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Seg 28 鳴きし虫はかく喧しく -03-

 ◆ ◆ ◆


 しばらくして、ダボダボのTシャツを着てユウが風呂場(ふろば)から出てきた。

 自身からふわふわと上る白い湯気を(まと)い、満足した様子で言の葉屋と井上坂(いのうえさか)に頭を下げる。


「ありがとうございます、助かりました。このシャツも洗ってお返しします」


 黒いシャツは、ご当地ヒーローのグッズらしい。

 井上坂(いのうえさか)が気に入って買ったもので、正面に白抜(しろぬ)き文字で『White Snake King』と書かれていた。


 井上坂(いのうえさか)は、気にしなくていいと言いつつも、少し()しむようにシャツの(すそ)をクイッとつまむ。

 ユウが見上げると、(かれ)はフイと目を()らす。心なしか、(ほほ)が紅潮していた。


「いつでもいいから……また来て」

「うん、また来るよ!」

 彼の(ほお)(ゆる)んだ。


「ほう……!」

 二人(ふたり)の様子を、興味津々(きょうみしんしん)(なが)める(こと)葉屋(はや)とみっちゃん。少々出歯亀(でばかめ)気味なところが似ている。


(めずら)しいの、お前がそんなことを言うなんて」

 (こと)葉屋(はや)がからかうと、井上坂(いのうえさか)は顔をしかめる。

「シャツ…………気に入ってるから……それだけ」

 照れているようには見えなかったが、それでも(こと)葉屋(はや)はニヤニヤしながら(かれ)を見ていた。


「ところでユウどん、肝心(かんじん)字綴(じつづ)りの方はどうやった?」

 みっちゃんが身分証明を見せてくれとせがむ。


 取り出したユウも一緒(いっしょ)に見るが、何か表示が変わった様子はなかった。性別(らん)は不備を指摘(してき)された時と変わらず『×』のままだ。


「お、不備なんてキレイさっぱし無くなっとるの~♪」

「え?」

 みっちゃんの言葉に思わず()(かえ)る。

 身分証明を(のぞ)()むが、ユウが見ても性別(らん)は、不備を示す『×』マークがついていた。


「これ、『×』なのが不備なんじゃないの?」


「おー、これはな、『×(バツ)』やのうて、『X(エックス)』なんよ。エックスジェンダーの『エックス』」

「……なにそれ?」


 ()かれて、みっちゃんはうーむと手を(あご)に当てて(かんが)()む。

「……あんな、身分証明書に書かれとるのは、生物学的な性別やのうて、社会規範(きはん)での性別なんよ」

「?」

「んー……じゃけえの、昔は男と女の二つだけやったんやけど、今やったら……男は男やけど実は女や~って人とか、そうでないときとかあって――」


 説明されたが、あいかわらずみっちゃんの説明が下手(へた)くそで、首をかしげた。

「……まあ、ユウどんがもうちょいおっきくなってからな」

 説明を(あきら)めたみっちゃん。


「なんだよ、子供扱(こどもあつか)いして!」

 (ほお)(ふく)らませて(いか)ったが、それが子供らしさを増長していることに本人は気づいているかどうか。


 煙管(きせる)(たしな)みながら、(こと)葉屋(はや)がユウを(なだ)める。


「そう風船になるでないよ。そやつが説明下手(へた)なのは昔からじゃ。

 アタイらは、今回そこに書かれる内容の概念(がいねん)を修正したんさ。今、そこにある性別の概念(がいねん)は、見た目の方じゃなくて、心の方で判別されとるの」

 (こと)葉屋(はや)は言った。

「おっと、(くわ)しい原理はお聞きでないよ、アタイらだって面倒(めんどう)くさい説明は苦手なんさ」


 言って、彼女(かのじょ)はめいっぱい()()んだ(けむり)をふぅっと()()す。


「さあさあ、それよかあんたは魔法士(まほうし)になるんだろ。行って、成ってきな」

「はい、ありがとうございます」


「かたじけないで、(こと)葉屋(はや)字綴(じつづ)り屋」

「あんたはおせっかいすぎるのを治しな!」

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