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Seg 37 朱き囃子の禍つ声 -02-

 ◆ ◆ ◆


「!?」


 ユウは、(とびら)が開かれた瞬間(しゅんかん)、その先を見る間もなく、顔を(そむ)けた。

 (ほのお)が、熱と(いた)みをめいっぱいに(たた)きつけてくる。


 (うで)で顔を(おお)っても、目を()じても(いた)みが(おそ)う。皮膚(ひふ)から口から体内へと(すべ)()もうとしていた。

 少し空気を()()むだけで(のど)(いた)み、言葉の代わりに(はり)()()している錯覚(さっかく)(おちい)る。

 ユウは咄嗟(とっさ)に息を止めた。

 しかしそれでも()きつけてくる(いた)みに()えられず、身体は自然としゃがみ()み、身を守るように丸く(ちぢ)こまっていく。


大丈夫(だいじょうぶ)かっ?」

「一度、(もど)りますか?」


 二人(ふたり)の声が心配そうにする。

 すぐ近くにいるのはわかっているのに、声が遠い。

 ユウが答えらえずにいると、首元が(あわ)く光り出した。

「? あれ?」

 急に(いた)みが(やわ)らぎ、ユウは自身を見回した。

「なんだ? 楽になった……?」

 光のもとを辿(たど)って首元に手をやると、ミサギからもらった石が指先にあたる。

「それは、ミサギ様の護石ですね。アヤカシの脅威(きょうい)から身を守るものです」

「ミサギさんの――」

 意図せず、ユウの顔がほころぶ。


「……ありがとう、ございます」


「近くにおらんでも、ミサギどんは(たよ)りになるのぅ」

「うん」

「ユウ様、このまま参りますか?」

「もちろん」

 ユウは立ち上がった。


 その先に広がるは、劫火(ごうか)(うごめ)(あか)き世界。


 ところどころに建物らしき(かげ)は見えるものの、空も地もすべて(ほのお)に包まれ、赤黒く視界(しかい)()まる。

 びょうびょうと()()れる灼熱(しゃくねつ)の風は、アヤカシが蹂躙(じゅうりん)した世界を(はし)()けていた。

 護石があるとはいえ、空気がピリピリとした熱と(いた)みを(はら)む。体の外からも内からも()()くそうとまとわりついてくる。


 あまりにも(あか)く、現実味のない世界。

 ユウは、また(しゅ)(つづ)りの試練にでも()てしまったのかと、少し身を(ふる)わせた。


「……大丈夫(だいじょうぶ)、行こう!」

 ユウは、自身を鼓舞(こぶ)するように歩き出す。

 足元は熱で(ゆが)んだ空気が()らめき、人間が歩けるほど大きなパイプが束になって建物のあちこちから()びている。

 木戸に、ここが工場(あと)だと説明されなければわからないほど面影(おもかげ)は残っていなかった。


「ひどいや……」

 アヤカシの所業に、今まで自身に()りかかった事を思い出す。


「だからアヤカシって(きら)いなんだ……!」


 (さら)われた事は数知れず、()われかけた事も、周囲にも被害(ひがい)(およ)んだ事も日常であった。

 破壊(はかい)されたものは、最初の(ころ)弁償(べんしょう)もしたものの、怪奇(かいき)現象だと(さわ)がれ説明も面倒(めんどう)になってきた兄は、被害(ひがい)を逆手にとって除霊(じょれい)だの護符(ごふ)だのと詐欺(さぎ)まがいの商売をして(もう)けてしまったほどだ。

