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Seg 30 震撃せよ、満たすべきは青き胃の腑 -01-

「すいません。追加で、このページのここから――」

 言いつつ、ユウの指がメニュー画面の左上の(はし)から右下の(はし)へと移動する。

「――ここまで全部、お願いします」


 これで何度目であろうか、食べ終わった皿を回収(かいしゅう)しようと()ばした手をピタリと止める女性店員。彼女(かのじょ)の耳に、マンガみたいな追加注文をする声がいつまでも残り脳裏(のうり)をぐるぐると回る。

 まさか、実際に聞く日が来るとは思わなかったであろう。しかも、一日に何度も。

 最初に聞いたときは、三度聞き直してしまった。


 口の回りに、ナポリタンソースをつけた小さな客は、レストランメニューの肉料理のページを見せつつ、改めて「これ全部です」と、屈託(くったく)のない表情を彼女(かのじょ)に向ける。


「……ご注文、ありがとうございます」

 笑顔(えがお)、はやい、親切がモットー、全国展開(てんかい)のチェーン店を(ほこ)るファミリーレストラン。

 早くも一つ目が引きつって崩壊(ほうかい)しつつある店員は、注文用のタブレット機器を操作(そうさ)した。決して間違(まちが)えないよう、(ふる)える指をゆっくりと画面にタップしていく。


 複雑な表情でキッチンへと向かう店員を(あわ)れに見送り、小さな客に向き直るみっちゃん。

「……ユウどん、なんやねん……どんな胃袋(いぶくろ)やねんソレ……」

 もはや、(おどろ)きを(とお)()して(かわ)いた笑いしか出てこない。

昨日(きのう)今日(きょう)でこの量て……食べちゃう? もういっそ店まるごと食べちゃう?」


「んむゅ?」


 目の前には、小さな客――春日(かすが)ユウが朝食を()っている。その量たるや、人間の限界をとうに()えて象に匹敵(ひってき)するのではないかというほどであった。


 店員が通り過ぎる(たび)に皿を片付(かたづ)けていくので、テーブルに皿の山こそないものの、追加追加でユウが食べた料理の数は百を()える。

 財布(さいふ)という役割(やくわり)()()っているみっちゃんはというと、自分のスマホを手にし、若干(じゃっかん)(ふる)えていた。

 画面を見ようとしてすぐ目を()らす。さっきからそんな挙動不審(きょどうふしん)()(かえ)していた。どうやら、支払(しはら)い金額を見るのが(こわ)い様子である。


