不穏な手紙・3
ロザリーとレイモンドがアイビーヒルを発ったのはそれから二週間後だ。レイモンドの祖父母がいる暮らしにも慣れ、祖母は仕立て屋の夫婦から、洋服直しの仕事を定期的にもらえるようになった。
失せもの探しはしばらくお休みしますと貼り紙を出し、準備は万端だ。
ふたりとも金銭にそこまで余裕が無いので、最低限の荷物を大きなスーツケースにまとめて、乗合馬車で移動する。
「無理しないで、困ったら戻ってくるのよ。ああもう、ザック様ったらロザリーのことを遊びだったなんて言ったら殺してやるわ」
物騒なことを言うのはチェルシーである。
とはいえ、それが冗談であることくらいは、みんな分かっているのだが。
「ありがとうございます、チェルシーさん」
「ぽやっとしてるから心配だわ。レイモンド! ロザリーを見捨てちゃだめよ」
「わかってるよ。人聞きの悪いこと言うな」
それからレイモンドはランディにも頭を下げた。
「頼むな、ランディ。親父を助けてやってくれ」
「あたり前だろ。ちゃんとオードリーを連れて帰って来いよ」
レイモンドとランディが固い握手を交わしているのを眺めていたロザリーは、うしろからキュッと抱きしめられた。ミルクっぽい優しい香りはチェルシーのものだ。
「無茶しないのよ、ロザリー」
本気で心配してくれる存在がいてくれるだけで、自分を大事にしようと思える。
「チェルシーさん、大好きです」
ポソリと言ったら、涙目のチェルシーと目があった。離れがたくて、ロザリーからもぎゅうっと抱き着いて別れを惜しんだ。
王都までは馬車で六時間。しかし、乗合馬車は一気に王都まで行くわけでもない。途中乗り換えもあるので、途中の村で宿を取る。少しでも節約したいロザリーたちは、それぞれ男女別の大部屋で泊まることにした。
「明日は寝坊するなよ。みんながみんな善人じゃないんだからな。貴重品は肌身離さず持つこと」
「はぁい」
大部屋の前でくどくどと注意をされる姿は完全に親子だ。
「はい。……レイモンドさん、お父さんのようですね」
ロザリーが思ったままを言うと、レイモンドはさすがに嫌そうな顔をした。
「お前、俺をいくつだと……。いや、まあ、たしかにちょっと過保護なことは認めるが」
レイモンドは、ロザリーの前世が犬であることを知っている唯一の人物だ。そのため、レイモンドは彼女に保護者的な感覚があるし、ロザリーは彼に対して飼い主に対するような愛着がある。
親子でも恋人でもないが、ふたりの間には固い信頼関係があるのだ。
「嬉しいんですよ。両親を亡くした私が、いろんな人にこんな風に心配してもらえるの、幸せなことです」
「もうお前は俺の身内だよ。……とにかく、明日には王都につけるからな」
頭をポンポンと撫でられて幸せ気分になりながらロザリーは大部屋へと入った。
翌日、朝一番の乗合馬車に乗り、一路王都を目指す。昨日から馬車に乗り続けているのでお尻が痛くなっていた。
「大丈夫か?」
何度か座り直しをしていると、レイモンドが気遣うようにのぞき込んでくる。
「大丈夫です。でもずっと乗ってるだけも退屈なので、なにかお話しましょうよー」
「なにかって……言われてもな」
どちらかと言えば口下手な質のレイモンドは困ったように首を掻く。
「そうだ! オードリーさんを好きになったきっかけとか知りたいです。だって子供のころからずっと好きなんてロマンチックです! レイモンドさんがそんなに一途だなんて!」
女子としては楽しい話題だが、レイモンドはあからさまに嫌そうな顔をした。
「……そんなの知ってどうするんだ」
「どうもしませんけど。えっと、そうですね。応援する気持ちがもっと強くなります!」
「それで俺にメリットあるのかよ!」
「ええー。でも、私が……リルのころからもう仲良かったですよね」
リルの名前が出たら、少し表情が柔らかくなった。レイモンドは子供の頃、リルをとてもかわいがってくれていたのだ。
「そりゃ……オードリーとは幼馴染だからな。おふくろが再婚する前は、オードリーんちの隣の家に住んでたんだ。実際にふたつ上だから、姉貴みたいなもんだったんだけどさ」
遠くを見るような目をして、レイモンドが口元を緩める。なんだかんだと思い出モードになったようだ。
「そうだな。……気持ちが変わったのは、親父が死んだときかな。俺とおふくろ、ふたりだけになって。俺は小さかったし、途方に暮れたよな。おふくろは葬儀が落ち着いてすぐ働きに出て、俺には心配するなっていうばかりだったし。そしたら、オードリーが言ったんだ」
『これからは、レイモンドがお家のことをするといいわ。おばさんがお仕事を頑張れるように』
「……ただ甘えることしか知らなかった俺は、目から鱗が落ちたような気がしたんだよ。そうか、俺にもできることがあるって、そう思えたのは嬉しかった。目の前が真っ暗闇だと思っていたところに、光をあてて、道筋を見せてくれたんだ。オードリーは賢いからさ、そうやっていつも俺の前を照らしてくれる」
「そうなんですね」
今のふたりを見ていると、どちらかといえばレイモンドがしっかりしていて前向きに見えるが、出発点は逆だったらしい。レイモンドにとっては、単純に好きというだけではなく、尊敬に似た感情があるようだ。
「だから、オードリーが困って立ち止まったときは、今度は俺が助ける番だ」
「……素敵ですね」
ふふ、と笑っているとレイモンドは照れたようにそっぽを向く。そんなテレ具合もなんだか可愛らしく思えてしまう。
「つい余計なことまでしゃべっちまった。……お、だいぶ王都に近づいてきたぞ」
馬車の窓から見える景色が変わっていた。
街から街への距離が、だんだん近くなっていき、街自体の規模も大きくなってきた。街道を通る馬車も一気に増え、楽団らしき一団が笛を吹きながら歩いている。
「見ろ、ロザリー。あれが王都だ」
ロザリーは窓から顔を出した。石造りの荘厳な城とそれを守るように築かれた堅牢な城壁。空に向かった伸びた尖塔を持つ大聖堂に、横並びに立ち並ぶたくさんの店。それと、同じようなつくりだが、様々な屋根の色をした建物が、がたくさん建ち並んでいた。
「わぁ。カラフルです!」
「とりあえず宿を取ろうと思う。そのあとは別行動でもいいか? 俺はオードリーに会いに行く」
「はい! 私も街を巡ってみます」
「女のひとり歩きは危ないから、必ず夕方までに帰って来るんだぞ」
保護者のようにたしなめられた。たしかに、今考えれば、アイビーヒルにひとりで来たのも無謀だったかもしれない。それが今度は王都だ。ルイス男爵邸にいる祖父に知られたら、ひとしきり怒られることだろう。
それでも、便りのないザックをただアイビーヒルで待っているのは嫌だった。会えないまでも、王都ならば王子様の情報は入手しやすいんじゃないかと思うのだ。
レイモンドとロザリーは、街の南端にある安宿にそれぞれ一部屋ずつ取り、レイモンドはそれからすぐに出かけて行ってしまった。




