表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/61

Seg 01 蒼い髪たなびく空に

挿絵(By みてみん)


 時刻(じこく)はもうすぐ十三時。

 鬱蒼(うっそう)とした森のように建つビルの合間には、人々の(いこ)いの場がある。

 ランチを楽しめるベンチがあり、小さな子供向(こどもむ)けの遊具があり、緑も豊かに整備されていた。


 安らぎのひと時を過ごし、昼食を終えたOLやビジネスマンは、職場へと足早に(もど)る。

 (すで)に、というより、休む間もなく取引先を(せわ)しなく()(めぐ)る人もいた。


 人々がときに波となり、(うず)となる大都市の風景は、今やAIロボットの普及(ふきゅう)で、そこかしこに人間に近い形の機械を目にする。ロボットも人口に(ふく)めるなら、その割合(わりあい)は半分近くを()めている。


 それが、先ほどまでのいつもの光景、日常であった。


 わずかだが、地鳴りがした。


 敏感(びんかん)な人間と、センサーを持つロボットは、地震(じしん)ではないかと辺りを見回す。不安と警戒(けいかい)(いだ)き、人はその場にとどまり、ロボットは情報収集(しゅうしゅう)にアンテナを()ばす。

 日常を破壊(はかい)するのは、いつだって人間の理解を()えた存在(そんざい)であると、予感が空気に(まぎ)れてやってくる。


 突然(とつぜん)高層(こうそう)ビルが一つ、爆発(ばくはつ)した。


 (はる)か上階でのことにもかかわらず、重苦しい轟音(ごうおん)は外を歩く人の体を(ふる)わせた。

 爆風(ばくふう)粉砕(ふんさい)された(まど)(かべ)が中空へと()()ぶ。

 火の手は見えない。冷静な人が見れば、あれは爆発(ばくはつ)というよりは、何かが激突(げきとつ)した破壊(はかい)に似ていると言うだろう。


 それは、連鎖(れんさ)して次々と隣接(りんせつ)するビルに起こっていった。


 一体、何が起きたのか。

 五十階以上あるビルの上部が破壊(はかい)されたことで、ガラスや(かべ)破片(はへん)は人々を(おそ)凶刃(きょうじん)の雨となる。


 (いた)みを(ともな)う雨。()(おく)れた者には命さえ(うば)う雨。

 人々は初めての降雨(こうう)に悲鳴し、我先(われさき)にと()げだす。


 正常な判断を(うば)われ、頭上から無差別に()ってくる恐怖(きょうふ)に、街は(またた)()地獄(じごく)へと変貌(へんぼう)した。


 AIロボットたちは、ガラスの降雨(こうう)と同時に危険(きけん)を察知した。自身が(かさ)となり(たて)となり、人間を安全な場所へと誘導(ゆうどう)するプログラムも実行されていた。しかし実際は、(まど)いがむしゃらに走るしかできない人間に()しのけられ、あるいは()みつけられていった。


 (たお)れたAIロボットの(うつ)ろな(ひとみ)が、今起こっている現状をブラックボックスに記憶(きおく)する。

 その映像(えいぞう)は、横一直線に破壊(はかい)されていくビルを(うつ)し、そして、(あお)一閃(いっせん)(ちゅう)()ったところで途切(とぎ)れた。



 ◆ ◆ ◆



「だーもうっ! アヤカシつよウザいっ!」

 後ろを()(かえ)り、ユウはやけっぱち気味に(さけ)んだ。


 年のころは十二、三(さい)ほど。

 ()(とお)るような、それでいて深い瑠璃色(るりいろ)(かみ)

 花よりも(はかな)げな色、しかし光を()めた(すすき)菫色(すみれいろ)(ひとみ)

