3話『幸せ者』
俺に彼女が出来た。
同時に三笠優花は彼氏が出来た。
俺みたいなモブ男はともかく三笠優花という学校内で不動の人気を誇る彼女に彼氏が出来たという衝撃的な事実は一日であっという間に広がる。
「確かにさぁ、怜央。お前はすげぇー良いやつだよ。勉強は人並みだし、運動神経も人並み」
「褒めてるのかそれ?」
「まぁ、ここからだって。基本的に人並みだけど相手を思いやる気持ちだけはそこらの奴より育まれてる。感謝の言葉をスっと言えたり、悪いことしたらしっかりと謝ったりそういう当たり前のことを当たり前のように出来る。出来た人間だと思う。でもな、それって俺たちみたいにそこそこ付き合いあるやつじゃないと気付けないと思うんだよ」
雅人は前の椅子をガガガっと引っ張ってきてまるで自分の席のような顔して座る。
「でも、三笠さんはお前との付き合いは浅いだろ? それこそお互いしっかりと喋ったのだって昨日が初めてなんじゃないか?」
「そうだな……多分初めてだと思う。お互い積極的にあれこれ喋るタイプじゃないしな」
「だろ? だからさ、尚更なんで三笠さんは怜央を選んだのかってのか不思議なわけさ」
雅人は俺の机に肘を乗っけてつまらなさそうな表情をしてみせる。
まぁ、三笠さんは雅人を振っているわけだし、雅人からしてみれば面白くはないだろう。
実際に俺だって未だになぜ成功したのかが理解出来ていない。
俺は良くも悪くもそこらに居る普通の高校生だ。
こんな自己評価をしている人間をなぜ彼女は選んだのか。
彼女は多分男なんか選び放題だ。
「そりゃ俺にも分からん。だからちょっとだけ怖いな。突然捨てられたりするんじゃねぇーかってね」
「捨てられたら俺がしっかりと慰めてくれやるよ」
「捨てられないように努力はするけどな」
「まぁ、とにかくおめでとう。隙作ったら奪うから覚悟しとけよ」
1人で楽しそうに笑うと雅人は自分の席へと戻る。
なんだかんだで祝福してくれる雅人は良い奴だ。
この学校には三笠さんに恋し、三笠さんに振られた人間が何人も居る。
そしてその人間たちが全員俺に対して祝福の目を向けているとは限らない。
今の時点で幾つか小さな嫌がらせを受けている。
例えば下駄箱に雑草を詰め込まれたり、廊下を歩いていて意図的にぶつけられたり、邪魔だと言わんばかりに足を踏まれたりすることもある。
有名税……じゃないが、学校のマドンナを彼女にした弊害だろう。
周りから嫉妬され、嫌がらせをされる。
仕方ないことだと割り切っても辛いものは辛い。
だからこそ、こうやって優しく接してくれる雅人は非常にありがたい。
こんな親友を持てて俺は滅茶苦茶幸せ者だ。
放課後になる。
俺も三笠さんも部活動には所属していないので同じタイミングで帰宅出来る。
「帰ろっか」
「うん」
隣にあの高嶺の花だった三笠さんが居る。
それだけでもう感慨深い。
手を繋ぎたいなという気持ちとまだ早いだろという気持ちが交錯して結局何もしない。
ただお互い黙って歩くだけ。
それなのに俺の傷だらけの心は自然と癒されていく。
最早女神だ。
「あのさ。私これから滝宮くんのことれーくんって呼んでも良い?」
三笠さんの口からそんな提案が発される。
俺の顔を覗き込みながらだ。
この人もしかして自分の可愛さに気付いてないんじゃ……と思ってしまうぐらい可愛い表情を曝け出す。
マジで俺を殺すつもりなのだろうか。
萌え死にしてしまう。
「え、あ、う、うん。良いよ」
赤くなっているであろう顔を両手で隠しながら答える。
そういえば、れーくんって幼稚園の頃呼ばれてたなと懐かしい気持ちになる。
幼稚園以降れーくん呼びする奴は周りに居なくなった……というか、幼稚園からの知り合いが一切居ない私立小学校に通ったので渾名も何もかも全てがリセットされた。
小学校で雅人と出会い、あともう1人女子とも出会い彼ら彼女らとは今も仲良くさせてもらっている。
「ん? どうかしたの?」
「いや……なんでもない。俺も三笠さんのことなんか渾名で――」
「ゆーちゃん! 私のことはゆーちゃんって呼んで!」
三笠さんは物凄い食い気味だ。
彼女は恥ずかしくなったのかつーっと視線を逸らす。
頬どころか耳まで真っ赤にしてしまっている。
なんて可愛い子なのだろう。
「ゆーちゃん……どう?」
とりあえず希望通り呼んでみたがなんか恥ずかしい。
慣れればどうってことないのかもしれないがそもそも異性を渾名で呼ぶという行為自体をする機会がゼロに等しい俺にとって違和感しかない。
「えへへ。良いね」
俺の恥ずかしさを犠牲にして三笠さんのこの笑顔が見れるのであればいくらでも犠牲にしようと思う。
三笠さん……いや、ゆーちゃんの笑顔を見るために。
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