るのだった。