 細く白い華奢(きゃしゃ)四肢(しし)は、身にまとった漆黒(しっこく)衣装(いしょう)によって一層(いっそう)引き立っている。


 AIロボットが記録した、(あお)一閃(いっせん)の正体である。


 長いまつげのせいか、耳も(かく)れる長めのショートヘアのせいか。

 少年にしては可愛(かわい)らしく見える。


 その本性(ほんしょう)は、もしかすると人間ではないのかもしれない。


 傍目(はため)では性別の判断がつかない子供(こども)は、(まど)(まど)隙間(すきま)にあるわずかな枠組(わくぐ)みを()って、ビルからビルへ、大きな谷間を()うように上昇(じょうしょう)していく。


 (うで)(いだ)くは、気を失った少女。

 少しばかり、ユウより背丈(せたけ)が高そうな少女だ。

 ユウは、()()としてしまわないよう(かた)に乗せ、しっかと(いだ)きしめるように(うで)を回す。


「こんなヤツがいるとか聞いてないっ! 都会(こわ)い! (こわ)すぎっ!」

 弱音を()きつつも、「アヤカシ」なるものの対処法(たいしょほう)は心得ているようだ。


 とにかく上へ上へと向かう。最後、窓枠(まどわく)がベキッとひしゃげるほど()()み、跳躍(ちょうやく)した先でようやく高層(こうそう)ビルの屋上に到達(とうたつ)する。


 体力、俊敏(しゅんびん)さ、脚力(きゃくりょく)(すべ)てが常人のしている事から、かけ(はな)れていた。


 ユウは、辺りをキョロキョロと見渡(みわた)す。

 右も左も、ビル、ビル、ビル、ビル……。皮肉にも、ビジネス環境(かんきょう)と自然の共存(きょうぞん)で区画整理されつくした街は、ユウを簡単(かんたん)迷子(まいご)にさせた。

「何だこの都会の迷路(めいろ)……ここどこ?」


 騒動(そうどう)の始まりは、ユウが通りすがりの少女に道を(たず)ねた時だった。


 アヤカシに気配が見つからないように、(かく)れるようにしていたのだが、少女はユウのフード姿(すがた)を見て(いぶか)しんだのだろう。少し眉根(まゆね)を寄せた表情で、「警察(けいさつ)で道を(たず)ねればいいんじゃない」と言い、グイッとユウの(うで)を引っ張って歩き出した。


 ユウはといえば、不審者(ふしんしゃ)だと勘違(かんちが)いされたのに気づき、(あわ)てて()げだしたのだが、それがいけなかった。


 アヤカシには見つかり、少女はアヤカシの強い威圧(いあつ)に気を失ってしまった。

 その場から、ユウだけが(はな)れれば()む話なのに、(たお)れた少女を()っておけないという気持ちが、現在の状況(じょうきょう)へと(つな)がってしまったのだ。


 都会の迷子(まいご)と化したユウは、ポケットに入れていたスマホを取り出す。マップは方角も地名もしっかりと表示されている。ナビゲーションでも「どこへ行きたいですか?」と親切にも行き先を(たず)ねてくれている。


