表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/166

隠者の影

 愛の国に来て1週間。ベレトの世話になりながらユウの感情が戻らないか色々やっている。

 その結果、少しは話すようにはなったが表情は変わらないし、口調も淡々としていてとても感情が戻ったとは言えない。

 しかし舌に関しては俺達と同じようになってきており、ちょっと塩が入っているだけでしょっぱいなどと言う事は少しずつなくなってきている。


 そして今はデートをしていた。

 デートと言っても町をぶらぶらしているだけで恋人のようなデートとは程遠い。

 例えるなら……休みの日に渋々娘を公園に連れてきた父親、と言う所だろうか。

 適当なベンチに座ってユウにソフトクリームを食べさせる。俺はぼんやりとベンチに座りながらユウに聞く。


「そっちは何か良い事あったか?」

「ない。ナナシは?」

「俺も特にない。でもそろそろ次の国に行こうかな~とは思ってる」

「どんな国?」

「獣人ばっかり住んでる国だ。人間がろくに居ない国で有名だな。あとダンジョンもあるからそこら辺が有名」

「人間、入っても問題ない?」

「まぁ……ひと悶着あるだろうな。あの国もポラリスに嫌われている分ポラリスの関係者だって分かると過剰反応するから。ユウって獣人に何かした記憶あるか?」

「ない。知識でしか知らない」

「何もしてないならそれでいい。あいつら仲間を殺した相手の事一生忘れねぇから」


 いや~ホントあいつらしつこいんだよな。

 一度獲物と決めたら一生離さないってくらい噛みついて来る。特に恨みなどに正直で仲間を殺した時には永遠に憎み続ける。

 これ以上恨みと言う感情がしっくりくる種族は他に居ない。思考は獣に近く、人間に近い知性もあるし、文化も発展しているが根幹は獣だ。

 自身より強い存在には手を出さず、警戒して一定の距離を保つ。そして決して目を離さず、隙を見付ければ噛み殺そうとして来る。


 不思議なのは草食動物系の獣人は存在しないんだよな。

 王道で言うならウサミミ獣人とか、ウシとか、ウマとか。

 ヤギの角を持った奴は居るがそれは魔族である事が多いからノーカン。とにかく獣人は肉食動物しかいない。

 草食動物もいていいと思うんだけどな……


「それも感情?」

「100%感情だろ。怒りって言う奴は大切なものを傷付けられた、汚された、壊されたって感情がないと現れないだろからな。ある意味最も怒りに正直な種族って言えるかもな」

「ポラリスで怒りはいだいてはいけないものと習った。何故?」

「怒りは連鎖する。1つの小さな怒りが炎の様に燃え移り、どんどん広がっていく。最初は怒りを抱いていなかった連中も焚きつけられて同じように行動し始めるだろうからな。そのまま放っておいていい感情でもないんだろうさ」

