不穏な手紙・4
宿屋に残されたロザリーは、改めて部屋の中をよく見る。切り株亭よりも、一部屋が狭い。小さなベッドにベッドサイドテーブル。それだけの部屋だ。
この宿屋は少人数の宿泊客を受け入れる専門らしく、ひとり部屋とふたり部屋しかない。それ以上の人数はそれを専門にしている宿屋へ行ってくれとのことだ。王都には多くの店があり、棲み分けがされているのだろう。
ロザリーは貴重品をポシェットにいれ、街へと繰り出した。
建物が高くて視界が開けていない上に、道幅が狭い。そこを多くの人がひしめきあっているので、背の小さなロザリーは人の中で埋もれてしまう。
王都はアイビーヒルの三倍くらいの広さがある。街の人に尋ねると、南側が平民街、北側が貴族街となっているらしい。市場も分かれていて、平民街と貴族街では扱っている商品が違うそうだ。
「王城に行くにはどうしたらいいですか?」
「王城? 呼ばれてもいないのに行けるわけがないよ。門の前までならいけるけど、王城の近くは貴族街だから、平民は行くだけでも視線が痛いよ?」
行き来はできないわけではないが、平民で貴族街に行くのは主に雇われている使用人だけだという。
更にその向こうにある王城なんて、入れるわけもない。
情報をくれた人にお礼を言って別れた後、ロザリーは大きなため息をついた。
「……無計画過ぎました」
言われてみればたしかにそうだ。平民が簡単に王城にはいれるわけがないし、そんなオープンなお城、セキュリティ的に心配だ。
でもせめて、元気かどうかだけでも知りたい。
ロザリーは、人々の視線が痛いと感じながらも、王城の門の前まで向かった。
馬車も通り抜けられる程の高さの門が今は閉まっている。両脇には門番が直立不動で立っていて、何度も行ったり来たりしていると、不審そうな視線が刺さってくる。門番のひとりが眉を寄せたまま声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、お使いかい?」
「いえ、あの、えっと。……王城に入るにはどうすればいいですか?」
「許可証がないものは入れないよ。どこの屋敷の使用人なんだ? 忘れ物を届けに来るという話は今は聞いていないけど」
男爵令嬢とはいえ、今のロザリーの身なりは平民のそれだ。門番は完全にロザリーをどこかの貴族の使用人だと思い込んでいる。
「いえ、違うんです。その」
「ああ。下働きも今は募集していないよ。第一、王城に入る下働きは、推薦書がないとダメなんだ。君が働けるようなところじゃないよ。帰りな」
ロザリーはそれ以上何にも言えなかった。
悲しいような悔しいような気持ちが喉元まで沸き上がっているけれど、それを言葉にすることはできなかった。
だって、門番の言葉に間違いはない。今の自分は、王城に入る資格さえないのだ。
せめてザックの安否だけでも、とロザリーは平民市場に行き、王家の噂話を仕入れることにした。
じき夕方という時間だから、市場は閑散としていた。
ちらちらとまだ開いている店を覗いてみたが、パプリカの表面に軽く皺が寄っていたり、キャベツの色がくすんでいたりと、鮮度はあまりよくなさそうだ。
(午後ってことを差し引いても、傷んでいるような……。街だからかなぁ。アイビーヒルは生産者も近くにいるから、なにを見ても新鮮だったけど)
「お嬢ちゃん、このトマトはうまいよ。王都一だ」
真っ赤なトマトを手に持った売り子がそう言うけれど、どう見ても熟れすぎている。
ロザリーは「そうですね」とあいまいに答えつつ、「最近、王家の方々の噂ってありませんか?」と聞いてみた。
「噂って? さあなぁ。第一王子バイロン様はまだご病気がすぐれないままだし。月に一度のご拝謁のときも全然姿を見せないね」
「ご拝謁とは?」
「ここからも見えるだろ? 王城の一番上のバルコニー。あそこで月に一度、王家の皆様が国民に姿を見せるんだ。といっても平民街からじゃ顔の判別も出来ないくらい小さいけどな。最近は国王様と第一王妃様しか見ないな」
平民街からは王城は遠い建物だ。だけど、月に一度のその日までここにいれば、ザックの姿くらい見られるかもしれない。
ロザリーの胸に、希望のともし火がつく。
「そうそう、最近、アイザック様が姿を見せるようになったな」
「本当ですか?」
「ああ、黒髪だから目立つしね。間違いようがない。一年くらい姿を見せなかったから、ご病気かなって噂だったんだ。第一王子に続いてだろ? 王家は呪われているんじゃないかって言われてた。でも、元気になったようでよかったよ」
「そ、それっていつの話ですか?」
「前回のご拝謁のときだから、十日前かな」
であれば、とりあえずザックが病気だというわけではなさそうだ。
ホッとした半面、今度はザワリと胸騒ぎがする。
ならばどうして手紙が届かなくなったのだろう。
(もしかして私のことなんて忘れちゃったのかな……)
王城に行けば、華やかな令嬢がたくさんいるだろうことは、想像に難くない。
ましてザックは王子様で、第一王子になにかあれば、王位を継ぐ立場だ。
結婚相手として、ふさわしい女性を勧められているかもしれない。
(……でも、いつか妻に迎えたいって言ってくれたもん)
辺境の男爵令嬢のロザリーにできることなんて限られている。信じるしかないのだ。彼の感情だけが、ロザリーを支えるすべてなのだから。
(なら、……待っていなきゃいけなかったのかな)
でもアイビーヒルで、来ない彼の便りも待ち続ける事なんてロザリーにはできなかっただろう。
「そろそろ店じまいしないとな。お嬢ちゃん、かわいいからこれやるよ」
十七時の鐘をきいた売り子は、「今日も売れ残っちまった」と言いながら、トマトをロザリーに渡す。
これ以降の時間帯は、土地勘のない土地を女一人でうろつくには危険だ。
「……レイモンドさんの成果を聞いてみるしかありませんかね」
ため息をついて、ロザリーは宿へと戻った。