「そっか! (にい)ちゃんからもらったメモを……」

 ユウはメモアプリを起動する。(こま)ったときに開くように、と兄から言われ、初めてその内容を見る。


 アプリのデータには、手書きで目的地が書かれている。

 縦棒(たてぼう)が二本、横棒(よこぼう)が三本ほど引いてあり、目的の場所であろうところに赤い矢印が書かれている。


『この場所だ。ユウ、グッドラック!』


 綺麗(きれい)な字が応援(おうえん)していた。


「……兄ちゃんの……バカヤロー!」

 応援(おうえん)されたユウの、(なみだ)ぐんだ(さけ)びが、(むな)しく空へと()()まれる。


 直後、ユウの後方で、禍々(まがまが)しい咆哮(ほうこう)(とどろ)いた。


 人々には見えず聞こえず。

 しかし()()いたユウの目には確かに存在(そんざい)しており、(ねら)いを定める声が追いかけてきていた。


「げっ……! もう来た!」


 姿(すがた)は、ニワトリに長い()がついたもの、といえば想像できようか。

 さらに、ヘリコプターほどの大きさにした、といえば、その異常(いじょう)さは伝わるだろうか。


 真っ黒な巨鳥(きょちょう)のバケモノを、ユウは『アヤカシ』と()んだ。

 図体(ずうたい)(おお)きければ羽も大きい。

 こちらに向かって飛んでくる。広げた(つばさ)が、ビルの木々を横一文字に()(たお)すように破壊(はかい)していく。


 地上では、突然(とつぜん)の事に()(まど)う人々が悲鳴をあげている。


「ちょっ、やめろ!」

 アヤカシに理性があれば、ユウの声にも反応したかもしれない。だが残念ながら、(さけ)(むな)しくアヤカシはさらに破壊(はかい)()(かえ)した。


 ()(うご)く長い()でビルを(たた)き、鉄骨(てっこつ)まじりのコンクリート(へん)爆散(ばくさん)する。

 ユウのいる方向へも、背丈(せたけ)ほどある破片(はへん)が飛んできた。


 どぉん


 空気が重く(ひび)(わた)る。

 ビルの一部だった(かたまり)は、空気の(ふる)えと同時に粉と散っていった。


 その向こう側には、片足(かたあし)を上げた体勢のユウ。

 表情は、明らかに(いか)りでいっぱいになっていた。


 ()きかかえていた少女は、アヤカシが(こわ)した破片(はへん)(かべ)にして、(かく)すように避難(ひなん)させている。


「いい加減にしろよ……! 何もしてないのにお前らアヤカシは()おうとするし! ()げりゃ街をぶっ(こわ)すし! 弁償(べんしょう)できんのかっ!」


 馬の耳に念仏、アヤカシに説教。


 効果がないのはわかりきっているのだが、そんな事はお構いなしに、ユウはチョーカーにつけた十字架(じゅうじか)をぶちっと取り外す。

 (うで)()り下ろしたとき、それは一瞬(いっしゅん)錫杖(しゃくじょう)へと変化した。

 ユウの殺気を感じて、アヤカシは羽を(はげ)しく動かし、鋼鉄(こうてつ)(ごと)(かた)い羽根を飛ばしてきた。


 無数の羽根の矢にも、ユウは動かなかった。

 一枚(いちまい)は、ユウの(ほお)をわずかに(かす)る。

 幾枚(いくまい)かは、(うで)(あし)、そして腹部(ふくぶ)()()さる。

 残りは、周囲のコンクリートにヒビを入れた。

 (ほお)の赤く()びる(きず)から、血が(にじ)(あふ)れてツゥと一筋(ひとすじ)、流れていく。


 それでも動かず、標的と定めたアヤカシを睥睨(へいげい)する。




――人外は、(ちり)にて外へ()くあるべし




 子供(こども)らしからぬ言葉が、ユウの口から(つむ)がれる。

 力を(ふう)じる(のろ)いか。

 ユウの言葉に、白い花びらが一枚(いちまい)、どこからともなく、ヒラリと中空に生まれて消えた。


 この言葉をユウが発すると現れる花びら――魔法(まほう)が成功した(あかし)だ。


 再びアヤカシへと視線(しせん)をやると、屋上の(かた)い地面に落下するところだった。力が入らないのか、羽根や足を(うごめ)かすも身動きが取れないでいるようだ。


 ユウは、アヤカシの胴体(どうたい)(ねら)いを定め、錫杖(しゃくじょう)を力いっぱい()めて投てきする。


 ギシャァァアアアア


 アヤカシの断末魔(だんまつま)が、ユウの耳にだけ(とど)く。

「くぅっ……」

 鼓膜(こまく)()()け頭にまで(つんざ)く高音に、顔をしかめ、思わず両手を(ふさ)いだ。


 やがて、(はい)(ばか)して空気に()けて消えゆくアヤカシの姿(すがた)。残されたのは、ユウの錫杖(しゃくじょう)と、その先に()さっている赤い物体。