「ではなぜその感情を思い出させようとする?都合が悪い事の方が多い」

「人間は元々善と悪、どっちもあって当然の生物なの。善だけの人間は存在しないし、悪だけの人間も存在しない」

「ナナシは悪神から加護をもらっている。それでも悪ではない?」

「悪党なのは認める。でも俺の行動で結果的に救われた連中も何故かいる。こればっかりは神様でもコントロールできねぇことなんだろうよ」


 俺達がベンチで座っているだけでもコイバナが大好きな連中が勝手に俺達の関係を想像して、妄想して楽しんでいる。

 親子の様に見えている連中は正常。年の離れたカップルだと思っている連中はまだマシ。ユウの事を俺から奪おうと考えている連中は実行したらぶっ殺す。

 やっぱり腐った連中、根性ひん曲がった連中は存在しており、相手が大切にしている者を奪い、汚す事を楽しみとしている連中は一定数存在してしまう。

 愛の国の言ってもその表現までは1つに纏める事は出来ない。

 俺も好きな事をするために色々周りに迷惑かけてきた事を自覚している連中はどれくらいいるんだか。


「ところでそれ、美味いか?」

「……甘い」

「そうじゃなくてさ、もうちょい感想ねぇの?」

「食べ比べた事がない。これしか知らない」

「そう言われると確かに。それじゃ食べ歩きも計画に入れてみるかね。そろそろ帰るぞ」

「ん」


 俺はユウの手を取り、ベレトの屋敷に向かう。

 道中ロリコンの変態共がユウの事を狙っていたが、俺がいたからか手を出して来る事はない。

 いつら自分より小さい存在、弱い存在しか抱けないヘタレ共だからな。俺のような奴が1人居るだけで近寄っては来ない。

 骨と皮だけの痩せぎすの男、明らかに自信のなさそうな隈がひどい男、そして呼吸の荒い太った男。本当に愛の国だろうが何だろうが自信のない奴が弱い存在を求めるんだな。

 あとは……そんな自信のない自分を認めてくれる誰かか?母性を感じるとかそんな感じの相手。

 と言っても俺はユウを手放すつもりはないので普通にベレトの屋敷に帰る。

 するとベレトは面倒臭そうな表情をしながら俺に向かって言う。


「ナナシ~。面倒事が重なってきたからエッチでストレス解消させてぇ~」

「お前そういうエロい事はしない主義じゃなかったか?何があった」


 勝手に冷蔵庫を開けてワインとジュースを取り出すとベレトが答える。


「どうやら隠者ハーミット達が動いているらしいのよ。目的はもちろんここで、ユウちゃんの奪還」

隠者ハーミットか。それ強い方なのか?」

「恐らくね。勇者様奪還のために用意された隠者だし」


 ハーミットとは、いわゆるスパイ活動をしたり暗殺を得意とするポラリスの騎士達の事だ。

 基本的には先程言った様にスパイ活動や諜報を得意としているが、上位のハーミットだった場合暗殺も行っているため普通に考えれば厄介な存在である。

 俗世に溶け込み、何て事のない日常の中で通り魔に刺されたかのように見せかけた殺人。

 病死や事故死に見せかけた殺しなどを平然とやってのける、ある意味俺とは別ベクトルで狂った連中。

 全てはポラリスのため、教皇のために誰だろうと必ず暗殺する連中だ。


「いきなり隠者か。随分慌ててるな」

「そうでもないわよ。元々勇者の存在は最上級の秘匿存在だし、下位の騎士とかに捜索を頼めないもの。上位の、それこそ殺されても口を割らない最上級の隠者を送り込んできたでしょうね」

「勇者の存在を知っていた、もしくは教えても問題のない存在か。上手くいこうが行くまいが、結局殺されそうな損な役回りに見えるな」

「それを信仰のため、ポラリスのためと言って簡単に死ねる連中よ。本当にナナシとは違った意味で狂った連中」


 俺がラッパ飲みしていた酒を奪い取ってベレトもワインを飲む。

 普段はクイーンらしく優雅に飲むもの、何て言ってるくせに本当にストレスたまってるんだな。

 まぁ俺からユウを奪い返すのは無理だが、ベレトに迷惑をかけるつもりもない。

 ここはチャチャっと迎撃しますか。

 なんて思っているとユウは部屋を出て行こうとする。


「どこ行く気だ、ユウ」

「ベレトには世話になった。出て行く」

「それ以前にお前は俺の所有物だ。勝手は許さない」

「でもこれは――」

「俺の問題。俺はお前を隷属させてここに居るよう命令してるんだ。ならこれは俺の問題だ。そうだろ」


 俺が反論できないように言うとユウは渋々と言う感じでソファーに座り直した。

 その姿を見て俺はユウの頭を撫でながら嬉しく言う。


「それにお前には感情が出てきた。お前がちゃんと感情を表に出せるようになった時、どんな表情を見せるのか楽しみなんだ。その楽しみを奪おうとしている連中は気に入らない。だから殺す」