 ロクでもなかったなと、無理やり(いか)りの矛先(ほこさき)をアヤカシに向けた。


 それにしても、とユウはあたりをキョロキョロする。


「ミサギ様はすぐ近くにいるはずなのですが……」

 ユウの心を読み取ったのか、木戸が話しかける。

 みっちゃんは、着ていたベストをユウに(かぶ)せ、自身も(かべ)になりながら辺りを見回す。

「こんなところ、よう平気でおるわな」

 ユウは、みっちゃんが(あせ)だくになっているのを見る。

 ふと自分の手を見て、(かれ)(あせ)()れた手をガシッと(つか)む。


「なんや? アヤカシでもおったか?」


 ふるふると首を横に()り、

「みっちゃん、まだ暑い?」

 と、(たず)ねる。


「ん? お……そういやぁ……暑ぅなくなっとる!」

「ミサギさんのこの石、手をつないでたら効き目があるみたいだ」

「せなんやなあ。ユウどん、ありがとうな!」


 ユウは(ほほ)が熱くなるのを感じた。周りが暑いからではないのだとわかる。


「あの! 木戸さんもボクと手をつないでください。暑くなくなります」

 残る片方(かたほう)の手を()ばし、今度は木戸を()んだ。


 しかし木戸は丁寧(ていねい)(ひざ)をつき、なおも見上げるユウに対し頭を下げる。

「ユウ様のお(やさ)しさ、身に余る光栄です。(わたし)は問題ありませんので、どうかそのお気持ちだけ受け取らせてください」


「え?」

「手ぇ(つな)がんでも暑ぅないから、気にせんで大丈夫(だいじょうぶ)やって言っちょるんよ」

 おそらく意味を理解していないであろうユウに説明するみっちゃん。


「あ……う、うん。

 ……本当に大丈夫(だいじょうぶ)?」

「はい」


 木戸の表情は相変わらず無であったが、その声は(やさ)しげであった。


 ミサギを(さが)して進んではみるものの、灼熱(しゃくねつ)突風(とっぷう)はユウを(あお)り、炎風(えんぷう)(くる)ったように()(おど)る。


「うぅ……」

 その時だ。


 ラァー……エェーイァー……


 歌のような、囃子(はやし)言葉に似た旋律(せんりつ)が三人の耳に(とど)く。


 しかし、

「この……鳴き声……!」

 ユウは、『鳴き声』と断言した。



 ズドォン


 突然(とつぜん)地響(じひび)きが(おそ)う。

 足場にしていたパイプ管の束が衝撃(しょうげき)(かたむ)いた。


 ユウたちは体勢を(もど)そうと顔を上げた瞬間(しゅんかん)地響(じひび)きの原因を()()たりにした。


 巨大(きょだい)なサルの顔。

 その(ひとみ)は、この世界のように(あか)い。

 大人(おとな)でも余裕(よゆう)()らう(ほら)のように大きな口は、凶暴(きょうぼう)()()しにしていた。

 ユウの言った『鳴き声』の正体もすぐ判明した。


 ォオールゥールァー……


 (うな)るサルの(のど)から()れ出る音。それが、(あや)しくも人を()()らせる旋律(せんりつ)となっていたのだ。


 今ユウのいる場所は、建造物四階ほどの高さがあるだろう。にも(かか)わらず、地に立つサルの顔が同じ高さにあった。


「ア……!」


 ユウは、開いた口を手で(おさ)えた。

 油断した。

 そのサルの正体を理解し、つい声が()れてしまった。


 死がまさに目の前に(せま)っていたのだ。仕方ないとは思いはすれども、責められる状況(じょうきょう)ではない。

 ()()な目がギョロリとこちらを向く。そしてゆっくりと顔を動かす。サルに似てはいるが、(きば)体躯(たいく)の大きさが、見るからに非なるものだと物語っている。この世界を赤く変えたのはこのアヤカシだろうか、そう思わせるほど燃えるような(しゅ)(こう)毛並(けな)み。

 憎悪(ぞうお)と、トラウマからくる恐怖(きょうふ)が口から飛び出すのを必死に(おさ)えるユウ。


 ルギュアアァァアアアア


 サルの口が大きく開く。

「!?」

「マジかいっ……!」

「!」

 サルはユウの恐怖(きょうふ)ごと()()まんとばかりに(きば)()いた。


 木戸はすぐさま(かぎ)を取り出す。

 みっちゃんは立ち上がろうとした。

 ユウは――


 巨大(きょだい)な口は、()げようとした三人にパイプ管ごと()らいついた。


 そこには()みついた(あと)がくっきりと残り、三人の姿(すがた)はどこにもない。

 サルはもごもごと咀嚼(そしゃく)し、やがて(のど)を鳴らして()(くだ)した。

 三人のいた場所を見つめ、満足げに軽く(うな)る。


「……そんなにおいしかったのかい?」


 (すず)を転がしたような声が、揶揄(やゆ)しながらサルの頭上から問いかける。


『!?』


 理解するのに時間がかかったのは、サルも三人も一緒(いっしょ)であった。


 ユウがはたと顔を左右にすれば、そこはサルの口内ではなかった。

 先ほどいた場所よりも高い建物の屋上で、見下ろしたところにいたのは先ほどのアヤカシ。

 近くにはみっちゃんと木戸と――。


「ミサギさんっ……!」


 (あか)く燃え上がる灼熱(しゃくねつ)地獄(じごく)の中、(かれ)銀髪(ぎんぱつ)をなびかせて、(すず)しげな笑顔(えがお)を見せて立っていた。

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仕神けいた活動拠点:platinumRondo

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