 丸く荒削(あらけず)りした宝石(ほうせき)にも見える。

 ユウが片手(かたて)でつかむが、余るほどの大きい。()にかざすと、中が()らめいているのが見て取れた。


「こんなのが、アヤカシだなん……て…………」


 緊張(きんちょう)が解けたのか、力が()(ひざ)をつく。が、その(ひざ)すらもユウを支えきれず、手が出る前に、地面へと顔を()()んでしまう。


 ぶへっ、と間抜(まぬ)けな声とともに、ユウの意識は遠のいていった。



 ◆ ◆ ◆



 ユウが見渡(みわた)す限り、そこは暗闇(くらやみ)だった。


 純粋(じゅんすい)な黒ではなかった。すべてを()()んだような、黒。これが(やみ)なのだろう。


 遠く、波の音が聞こえる。

 見上げると、夜とは(ちが)った黒い空が広がり、また視線(しせん)()()ぐにすると、(やみ)であったところに海が()らめいていた。

 写すものも反射(はんしゃ)する光もない海は、ただ黒く揺蕩(たゆた)っている。


 ふと、彼方(かなた)から(かね)の音が小さく聞こえる。


 周りには、空と海。ユウもいつのまにか、海の上に立っていた。


 そして、(ほか)には何もない。


(だれ)かいないの!?」


 心細くなり、ユウは辺りを見回して(さけ)んだ。

 返事はない。

 この声を()いているのは、自分唯一(ゆいいつ)人なのだと思わされる。


(だれ)か――」


 声が、(やみ)()まれるように聞こえなくなった。

 いつの間にか、自身の(うで)も足も暗く見えなくなり、ただ、(やみ)だけとなった。


 そこは、(だれ)もいなかった――



「……なんか、白いのが見える」


 気付いて、視界(しかい)()()んできたのは白い(かべ)、いや、天井(てんじょう)であった。


 両手を上げてみる。


「うん……ちゃんとある」

 (おぼろ)げな記憶(きおく)一瞬(いっしゅん)、身を(ふる)わせる。


 のっそりと起き上がってみると、かなり立派(りっぱ)部屋(へや)()ていたようだ。

 デザインは白で統一されシンプルだが、洗練(せんれん)されたものだと子供(こども)のユウでも分かった。

 天井(てんじょう)(かべ)も、ただ白いだけでなく、花模様(もよう)のレリーフが細かく(きざ)まれていた。


「どこだ、ここ?」


 ユウは、ぐるりと身体を時計回(とけいまわ)りにして、部屋(へや)見渡(みわた)す。

 さっきまで横になっていたベッド(わき)には小さなテーブル。ベッドとは反対側の(かべ)沿()いには、大きな本棚(ほんだな)と勉強(づくえ)電飾(でんしょく)はシャンデリア……とまではいかないが、おしゃれにもシーリングファンのついた明りが(とも)っている。


「えっと、確か――」


 頭を(かか)え、思い出そうとすると、巨鳥(きょちょう)のアヤカシを(たお)し、(あか)宝石(ほうせき)のようなものを手にして転んだところで、視界(しかい)記憶(きおく)途切(とぎ)れていた。


「そうだ、ボク……」


「気がついたかい?」

「え?」


 ()(かえ)ると、いつの間に入ってきたのか。サングラスをかけた黒ずくめの大男が立っていた。


「で、でかっ……!」


 ユウの遠近法が(くる)ったか、天井(てんじょう)(とど)きそうな長身だ。

 別段(べつだん)、どっしりとした体格でもないのに、重量感と威圧感(いあつかん)を全身に感じさせる。


 男は、ゆっくりと横へ移動し、なぜか後ろに向かってお辞儀(じぎ)をした。


「?」


「やあ、どこか(いた)むところはある?」


 大男の背後(はいご)から現れたのは、小柄(こがら)な女性だった。

お読みいただきありがとうございました!

***************************************

【評価のお願い】

ちょっとでも楽しかった、面白かったと思っていただけましたなら↓の【☆☆☆☆☆】から星をいくつかつけていただけますようお願いします。作者のテンションが上がるかもしれません。

***************************************

仕神けいた活動拠点:platinumRondo

【URL】https://platinumrondo.studio.site

***************************************

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