「……それだけ?」

「ん?」

「それだけの理由で何故そこまでする?面倒なら捨てればいい」

「そうだな。それは否定しない。でもな、突き詰めると全員下らない理由で生きてるもんだぞ」

「そうなの??」

「最低でも俺はそう思ってる」


 俺の場合は現実では絶対に出来ない事をやってみたいと思ってこの世界で犯罪を犯しまくった。

 それがこの世界で最強になると言う目標と、犯罪を犯すスリル。ぶっちゃけ現実で万引きしたりしてる連中と感覚は変わらないと思う。

 普通と言うしがらみの中では出来ない事をこの世界でやっていただけだ。現実ではないからセーフ、なんて軽く考えていた。


 でもこの世界はもう現実だ。

 現実の世界で俺は既に罪を犯していたし、だからと言って罪を償うつもりもない。

 最低と言いたければ好きなだけ言ってくれて構わない。その自覚はある。


「飯を食うと言う当然の行為でも人によって感覚は変わる。単なる栄養補給、趣味、料理人なら技術の向上とかもあるのか?でも俺から見れば趣味だ。自分好みの味の物を腹いっぱい食いたい。他人から見ればその程度と言える物だ。でも俺はそれを大切にしたい」

「なぜ?」

「だってそう言った小さな事すら楽しまないとやっていけないだろ。人間何十年生きるのかまだ決まってないが、そんな小さな事すら楽しめなくなったら俺の感覚では生きているとは言えねぇな。趣味で本を買った、その理由は自分が好きだから、楽しいと思うからでいい。俺があっちこっちで罪を犯し続けたのもそんな感じ。俺が悪さをして周りの連中がギャーギャー騒いでいるのを見て笑い転げてた。

 あとはまぁコレクションだな。当時は各国に散らばっていた呪われた武器シリーズを集めたいと言う欲求だな。俺が愛用している呪われた武器コレクションはほとんど各国の宝物庫の中で死蔵していた物ばっかりだし」


 俺が色々と理由を言うとユウは驚いた様な表情を作る。

 そんな理由でいいのか、大した理由がなくてもいいのか、そんな風に言っている様に感じた。

 その様子にやっぱり感情が少しずつ取り戻しつつあることを確認しながら抱き締める。

 実年齢はともかく見た目子供だから子供扱いでいいだろ。


「お前は俺の所有物だ。だから勝手に誰かに奪われる事は許さない」


 ほんとこのセリフ最低だな。

 相手を所有物扱い。ぶん殴られても仕方ない。

 だがユウは俺の事を確かめるように上目づかいで確認する。


「許さない?」

「許さない」

「……分かった。残る」

「それでいい」


 そう言ってから改めて頭を撫でると、ベレトが俺の事をジト目で見ながら抗議するような視線を送ってきた。


「なんだよ」

「私がナナシの奴隷だった時はそんな事言ってくれなかったくせに……」

「国盗りするって時に奴隷じゃ意味ないだろ。それに自由になって嬉しいは分かるが、奴隷になって嬉しいなんて聞いた事ないぞ」

「だってナナシが普通じゃないもん。私の事もまた奴隷にしてよ~ナナシ~」

「またどっかから逃げ出して行き場がなくなったら俺の奴隷として一緒に居させてやるよ」

「それじゃ!!」

「自分からこの国手放そうとするんじゃない。色々俺にとっても都合いい国がなくなるのは困る」

「しょぼん。それじゃあ待ってる」


 全く。せっかく自由になったのにまた自由じゃない世界に戻りたいってどんな精神構造してるんだ?

 俺だったら御免被る。


「ベレト。隠者達の居場所を教えろ。俺が絶滅させてくる」

「は~い。後輩ちゃんのユウちゃんのために頑張ってね♡」

「はいはい」


 気の抜けた返事をしながら全隠者を絶滅させる方法を考えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