閑話 ポラリス上層部
『ご報告します。愛の国にて我が手足が5つ失いました。姿を確認する事は出来ませんでした。申し訳ありません』
「勇者様の居場所を特定できただけでも上出来です。これで神託は正しかったと証明されたでしょう」
窓1つない暗い部屋の中、ポラリスで高貴な司祭しか着る事を許されない純白の生地に金の刺繍が入った服を着た者が報告を受けた。
しかし司祭の視線の先には隠者を描いた石の板があるだけでそこに本人はいない。
更に司祭に届く言葉も特殊な加工により男なのか女なのか、老いているのか幼いのかも分からない。
その報告を受けた後別の石から声が響く。
『だから俺は最初から攻めるべきだと言ったのだ!淫魔に支配された国など我が軍が蹂躙すればよいのだ!!あの国に生きている物に価値なし!!』
その声は戦車が描かれた石から響く。
しかしそんな声に他の声が否定する。
『確かにあなたの軍であれば蹂躙する事は可能でしょう。しかしその過程、軍を進めている間に勇者様がまたどこかに連れ去られては目も当てられません。特にリブラに逃げ込まれた場合はどうするのです?あの国は非常に強固な結界に守られています。あの結界を突破する術を持っていないのだから』
その声は魔術師の絵が描かれた石から響く。
戦車は悔しそうな音を立てながら言う。
『それは分かっている!だが逃げ込まれる前に轢き殺してしまえばいいだけだ!!勇者様を連れだしたのは大罪人なのだろう。ならば轢き殺してもよいはずだ!!』
「あなたは本当に品がありませんね。そのような事をすれば我々が勇者様を奪われてしまったと言う事実を隠蔽しきれなくなります。そうなれば信仰にも揺らぎが生じ、神に捧げる祈りが減ってしまうではありませんか」
そう続けて反論したのが祭司の隣に立つ女。
女は司祭の秘書的な立場である。
『その程度で揺らぐ信仰心などあってない様な物ではないか!!そのような者達など必要ない!!』
「必要なのです。国力とは武力だけではなく人口の数も重要なのです。特に信者の数は神々に大きな影響を与えます。ですからその程度の信仰心も必要なのです。その象徴として勇者様の奪還は必須なのです」
『大した信仰心もない者共でも役に立つ事はあると』
「当然です。しかし戦車の言う事も最もですのでいつでも出撃できる準備をしてください」
「それで勇者様は次にどこに向かうか判明していますか」
『おそらくポラリスの庇護下にある国に行く事はないでしょう。そして愛の国に近いのは……獣の国』
『獣の国ですか……魔術方面には弱いですが、身体能力などは非常に高い種族ですね』
『スキルが多いのも特徴だな。何故人間にではなく獣共にスキルを与えるのか。あれぞ神の寵愛の印であるのに』
「元々身体能力に更に彼らの長所を促す様なスキルばかり。そう簡単に倒す事は出来ないでしょう」
『流石にあの国には我が手足はありません。獣の国は実力主義、人間には簡単に入国できません。それから大罪人に付いて何か分かりましたか?塔』
『各監獄塔で確認しましたが、脱走された記録はありません。そして成功した者もいません』
報告したのは塔の絵が描かれた石。
塔はポラリスで管理している監獄塔すべてを確認したが脱獄に成功した者は誰もいない。
神の大罪人と言う言葉に最初に確認したが、改めて確認しても記録すら見つける事ができなかった。
それに対し司祭が答える。
「それに関しては神託で教えていただきました。大罪人の正体は300年前に死刑執行された最悪の大罪人、ナナシであると告げられました」
司祭の言葉に他の者達は息をのむ。
ナナシと言う大罪人の名はポラリスでは知っていて当然の名だ。
当時の教皇を殺しただけではなく、その護衛をしていた騎士達も皆殺しにした大罪人。過去現在未来において二度と現れる事のないであろう大罪人。
その大罪人本人が現れるなど普通ならあり得ない。
記録によれば大罪人は死刑を執行されたと記録されている。
『バカな!!伝説の大罪人が生きていたと言うのか!!』
「神のお言葉によれば悪の神が復活させたと」
『よりにもよって悪の神ですか。あの神は気まぐれですが理を乱す様な事はしなかったはずですが……』
『魔術師!!貴様神のお言葉を疑う気か!!』
『しかし人間の蘇生は禁忌の1つです。それを破って行うと言う事はそれだけの事があったと言う事です。その原因は何なのか、どうしてこのような行動に出たのか、それを知らなくてはなりません』
『そんな事どうでもいい!!これは今すぐにでも勇者様の元に駆け付けなければならない案件だ!!たとえ他国であったとしても、絶対に奪還すべきだ!!』
『しかし大罪人がいる国はどこも同盟もしていない完全な他国。侵略行為とみなされるのは良くないかと』
『なにを弱気な事を言っている!!いずれ今すぐにでも奪還すべきだ!!』
『……どうなさいますか、司祭様』
「……勇者様奪還に関しては急務ですが、他国に知られてはこの国の信仰も落ちると言う物。よってしばらくは隠者に任せ、確実に奪還する事ができると判断した場合即座に戦車に向かっていただきます。他の者達はこの事を決して漏らさないように」
「承知しました」
『承知した!!』
『分かりました』
『お心のままに』