 それもそのはず。


 店に入るとき、みっちゃんの(おご)りということで、電子マネーの清算設定をしていた。

 スマホには、注文した品が表示され、精算時に自動で支払(しはら)われる。

 当然ながら、残金がなければそれ以上の注文はできない。


 支払(しはら)い方法を、経費用の電子マネーに()()えなかったことを今更(いまさら)ながらに後悔(こうかい)した。

 経費用ならば、どれだけ金額がかさんでも後払(あとばら)い――要は『ツケ』で()ますことができたのだ。


 勇気を出して「とりゃ!」と()け声を出して注文履歴(りれき)を表示する。

「……」

 みっちゃんは、やはり見なければよかったと後悔(こうかい)した。


 かつてない速さで画面がスクロールしながら注文した品が表示されていく。

 画面下部には、まさに神速といわんばかりに数字が(またた)きその(けた)を増していく。末尾(まつび)には『円』の文字がついていた。

 わざわざアニメーションで表示しないでほしかったと思う瞬間(しゅんかん)でもあった。


 (かれ)はそれを見た後、思考が停止し(たましい)()(がら)になる。その姿(すがた)は真っ白に()()きていた。


 どこかで、仏壇(ぶつだん)にある(すず)の音が鳴った。


 ◆ ◆ ◆


「お(なか)()いたぁ……」

 それは、ユウがライセンスを取得できた昨日(きのう)の夜のことであった。

 みっちゃんの(おご)りでとある食事(どころ)に行った二人(ふたり)早速(さっそく)席に着き、みっちゃんはメニューを広げユウに手渡(てわた)す。

「どんどん(たの)みぃや。好きなモン(おご)ったる」

「いいの? ボク、結構燃費悪くてよく食べる方なんだけど」

遠慮(えんりょ)せんでええ。子供(こども)はよう食わにゃあかん」


 その言葉に、ユウの表情がふわぁっと明るくなる。

「ありがとう!」


 その微笑(ほほえ)みは天使のものか悪魔(あくま)のものか。このときのみっちゃんに予想できるはずもなかった。


 ユウは、すぐさま店員のおばちゃんを()んで、メニューを見せる。

「すいません、ここに書いてあるの、全部お願いしますっ!」


『……は?』


 聞き返す声は、みっちゃんと食事(どころ)のおばちゃん、両方のものだった。

 正気なのかと(うたが)うようなみっちゃんのサングラスは、今からやってくるであろう料理を楽しみに待ちわびる無垢(むく)子供(こども)(うつ)していた。


 どんどん運ばれてくる料理を次から次へと平らげていくユウ。

 その食べっぷりをおばちゃんに()められつつも笑顔(えがお)で出禁をくらってしまったのだ。


 そして今。

 目の前の学習しない子供(こども)は同じことを()(かえ)そうとしていた。

「な、なあユウどん……あんまり容赦(ようしゃ)なく食べると、ほら……昨日(きのう)みたいになっちまうから、な」

「んー……」

 言葉を選びつつ注意を(うなが)すと、ユウは物足りなさそうな表情をした。

 口の中の物を飲み下し、食べた物はどこへ行ったかわからぬほどスリムな(はら)()でる。

「でも、お(なか)()いて力が出ないよ。ミサギさんと木戸さんは用事があるからって今朝(けさ)早くに出かけちゃって、朝ごはん食べてないし」

 そう。本日のユウは木戸の朝食を()(そこ)ねてしまったのだ。(かれ)の作る料理を食べれば、今この惨状(さんじょう)はなかったであろう。


 今更(いまさら)になって、木戸のありがたみが理解できたみっちゃん。

 (いの)るようにして盛大(せいだい)なるため息を落とすが、今更(いまさら)である。


 ちらと見れば、ほんわかと肉の(かお)りを(ふく)ませた湯気ごと頬張(ほおば)り、ニコニコと幸せそうに()みしめるユウ。

 みっちゃんはついつられて微笑(ほほえ)んだ。


「……とりあえず、それ食ったら屋敷(やしき)(もど)ろうや。ミサギどんたちも帰ってきてるかもしれんしの」


 ところで、とみっちゃんはユウの姿(すがた)をじっと見る。

 いつものユウである。いつもの、ずっと黒いフードを目深(まぶか)(かぶ)っているユウだ。

 初めて会った時は意識しなかったのだが、気がつけばこの子供(こども)はフードを(かぶ)って顔を(かく)している。


「なあ、なしてさフードぬがんの?」

 問われたユウは、途端(とたん)にバツが悪そうにフードの(すそ)をいじり始める。

「や、その……ボクの(かみ)……ヘン……だから。目立つのヤだし」

 それを聞いて、(かれ)はますます不思議そうに首を(かし)げる。

「ヘンて……別に()ぐせも立っちょらんやったろ?」

 それでも、ユウは視線(しせん)を合わせようとしない。


「――もしかして、(かみ)の色を気にしちょるんか?」


 図星だったようで、ふいとそっぽを向く。

 みっちゃんは、意外だというふうに頭を()き、

「あのな、屋内でフードかぶっとる方が悪目立ちするわいな」


 大丈夫(だいじょうぶ)じゃて、とみっちゃんは笑う。

「今時分、(かみ)()めとるやつなんていっぱいおる。たとえ地毛でも『オシャレじゃろ♪』と堂々としときゃええんじゃ」

「そう、なのかな?」

「そーや。そんなモンやっ」

 わっしが保証しちゃる、とみっちゃんは(むね)を張る。

 その言葉を信じたのか、ユウは(かた)の力が()けたように笑った。

「そっか、気にしすぎたら逆に目立つんだな」

「せや、なーんも悪い事じゃないんじゃけえ、気にせん気にせん♪」

「あ~、なんか気が楽になった!」

(なや)みはないのが一番じゃて」

「うん! よし、じゃあ食べよう!」

「どんどん食え……へ?」

 目の前には、湯気まで美味(おい)しそうな料理が数(なら)んでいたはずだった。

 空になった皿を見て、ユウの顔を見るみっちゃん。

 リスの頬袋(ほおぶくろ)を見事に再現したユウの(ほお)は、幸せそうな咀嚼(そしゃく)に合わせてもごもごしていた。


「……あかん、ブーストかかってもうた……」

お読みいただきありがとうございました!

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仕神けいた活動拠点:platinumRondo

【URL】https://keita.obunko.com/

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